第41話 皇帝の思惑(皇帝視点)


 私がブルリア帝国の皇帝となってから、類をみない危機が訪れている。


 かつて帝国は大陸最大の大国として栄華を極め、すべての者が私に平伏ひれふしていた。ほんの二年前までのことだ。わずか二年で小国だったアステル王国が勢力を強め、帝国の威信が揺らいでいる。

 原因は明白だ。竜人の国ラクテウス王国がアステル王国の後ろ盾になり、一度は落ちぶれた魔道具開発でアステル王国が国力を取り戻しつつあった。


 どの時代を見ても竜人が特定の国だけを庇護した記録はない。だからこそ周辺国も、時代が変わりブルリア帝国は終わるのだと態度が変わりはじめた。

 私が帝国最後の皇帝になるつもりはない。ハイレットへ引き継ぎ、帝国の変わらぬ繁栄を見下ろしながら余生を過ごすのだ。


 そこでノックの音が響き、「父上、ハイレットです」と息子の声がした。


「ハイレットか。入れ」

「父上、お呼びと伺いましたが……なにかありましたか?」

「うむ、お前の配偶者について話がある。セラフィーナはまだか?」

「セラフィーナもすぐにまいります。しかし私の配偶者は以前にも言いましたが、ロザリア以外に考えられません」


 確かに私の平穏を守るためのキーパーソンは、ラクテウス王国の王太子妃ロザリアで間違いない。

 たかだか小国の伯爵家の娘だったにもかかわらず、魔道具の開発ができるからとアステル王国の王太子妃になり、我が帝国すらその技術力には敵わなかった。


 離縁したと聞いた時はロザリアをハイレットの妻にすれば、ますます帝国の未来は約束されると思った。

 万が一のことを考えてハイレットの婚約は維持したままロザリアの行方を探し出し、親書を送ったのに竜王には取り合ってもらえなかった。

 そうこうしているうちにあの女がラクテウス王国の王太子妃になり、どうにもできなくなってしまったのだ。


 話ができないのであれば、力づくで奪うしかない。我らはそうやって帝国を築いてきたのだ。

 いくら竜人が優れているといっても、我が帝国の知力と武力を全力でぶつければいい勝負になるはずだ。実際に暗部に調べさせたが、魔封じの腕輪が有効だと調べがついている。魔法を封じるだけでも、こちらが有利になるはずだ。


 そうしてロザリアを手に入れ、開発する魔道具があれば帝国はさらに栄えていくだろう。

 私は頭の痛くなる問題を解決するべく、策を練った。


「わかっておる。よいか、お前はあのロザリアを自分のものにするがいい」

「それでは……結婚を許してくださるのですか!?」

「さらにセラフィーナをラクテウス王国へ嫁がせる」

「セラフィーナを……?」


 セラフィーナは政治的観点からもともと他国へ嫁がせる予定だった。

 嫁ぎ先がラクテウス王国であれば、ブルリア帝国の後ろ盾になったと認知され、アステル王国など蹴散らすことができる。竜人は番がいるとは聞いているが、奴らにとってもこの結婚はプラスになるはずだ。


 このタイミングでガチャリと扉が開き、プラチナブロンドをなびかせたセラフィーナがノックもせずに執務室に入ってきた。


「お父様、いったいこんな時間になんなの? 早く寝ないとお肌に悪いのよ。さっさと話を終わらせてほしいわ」

「セラフィーナ、執務室へはノックをしてから入りなさいと言っているだろう」

「もういいじゃない。こんな時間なら宰相もいないし、機密なにもないでしょう」


 未子の娘がかわいくて甘やかしてきたせいか、皇帝である私にもこんな態度だ。成人してからはさすがに他者がいるところでは大人しくしているが、気が緩むとすぐにだらしなくなる。


「セラフィーナ、お前はあのラクテウスの王太子を気に入ったようだったが、どうだ?」

「え? アレス殿下のこと? もちろん、わたくしの理想通りの王子様よ! 結婚してなければ、お父様に言って婚約者にしてもらっていたわ」

「やはりそうか、では問題ないな」


 セラフィーナは意味がわからないためか、苛立ちを隠さず言葉を続けた。


「だから、なんなのよ! もう結婚してるのですもの、どうにもならないでしょう!?」

「いいか、セラフィーナ。王太子妃ロザリアはハイレットの伴侶にする。従ってお前は王太子アレスへ嫁げ。そのために建国記念パーティーで罠を張る。私の指示通りに動くのだ。できるか?」

「……本当に!? わたくしがアレス殿下の伴侶になれるの!?」

「うまく事が運べばな。だからわがままな振る舞いもほどほどにしなさい」


 ぱあっと笑顔になったセラフィーナは、何度も頷き機嫌よく私の指示を聞いていた。

 これでいい。これでやっともとの形に戻るだろう。

 ロザリアが帝国に来れば、今度こそ帝国の終わりなき繁栄が約束されるのだ。




     * * *




 父上からの話も終わり、私とセラフィーナは私室に向かっていた。遅い時間の皇城内は、警備の騎士以外は誰もいない。静かな廊下にふたり分の足音がカツンカツンと響いている。

 セラフィーナは興奮冷めやらぬ状態で、頬を染めながら機嫌よく足を進めていた。


「はあ、夢みたいだわ……あんな理想通りの王子様がわたくしの夫になるなんて! お兄様もよかったわね、ずっとロザリア様のことを追いかけ回していたじゃない」

「言い方には気をつけろ。しかし父上が新書を送ったのに竜王がいっさい応じなかったせいで、面倒なことになったものだ」


 私がロザリアに初めて会ったのは、特使としてアステル王国を訪れた際だ。当時はロザリアが運営する魔道具開発研究所の視察のため、案内役も兼ねてロザリアが対応してくれたのだ。


 控えめな笑顔に、打てば響くような会話。見た目は派手ではないが顔形は整っており、聡明で機転が利くのはすぐにわかった。アステル王国に滞在している間で、私の中のロザリアの評価は劇的に上がった。

 あのレベルの女こそが、皇子であり将来皇帝となる私の伴侶にふさわしい。今の婚約者は見た目と家格のみで選ばれた女で面白くもなんともないし、すぐにでも捨てて惜しくないほど興味がなかった。


 しかしいくら私が帝国の皇子とはいえ、相手は王太子妃で魔道具開発の要だ。無理やり奪えば全面戦争になると、その時は自分の欲望を抑え込んだ。

 私が皇帝だったなら、すぐにでも戦争を仕掛けてロザリアを奪い去ったに違いない。幸いアステル王国の王太子は愛人に入れ上げていると情報が入っていたので、もしかしたらチャンスがあるかもしれないと考えた。


 くすぶる想いを抱えて五年が過ぎていた。本当に長かった。

 これまでもロザリアよりもいい女には出会えていない。すべてを兼ね備えた最高の女は彼女しかいなかった。


「うふふ、明日のパーティーが楽しみね、お兄様」

「ああ、くれぐれも感情的になって癇癪かんしゃくを起こすなよ。セラフィーナが失敗すれば、私もロザリアと伴侶になれないのだからな」

「わかってるわ! まあ、見ててよ。これでも狙った男は、恋人がいようが婚約者がいようが、全員わたくしに惚れさせたんだから」


 セラフィーナの性格は正直言って面倒なだけだが、見た目だけは素晴らしいので騙される男が後を絶たなかった。そうやって手にした男たちを振り回し、飽きたら次の男を落としていたのだから手管はあるのだろう。


「ふん、調子にだけは乗るな」

「お兄様こそ、ちゃんとやってよ! アレス殿下ほどわたくしを引き立たせる配色で、なおかつ神にも負けなくらい美しい男なんて他にいないのだから。あの人と結婚できないなら、誰と結婚しても同じだわ」

「誰にものを言っている。私に惚れない女など、この世にはいない」


 私の皇太子という地位に加えて、ほんの少し微笑むだけでどんな女でも頬を染めるのだ。

 自分の顔立ちが整っているのはわかっているし、役に立つから利用もしてきた。あのロザリアだって同じことだ。私が求めるのに拒否することなどありえない。


「いいか、必ずあの夫婦を離婚に追い込み、それぞれの伴侶を得るのだぞ」

「わかってるわよ。絶対に奪い取ってみせるわ!」


 私とセラフィーナはしばし共同戦線を張ることにした。



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