第13話 減らない陳情書(国王視点)


 ウィルバートがロザリアと離縁してから三ヶ月が経った頃、魔道具研究所からの陳情書が国王である私のもとに届いた。


 指導者が代わり反発が出るのは予想されることだが、その量が多すぎる。魔道具の開発に携わるのは、各国から集めてきた優秀な者たちばかりだ。研究者だけあって、魔道具にかける情熱は並々ならぬものがある。


「陛下。私もざっと目を通しましたが、こちらで訴えられているのは似たような内容ばかりでした。これらを改善しないと研究者たちが国から流出する危険があります」

「ふむ、研究内容の盗用、適正な報酬が支払われない、強制労働時間の見直しか……初めて聞く内容ばかりだな」


 この様な陳情は魔道具研究所を立ち上げてから聞いたことがなかった。ロザリアに一任していて問題なかったから気にもとめていなかった。


「ですが研究者の不満が募って離脱されれば大きな痛手になります。早急に対応が必要でございます」

「そうだな。ファンク男爵を呼べ」

「承知しました」


 翌日の朝一番でファンク男爵がやってきた。

 魔道具開発の責任者として予算や開発進捗の管理、人員の管理まで任せている。きっちりと身なりを整えたファンク男爵は恭しく頭を下げた。


「ウィルバートの推薦で任命したが、研究者たちよりかなりの陳情が届いておる。どうなっているのだ?」

「そっ、それは……アイツらがまったく私の指示を聞かず、研究が進んでいないのです。おそらくは私が男爵であるゆえ下に見ているのでしょう。陛下、無礼を承知で申し上げますが、このままではまともに管理することもできませんっ! 男爵のままでは限界がございます!」

「では爵位を上げろと申すのか?」

「恐れながら、そうしていただければ問題なく管理ができると存じます」


 爵位を上げるのは簡単なことではない。納得できるだけの功績や実績がなければ、他の貴族から反発され、王家の地盤が危うくなるだけだ。


 何の理由もなしに爵位は上げられないが、魔道具研究の指導者であれば貢献度としては十分だ。爵位は上げすぎても波風が立つから、伯爵あたりが妥当なところか。


「ふむ、では伯爵に引き上げよう。あとは任せたぞ」

「はっ! ありがたく存じます! 誠心誠意務めさせていただきます!!」


 これで問題は片付くはずだった。






 しかしさらに二ヶ月が経っても陳情書は減るどころか増える一方だった。


「また来ておるのか?」

「はい、一向に減りません。もう少し詳しく調査が必要ではないでしょうか?」

「……わかった、研究所の所長を呼べ」


 その日の夕方に魔道具研究所の所長である、エンリケスがやってきた。

 かなり疲労困憊の様子で、顔色も悪い。今にも倒れそうだったのでソファーに座らせて話を聞いた。


「ロザリア様の時はこんなことなかったのですが……研究員たちも懸命にやってるんです。ですがファンク男し……あ、いや伯爵か。満足いただけないようなんです」


 詳しく聞けば、ロザリアの時には研究内容を発表するときには携わった研究者たちを連名にして、貢献度に応じた特別報酬も支払われていたそうだ。

 労働時間も多少の残業はあったが研究員が自主的に残っていたもので、特に負担になることもなく長期計画や中期計画に沿って進めていた。


 ところがファンク伯爵になってからは、まるで変わってしまったというのだ。


「研究成果の発表はすべてファンク伯爵の名前のみなので、特別報酬もありません。計画を無視して開発案をねじ込んでくるので残業も強制されて、一週間も帰れないことがあります。せめて仮眠室を設置してほしいと訴えても右から左で……すでに三分の一の研究者が退職しました」


 想像以上にひどい状況だ。本来であれば、こういったことがないようにファンクが指揮を執らなければならないのだ。研究者は平民出身の者もいて、身分の問題で物申せない場合もある。


 絶句しているとさらに追い打ちをかける内容が告げられた。


「それから、騎士団の方達は大丈夫ですか? 以前からファンクだ……伯爵にお伝えしてましたが、今支給されている魔道具を使い続けるとかなり身体に負担がかかるはずなんですが……」

「何だと!? それは真か!」


 その様な報告は上がってきていない。ファンクに伝えているというなら、彼奴あやつが報告を止めているのだ。


「はい、最初に量産の話が出た時から報告していたんですが、聞いてないですか?」

「どのような状態になるのだ?」

「あの魔道具は火力が上がるんですが、長期的に使用すると武器の損傷が激しくて費用対効果が悪くなるんです。使用者にも影響があって魔力を過剰供給しすぎるので戦線離脱者が増えるはずなんですが……」


 すぐさま騎士団を調査したところ、エンリケスの指摘通りの状況だった。騎士団の予算はひっ迫していて、至る所に弊害が出ていた。騎士たちも体調不良を訴えるものが続出していて、訓練もままならない隊もあるという。


「このままでは国が傾くぞ……今すぐファンクを呼ぶのだ!!」




     * * *




「ファンク、呼ばれた理由はわかっておるな?」


 私のひと睨みでファンクは縮みあがっている。血の気のない顔色でガタガタと震えていた。


「わ、私は……私は悪くありませんっ!! あの魔道具の設計書はこの商人から買ったのです! あんな不良品を売りつけたこの男が悪いのです!!」


 ファンクの後ろには呆れ顔の商人が立っていた。重要参考人だというから入室を許可したが、一介の商人にどの様な責務があるというのか。


「この男が持ってきた魔道具の設計書を購入したのです。これで武器の殺傷力が上がるというので早速採用しました。その際にこのような副作用が出るなど何も聞いておりません。こんな欠陥品を売りつけた、この男が大罪人なのです!!」


 ロザリアは自身で設計からこなしていたが、百歩譲って他者から設計書を購入したのは認めよう。

 だがその後の行動が問題なのだ。


「設計書の購入に関してはどうでもよい。その魔道具を開発していく段階で、研究者から副作用について報告があったであろう。何故それを隠していたのだ!!」

「隠してなどおりません! 副作用が出るのは十人中三人程度です! たった三割の副作用なら問題ないはずです!」

「馬鹿者っ!! 何故その判断を騎士でもないお前が問題ないと判断するのだ!! 三割もの騎士が動けぬ様では国防に関わるのだぞっ!! お前はこの国を潰したいのか!?」


 私の怒号を受けたファンクは、もはや口をハクハクと動かすだけだった。ダメだ、此奴では魔道具開発を任せられない。


「あの……すみません。一応設計書を売った時の契約書を持ってきているので、問題なければ下がらせていただけませんか?」


 ファンクの連れてきた商人がおずおずと申し出る。私の怒りを目の当たりにしていたたまれないのだろう。確かに非がないのであれば、ここにいるだけ時間の無駄だ。


 宰相へ視線を向けて促すと、販売時に取り交わしたという書類に目を通していく。

 一通り読み終えてサインも偽造でないかチェックした後、私に耳打ちしてきた。


「陛下、これはあくまで設計書を売るだけのもので効能を保障するものではありません。これであれば内容を精査して使用するかどうかは購入者の責任となるでしょう」

「わかった。それであればそこの商人は下がってよい」

「ありがとうございます。失礼します」


 そう言って商人はホッとした様子で、そそくさと退室していった。


「ファンク、お前は魔道具研究の指揮から外す。爵位も一代限りの男爵に降格とする。以上だ、下がれ」


 我が息子の推薦だと思い、重用したがとんだ厄災となってしまった。後任には先日話を聞いたエンリケスを置き、繰り上げ人事でなんとか対応する。

 しかしすでに優秀な研究者は国から出奔しており、アステル王国の魔道具開発はその推進力を失った。


 これにより国王と王妃も貴族や国民から非難を浴びるが、頭の痛い問題はこれだけではなかった。


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