第9話 新天地へ


 ラクテウス王国には竜人と呼ばれる希少種が住んでいる。街の規模は想像していたよりも大きくて、控えめにいってもアステル王国の王都よりも栄えていた。

 断崖絶壁の山の上にある街だから立地的には秘境で間違いない。


「お嬢様は竜人の話を聞いたことはありますか?」

「妃教育で学んだけど詳しくは知らないの」


 王太子妃として当然のように他国のことも勉強したけれど、竜人についてはつがいと呼ばれる伴侶がいて、人知を越える存在だということしか知らなかった。


「私たちは遥か太古の昔に竜の血を取り入れた種族で、恵まれた身体能力と膨大な魔力を保有しているのが特徴です」

「なるほどアレスが優秀な理由がわかったわ」


 私は竜人についての話を聞きながら、アレスの後についてラクテウスの街の中を歩いていく。


「一般的には知られてませんが、竜人かどうかは瞳を見ればわかります。瞳の虹彩部分に金色の光があるのが竜人である証です」

「ああ、だからアレスの瞳は夜空みたいにキラキラしていたのね」

「これは元々竜の瞳が黄金色で、その名残だと聞いてます」

「そうだったの、金色の瞳はとても美しいのでしょうね」


 私みたいに地味な瞳からすれば羨ましい話だ。こんな綺麗な瞳だったら、人生も違っていたかもしれない。ツキンと心の奥で痛みを感じたけど気づかないフリをした。


「お嬢様は……この瞳が気味悪くないのですか?」

「そんなわけないわ。むしろ綺麗だし何度見ても飽きないわよ。様々な色の瞳に金色が散りばめられてるのは素敵じゃない。じっくり見てみたいわ」


 すると突然アレスの真剣な眼差しが目の前にあらわれて、心臓がドックンと大きくうねる。心に感じた痛みなんて一瞬で吹き飛んでしまった。


「お嬢様。私の瞳ならいくら見つめても構いませんが、他の竜人のはダメです」


 急に立ち止まったアレスに両肩をつかまれて、鼻が触れてしまいそうな距離にアレスの整った顔がある。


 アレスは色合いこそ派手ではないけれど、その造形美はまるで神殿に飾られる神々の彫刻のようだった。くっきりとした二重の瞳は凛々しく、高くまっすぐに伸びる鼻梁にほどよい厚さの唇は艶めいている。


 ち、近いわっ!! 本当、不整脈になってしまうから早く離れてほしいのだけど!?


「わ、わかったわ! 他の人のは見ないから!」

「それなら結構です」


 やっと離れてくれたけど変な汗をかいてしまった。いい年だけどこういう距離感はいまだに免疫がないのだ。

 ここ数年はこんなに近づくことがなかったのに……言葉遣いも少し砕けているし故郷に戻ってきたからアレスも開放的になっているのかしら?


「竜人には番という唯一無二の伴侶いるのはご存知だと思いますが、もし番に手を出されたと思ったら全力で叩き潰されます」

「えっ、全力で!? そうなの!?」

「はい、それはもう容赦ありません」

「……早めに聞けてよかったわ」


 先程の話からすると、もし勘違いでもされようものなら私など瞬殺されてしまう。そんなことで人生を終わらせたくはない。

 それを忠告しようとしていただけなのに狼狽えてしまって、なんて恥ずかしいことか。


「ええ、ですから竜人の男に……というか異性にむやみやたらに近づいてはいけません」

「気をつけるわ。あ……でもアレスは大丈夫なの? その番の方は怒らないの?」

「私は問題ありません」


 安心させるようにいつもより優しく微笑むアレスを見て、問題はなさそうでホッとした。アレスの番になる方は理解があるらしい。


 ラクテウスの街は活気があって、すれ違う人々も笑顔を浮かべている。秘境だと言っていたので、実はもっとこう原始的な生活を想像していた。

 煉瓦造りの家が並んで市場には野菜や肉、果実や雑貨まで揃っているし生活していくのにまったく問題なさそうだ。


 それにしても、先ほどからやけにジロジロ見られている気がする。やはり見慣れない人間に警戒しているのかもしれない。

 いたたまれなくて、雑貨屋の商品を見るふりをして視線に背を向けた。


「アレス、私が来て本当によかったのかしら?」

「ええ、まったく問題ございません。安心して下さい」

「でもすごく視線を感じるわ……場違いだったのかしら」

「それはお嬢様が美しすぎて周りの者が見惚れているのでしょう」


 サラッと耳まで赤くなるようことを言わないでほしい。せっかく引いた汗がジワリと滲んできそうだ。


「でもアレスと私を見比べるような視線なのよ? やっぱり私がよそ者だから反感を感じてるのではないの?」

「ああ、旅に出てから戻ってきていなかったですし、私が成長期を迎えたのでみんな気づいていないだけです」


 そんな会話を聞き取った雑貨屋の主人が、ポツリとつぶやく。


「えっ……やっぱり、アレス様……?」

「久しぶりだな、クルガン。元気そうで何よりだ」


 そのやり取りをきっかけに、市場中がざわめき始めた。


「本当に? アレス様!? ついに戻ってきたのか!?」

「やっぱりアレス様だったのか! そうじゃないかと思ったんだ!」

「キャー! 成長期を迎えたのねっ!」

「何とめでたいことか! 今夜はお祝いだな!!」


 どんどん広がる熱狂的な歓迎に、私だけがついていけていない。


「……みんな大歓迎ね。アレスはやっぱり高貴な家のご子息ではないの?」

「親が要職についております」

「要職ね、納得だわ」

「それと番を探す旅に出ていたので、戻ってきたことにみんな喜んでくれています」

「番を探す旅……」


 明らかに敬うような視線を向けて集まってくる街の人たちに、初めて会ったころの見立て通りだったと納得する。そしてアレスが私に言った旅とは、番を探すことだったのだと理解した。


 それなら、番はまだ見つかっていないのかしら? そうだとしたら、また旅に出るのかしら?


「おお、こちらがアレス様の……!」

「まあ! なんて美しい方なのかしら!」

「それで、アレス様! この方のお名前は!?」


 集まってきた街人たちは、ターゲットをアレスから私に変えても歓迎の意を示してくれる。キラキラした瞳を向けられて逆に落ち着かない。

 街の人たちに囲まれてその勢いに一歩あとずさると、私の視界がぐるりと回転した。


「ロザリア様だ。わかっていると思うが俺の大切なお嬢様だから丁重に対応してくれ。急に囲まれたら怯えてしまうだろう」


 アレスの声が近いと思ったら、横抱きにされていた。

 慌ててアレスの首に手を回して落ちないようにしがみつくと、とろけるような微笑みで見つめ返される。


 ハッとした街人たちが申し訳なさそうに距離を取りはじめた。


「お嬢様、まずは私たちの住まいに案内いたします。そのあと今後について具体的に決めましょう」

「え、住まい? 私たちの住まい?」

「はい、お嬢様がお住まいになる家を用意しております。私はお嬢様の専属執事ですから当然同じ家屋で暮らします」

「そうだったの、さすがアレスね。ではその家に案内してもらえる?」

「承知しました。では参りましょう」


 アレスに横抱きされたまま市場を抜けていく。アレスの肩越しに振り返れば、みんな笑顔で見送ってくれていた。

 カーテシーができないのでそっと手を振れば、今度は両手を大きく振ってくれる。とりあえずは受け入れてくれたようでホッとした。


「アレス、ここからひとりで歩くわ。下ろしてもらえる?」

「いけません、また街の人たちに囲まれるかもしないので、このまま私がお連れします」


 アレスの真剣な眼差しに、恥ずかしく思う自分が悪いような気がして何も言えなくなった。


 でも心臓に悪すぎる。緊急時でもないのに密着状態でどうしていいのかわからない。いくら専属執事だとはいえ異性とこんなに密着したことなんて今までなかったのだ。


 だから家の前で優しく下ろされたときには魂が半分抜けかけていた。


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