第31話 決別のとき
「それでは私との決闘を受けてくださいませ」
「は? 何を言っているのだ?」
ウィルバート殿下は意味がわからないと、私を見上げている。
先程の様子からおかしな方向に理解をされていて、説明から必要かとため息をついた。
「まさか……ただウィルバート殿下を回復させたとお思いですか?」
「なっ、なに!? 違うのか!?」
本気で驚いている様子に、むしろこちらが驚いた。こんなに考えが足りない人が王太子をやっていたとは、末恐ろしい。いやでも考えが足りないからこそ、あのような行動を取り続けていたのかと納得する。
「当然でござましょう? 私と決闘してくださいませ。私が勝ったら魔法誓約で約束していただきたいことがございます」
「なんだと! お前が勝つだと!? ボクを馬鹿にしているのか!!」
まるで私が勝つと思っていないウィルバート殿下に、若干私の表情が抜け落ちる。チラリとアレスを見れば『バカにしてるも何もバカだろ?』と顔に書いてあった。
私と同じことを考えていたアレスにふっと笑みがこぼれる。
「馬鹿になどしておりません。万が一にも私が負けたらウィルバート殿下の好きにして構いませんわ」
「ならばボクが勝ったら黙って妻になると言うのか!?」
好きにして構わない、の部分を拾い上げて食いついてきたけど、『私が負けたら』という条件は届いているのかしら?
ちょっと……そろそろ会話をするのもツラいわね。ああ、もう何年も事務的な会話しかしていなかったから忘れていたわ。早々に話を運びましょう。精神がガリガリと削られるわ。
「そうですわね。万が一にも勝てたらの話ですが」
「本当だな!? よし、それなら魔法誓約を結んだら勝負してやる!」
「ええ、もちろん構いませんわ」
私は艶然と微笑んで過去最高の速さで魔法誓約を交わした。
「それではウィルバート殿下が勝てば私はあなたの妻に戻ります。私が勝てばこちらで用意した魔法誓約書にサインするということでよろしいですわね?」
「ああ!問題ない! 早くはじめるぞ!」
「ええ、はじめましょう」
私は手持ちの小型ナイフでドレスのサイドを裂いて、右足の太ももに巻き付けていたホルダーから魔銃を取り出した。はしたない格好になってしまったが、決闘するにはちょうどよい。
アレスが少し不機嫌になってしまったけど、私の戦闘スタイルだとこれが最適なのだ。
「なっ! なんだ、その武器は!? 見たことがないぞ!」
「当然ですわ。私のオリジナルですから」
「ふんっ、まあ、いい。勝つのはボクだ!」
両手を上にかざしてどんどん魔力の塊を作っていくウィルバート殿下は得意気だった。その隙に魔道具で結界を張って不意打ちを食らわないようにする。
対人で魔銃を使用したことがないけれど、ゴブリンやオーガに対しての効果を参考に魔力を込めた。
銃口をウィルバート殿下に向けて引き金を引く。
超高速で繰り出された魔弾は、ウィルバート殿下の頬を掠めて背後の壁を撃ち抜いた。
今の攻撃によほど驚いたのか、両手にこめていた魔力は霧散している。頬は赤くなっているが血は滲んでもいない。狙い通りだし、威力の調節はうまくできたようだ。
ウィルバート殿下はゆっくりと後ろを振り返り、魔弾の威力を確かめている。壁を撃ち抜いた様子から当たればまずいことになると理解したのか、勢いよくこちらを向いて怒鳴りつけてきた。
「そのような武器の使用は卑怯だぞ! 正々堂々と魔法で戦え!」
「まあ、それでは騎士が剣を使うのも卑怯だとおっしゃいますの? この武器は騎士にとっての剣と同じですわ」
「屁理屈を言うな! そもそもそんな武器を使うなどと言ってなかったではないか!」
「武器を使わないとも言っておりませんわ。ですが、まあ、いいでしょう」
ガタガタと煩いので完膚なきまでに叩きのめそうと、魔銃を右足のホルダーへ戻す。
ゆったりと両手を下げて、手のひらに魔力を集めた。魔道具の開発では試用品に魔力を通して何度も何度も実験を繰り返す。幼い頃から繰り返し鍛えてきた私の魔力と魔法を舐めないでもらいたい。
ウィルバート殿下は身体の前に手を突き出して、火炎属性の魔法を放ってきた。容赦のない一撃だったが、私にしてみれば素材の加工時に使う火炎魔法と変わらない。
左手に水魔法を展開させて打ち消した。そのまま右手を振り上げて水の砲弾をウィルバート殿下に放つ。肩や腹部に当たった衝撃で、後ろに倒れてしまった。
「クソッ、何故だ!?」
「何故私に勝てないか、本当にわからないのですか?」
「ボクは王族だ! 王族は優れた能力を持つ血統なのだ! 負けるはずがない!」
すでにウィルバート殿下が一番得意な火炎魔法は防いだし、私にはまだ魔銃もあるわ。この状況で血統だけで本当に勝てると思っているのかしら?
「では聞きますが、魔法はどれほど習得されましたの?」
「何を……すべて終わっている!」
そうね、一応ギリギリでしたけど最低ラインは履修されたと聞いてますわ。お陰さまで私に魔法応用や苦手な属性の習得も求められて、すべての属性が扱えるようになりましたもの。
「王立学院ではの成績は? ああ、ちなみに私は入学から卒業まで魔法学に限らず首席でございましたわ」
「ぐっ……そこそこだっ」
そこそこ? 底の底ではなくて? 私の学年の時は順位の貼り出しがあったけど、ウィルバート殿下の学年から王家の面目を保つために順位が貼り出されなくなったと聞きましたわ。以前、王妃様が愚痴っていらっしゃったけど、私が知らないと思っているのね。
「学園を卒業後、魔法の訓練をなさいましたか? 剣や肉体の鍛錬は?」
「そんなもの王太子として忙しくて……」
忙しい? 王太子として忙しいとおっしゃいましたの? ああ! そうね、王太子としてのあるお役目だけは必死にこなされていたわね。
「忙しい……ふふ、そうですわね、愛妾とイチャつくのにお忙しかったのですわね」
「うるさいっ! お前の一族ごと処刑してやるぞっ!」
「できるものならやってみなさいな」
「何だと!?」
もうそんな脅しには屈しない。
私は私の大切な人たちを守り抜くと決めたの。
「今まで大切な人たちのために耐えに耐えてきましたが、もう我慢するのはやめました。私の大切な人を奪うというなら、死ぬ覚悟はできているのでしょうね?」
自分の欲望を通すために他人を踏み躙るのだ、表現は極端かもしれないがそれくらいの覚悟があるのかと問う。
それともまだ私から奪うつもりなのだろうか。これ以上何を奪うというのか。あの十年間はすべてをあなたに捧げてきたではないの。
それをもういらないと切り捨てたのは、ウィルバート殿下だわ。
「なんだその口の利き方はっ!」
「お黙りなさい! クズ野郎が!!」
昂ぶった感情のまま言葉を吐き出せば、ラクテウスの街ですっかり聞き馴染んだ下町言葉がポロリと飛び出してしまった。淑女らしくないと普段は使っていなかったけど、これ以上しっくりくる言葉が他にない。
「あら、失礼。思わず本音が出てしまいましたわ」
私の聞いたことのない暴言に目を丸くしたウィルバート殿下が、あまりの衝撃で口を利けなくなっている。ちょうどいいのでそのまま思っていたことを言い切ることにした。
「人の話もろくに聞かず、勉強は嫌だと逃げ回り、愛妾にうつつを抜かした挙句その愛妾と側近は失脚ですか。血統しか頼りになるものがないのですね、お可哀想に。ですが……ろくに勉強も鍛錬もせずに好き勝手やってきて、それでずっと努力し続けてきた私に勝てると思いますの? 片腹痛いですわ!」
あら? 少し涙ぐんでいらっしゃるわね?
少し言い過ぎてしまったかしら。でもこれだけお話ししても伝わっているか微妙なところだわ。
「そろそろお喋りはお終いにしましょうか。おやすみなさい、ウィルバート殿下」
魔銃をそっと取り出して、最後の一撃になる眠りの魔弾を額に打ち込んだ。込める魔力は最低限だから痛みもなく安らかに眠りにつけるはずだ。
「ロザ……リ……」
ほんの軽い衝撃だったにも関わらず、まるで力が入っていなかったウィルバート殿下はそのまま仰向けに倒れてしまう。最後まで眠気に抗っていたようだったが、やがて瞼はかたく閉じられた。
終わった。私の中でウィルバート殿下とのことはすべて終わった。
もうこれからこの男に振り回されることはない。
心からの解放感を味わっていた。
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