第38話 素材探しの旅に行こう

※アレスの竜王に対しての言葉遣いは書籍に合わせて変更しています。ご理解のほどよろしくお願いいたします。




 この世界の片隅にある小さな島に、ラクテウス王国がある。


 山の頂上に城が建っており、強固な結界が張られた国には、限られた種族しか住めない。

 そこには竜人と呼ばれる人智を超えた存在が住んでいて、王太子であるアレス・レヴィ・ラクテウスは私ロザリアの夫であり専属執事でもあった。


 アレスはもともと私がアステル王国の伯爵令嬢だった頃に出会い、専属執事としてずっと私のそばで支え続けてくれていた。

 その時は元夫のウィルバートに尽くし続けていたけれど、愛妾に子供ができたと捨てられて、心機一転、このラクテウスで暮らすことにしたのだ。


 驚いたことに私がアレスのつがいで、この国に来た途端、熱烈に求婚された。ずいぶん翻弄されたけど、九年も愛し続けてくれたアレスを受け入れた。番の契りを交わして私もまた竜人となり、この国の魔道具発展のために尽力している。

 アレスの愛がたまに暴走しそうになるけれど、そんな毎日がとても幸せだ。


「お嬢様、開発は進んでいますか? よろしければ少し休憩されませんか?」

「うーん……そうね、休憩しようかしら」

「かしこまりました。すぐにお茶の用意をいたします」


 私はラクテウス王国の国王である竜王様より、魔道具開発の依頼を受けていた。

 以前、第二王子カイル様の番のジュリア様が極悪商人に捕まった際に、人探しの魔道具を開発した。その上位版として、操作する竜人の番を捜せる魔道具の開発を依頼されたのだ。


「なにかお悩みですか?」


 魔法を器用に使ってお湯を沸かしながら、アレスが尋ねてくる。その手際のよさに、いつものように見惚れながら答えた。


「悩んでいるというか、ここにある素材だけでは製作がどうしても無理なの」


 もう何週間も前から薄々気付いていたけれど、なんとかならないかと試行錯誤していた。これでも王太子妃だから素材探しのためとはいえ、国外へ出ることも簡単ではないだろう。


「おっしゃっていただければ、私が素材を調達してまいります」

「必要な素材の見当はついているのだけど、それと相性のいい素材も追加したいから自分で探したいの」

「それでしたら、一緒に素材探しの旅に出ますか?」

「そうしたい気持ちはあるのだけど……いくら素材探しが目的でも、王太子夫婦が揃って留守にするのは問題よね?」

「お嬢様、この国では、そんな狭量なことをいたしません。あの父上ですよ?」


 会話を続けながらもアレスの手が止まることなく、テーブルにお茶とお菓子が並べられていく。私の好きなフルーツティーの香りが漂ってきて、こんなさりげない気遣いに心が温まった。


「……確かに、竜王様ですものね。ダメとは言わなそうね」

「ええ。父上のことですから、ついでにお土産のリクエストくらいしてきますよ」

「ふふ、確かにね。ここはアステル王国とはなにもかも違うのよね」


 アステル王国では王太子妃になってから、家族とも接触を禁止されていた。その癖がいまだに抜けないようで、時々もたついてしまうことがある。ラクテウスに来てからもう三年も経つのだから、いい加減慣れなければ。


 アレスの言う通り、竜王様はとても寛大な方だから私をこの国に押し込めるようなことはしない。なによりもアステル王国という檻から解放してくれたアレスが、それを許さないだろう。


「お嬢様は思うがまま、やりたいことをすればよいのです。そのために私はいくらでも手を尽くします」


 アレスの夜空の瞳が煌めいて、私をじっと見つめてくる。その奥に秘めた激情を感じ取りながら、私は改めて自分の心に素直になろうと思った。


「わかったわ。お茶を飲み終わったら、竜王様にアポを取ってもらえるかしら? アレスと一緒に素材探しの旅へ出たいの」

「承知いたしました。最速の日時で約束を取りつけてまいります」


 王城の一角にある研究室で、私とアレスは心からの笑顔を浮かべた。




 翌日、午後一番で私とアレスは竜王様の執務室へ呼び出された。


 ドラゴンの浮き彫りが施された漆黒の扉を開くと、事務官を務める竜人たちと竜王様が書類を次から次へと捌いている。タイミングが悪かったかと思ったけれど、指定された時間通りだった。


「ああ、呼び出したのに悪いね。ちょっと急な案件が入っちゃって仕事が押したんだ。すぐに終わらせるから、そこのソファーで待っててくれる?」


 竜王様がテキパキと書類を片付けるのを見ていると、アステル王国のことを思い出す。王太子の政務も王妃の政務も、魔道具の開発もこなしてきた。

 あの時は効率的にこなすことに重点を置いていたから、処理の進め方がつい気になってしまう。


「あの、少々よろしいでしょうか?」

「うん? なんだい?」

「これらの処理は担当が決まってないのですか?」

「そうだね、僕が処理したものを手の空いてる事務官に渡しているんだけど……それがどうかしたのかな?」


 やはりそうだった。それではどんな案件が来ても対応しなければならないから、事務官の負担が大きい。

 竜人はもともと優秀な種族だから問題なくこなせるだろうけど、早く処理できた方がお互いのためになりそうだ。


「ひとつ提案ですが、部門や項目ごとに担当者を決めてそれぞれに処理を進めさせる方が効率的です」

「……それだと部門によって差が出るだろう? 手が空いてる者が処理を進めた方が早くないか?」


 竜王様の言いたいこともわかるけれど、優秀すぎてサクッとこなせてしまうからあまり深く考えてこなかったのかもしれない。


「負担の軽い部門や、関連のある部門を同じ担当者にすれば、処理を重ねていくうちに専門性が高まります。そうなれば処理を即断即決できますし、作業も早くなり結果的に早く済みます」

「あ、なるほどね……ふむ。いいかもしれない。ロザリアちゃん、ありがとう。試してみるよ」

「いえ、差し出がましいことをしました」


 思わず意見してしまったけれど、竜王様が嬉しそうに笑っているのでホッとした。


「そうだ、ロザリアちゃんさえよければ、僕の専属秘書にならな——」

「お断りしたします」


 私が口を開く前に、アレスがこめかみに青筋を浮かべて拒絶した。


「あのさあ、こんなに優秀な王太子妃をアレスが独り占めするのはよくないと思うよ?」

「なにをおっしゃっているのですか? 王太子妃の前に俺の唯一の番で妻です。それでも父上の専属秘書に任命されるなら、相応の覚悟はできているということですね?」


 アレスの纏う空気が変わり、鋭利な空気が肌に突き刺さる。このままでは壮絶な親子喧嘩が勃発しそうだ。


「いや、だって僕だってもっとロザリアちゃんと話したり、義娘むすめとしてかわいがったりしたいんだよ!」

「父上、それは俺が許可しません」

「は!? なんでアレスの許可がいるんだ? これでも僕は竜王なんだけど!?」

「竜王だろうが神様だろうが、俺のロザリアは俺だけのものです」

「アレスがひどい……ただ義娘と仲良くしたいだけなのに……!」

「どんな生き物でも雄である限り許可できません」


 アレスの強烈な独占欲が嬉しくて、仲裁に入るタイミングを逃してしまった。

 私も竜人となったから、アレスの気持ちはよくわかる。唯一無二の相手である番を、他の異性のもとへ置いておくことなど許せない。

 だけどそれでも王命を下さないのが、竜王様らしいし義父として尊敬できるところだ。


「そんなことより、早く終わらせてお嬢様の話を聞いてください」

「そんなことって……どんどん僕の扱いが雑になってるよね?」

「竜王様、よろしければ私もお手伝いいたします」


 笑いをこらえて、竜王様に提案した。とにかく今処理している仕事が終わらないと、話ができそうにない。


「本当!? ロザリアちゃんは相変わらず天使だねえ」

「それなら私が手伝います。お嬢様はゆっくりとしていてください」

「アレス、お前って本当さ……」


 アレスと竜王様が、鬼のように処理を進めていくのを笑顔で見守った。なんだかんだ言っても、この親子は仲がいいと思う。


 それから三十分も経たずに、本日中に処理する案件をすべて片付けてしまった。予想外に仕事が早く終わり、ご機嫌の竜王様が満面の笑みを浮かべている。


「いやあ、わかっていたけど、アレスも優秀だね! 今日の仕事が全部終わったよ。これなら僕はもう引退してもいいよね?」

「なに馬鹿なことを言っているんですか。お嬢様と私の新婚生活確保のために、しばらく竜王を続けてください」

「アレス……せめて僕じゃないと竜王は務まらないとか、それくらい煽ててくれてもいいと思うけど?」

「……煽てたら死ぬまで竜王を続けてくれますか?」

「無理! その前にサラとゆっくりしたいから無理!」

「ではしばらくは頑張ってください。今日は母上とゆっくりしてもいいですから」

「ううっ……なんでこんな鬼息子に育ってしまったのか謎すぎる」


 竜王様とアレスの会話は楽しくていつまでも聞いていられそうだけど、そろそろ用件を話したい。


「それでは竜王様、私の用件をお話ししてもよろしいでしょうか?」



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