15発目 オーク→イケメン(?)
***
〈ソロサイド〉
ミオンとの模擬戦闘が明けて、ついに俺はこのオークの肉体から解放される。
超短期間の修行とはいえ、泣き叫びたいほどの地獄を乗り越えたんだ、成功してくれよ?
「覚悟はできとるかのぉ?」
「パーペキ、いつでもオーケー」
屋敷の外の広い庭で、俺に向けて杖を構える師匠。
その師匠の後ろでは、モーニング片手に優雅な朝を堪能するミオンがいる。
「別れの挨拶はしなくていいのか?」
「おい物騒なこと言うな! 冷やかしなら帰れ!?」
程よく体に走る緊張感が一気に緩んだ気がする。
「世の理を破壊する刹那、大地を揺らし大気を焼く業火よ。今呪われし悪き肉体を滅ぼしたまえ。ルーラスリミッター!」
「へ!? 今このタイミング!?」
俺の緊張を解くためにわざとふざけてたのかあいつ、なんて微笑んでいたら師匠が魔法の詠唱を終えていた。
禍々しく黒い魔力の渦は、ジワジワと俺まで詰め寄り、ピッタリと俺の体を覆い尽くす。
「……っ! なんだ、これ……」
「自身の姿を想像するんじゃ! この禁忌魔法を我が物とし、自在に自身の姿形を変えるんじゃ! お主の発想力ならそれが可能じゃろう」
低迷する意識の中、師匠の声がなんとか俺の鼓膜を振動させる。
「つまりイケメンになれる……ってこと!?」
自分の発想力次第で、魔法の効果が変わりそうな雰囲気を感じさせる師匠の言葉に、俺は過去1のモチベーションを発揮する。
「集中しろ俺。目は二重瞼がマスト、鼻筋はしっかり通ってること希望、唇は分厚すぎず薄すぎずで発色重視、全体のバランスも大切だな」
俺が把握しているイケメンの共通点を絞り出し、その共通点が反映されるように何度も復唱する。
「前みたいなオーク体型で、中途半端な見た目だけは絶対嫌だな」
俺はアングラな雰囲気が好きなのにキラキラした目に、爽やかな口元、肉のついた頬と顎。
痩せれば解決だろなんてミオンは容易く言ってくれたが、デブが1キロ減らすのにどれだけの労力を使うか知らないからそんなことが言えるんだ。
昔のことを思い出していたら、体に密着していた禁忌魔法が徐々に取れていくのを肌で感じる。
「お? これ成功では?」
背中から解放されていく禁忌魔法は、胸部に向かって集まるように小さくなっていく。
顔が解放され、外を視認できるようになった時に確信した。成功していると。
なぜなら視界が低かったからだ。
「成功だー! やったぁ――っ!?」
喜びに舞い上がっていると、胸部にあつまった禁忌魔法の球体が俺の体内へ吸収されていった。
「え!? 師匠これやばい!? どうしよう、禁忌魔法吸収しちゃった……」
「心配するでない、稀にそういう事象も確認されておる。原因が解明されているわけではないから、油断はできないがな」
とりあえず……大丈夫なやつってこと?
よく分からないが無事なので俺は安心からその場に倒れるように倒れる。いや倒れるのかよ。
「やべぇ、思い通りに体が動かん」
「そりゃそうじゃ、体力を消耗するし、人外の体から久しく操っていなかった人間の体になったのじゃから」
そうか、この体に慣れることから始めないといけないのか。すっかりオークの体に馴染んでた証拠だな、嫌になるぜ。
「おいミオン、どうだ? この姿」
魔法が成功したってのに一言も発しないミオンに、俺は自発的に意見を求める。
「いや、どうって言われても……転生前の姿に変わってなにがしたいんだよ。てっきりイケメンになると思ってたから理解が追いついてない」
ほへ?
「え、ちょっと待って。それ、まじで言ってる?」
いつの間にかミオンの横にいたお姉様が、そっと俺に鏡を渡してくれる。
「……ガチのやつ、まじか……!」
俺の想像したイケメン像どこいった?
あ……。
その時俺は思い出した。
イケメン像を復唱したあと油断して、転生前の自分を思い出していたことを……。
「ふぁーっく!! 滅べこんな人類!」
「お、落ち着いてソロくん。大丈夫、オークよりはマシな見た目してるから。成功だよ!」
お姉様……それは慰めとは言わないんじゃないですかね?
「いいじゃないか、原点回帰ってやつだな。オークよりは億倍マシだろ、贅沢言うなよ」
「うぅ……納得するしかないか」
後悔先に立たず、だが一応人間になれただけマシとしておくか……。
「ブタがコブタになってるじゃん、成功したの?」
「誰がコブタだ地雷女!」
どうやら俺を嫌う地雷女は、ここぞとばかりにいじってきやがる。
ヘラヘラと嘲笑いながらミオンの横にスッと移動する地雷女にガツンと言いたいが、前ほどの体格差じゃなくなったから確実に俺が蹂躙されて終わる。踏まぬ地雷に祟りなし。
「あれが転生前の姿なんですか? おねーさま」
「ああ、なに1つ進歩してる点が見受けられないあの怠惰な肉体は転生前のソロ、すなわち大原唯我そのものだ」
「大原唯我……どこかで聞いたことある名前ですけど、あーしにあんな雑魚そうな知り合いいませんでした」
……好き放題言ってやがるな。
まぁ言いたければ言えばいいさ。今俺はお姉様に問診されて幸せなんだ。
「体に倦怠感は?」
「全くないです!」
「視界は良好?」
「バッチリクッキリお姉様のご尊顔を拝めております!」
一問一答形式で進んでいく問診。
特に体に異常は見受けられず、ただただ幸せな時間だった。一生この時間が続けばいいと思う。
「ライラ、そろそろオレらは仕事じゃないか?」
「あ、そうだった! あとはユリリちゃんに任せるね」
「「ええ! なんで!?」」
幸せな時間は、ミオンの余計な一言によってぶち壊された。
「じゃあねソロくん、人間の姿に戻れてよかったね!」
「はい!」
微笑まれながら名前を呼ばれたらもう全てがどうでも良くなった。問診が地雷女にされようと、俺の心は常時穏やかだろう。
「おねーさまー! あーしも連れてってくださいよー!」
「無理、今日は危険区域への侵入だから隊長と副隊長でやれって指示があったんだ」
「そんなー!」
同行を断られ、その場に崩れ落ちる地雷女を見たら、さらに心が穏やかになった気がする。人の不幸、とくに嫌いなやつの不幸は自身の幸せだな。
「なに見てんのコブタちゃん、喧嘩売ってんの?」
「うわ、八つ当たりだ」
「んだと潰すぞコブタ!」
落ち込んでいたと思えば、豹変して俺に殴りかかってくる。ミオン、お姉様、俺とこいつをコンビで置いてくのはやめてくれ……死んじまう……。
「ユリリ、ソロと仲良くできたらオレのパーカーあげる」
そう言いながら俺にバチンとウインクしてミオンが去っていく。
転生前にウインクしてたらきっしょといじるところだが、今はただの美人でしかないからなにも言えずただ目の保養になる。
これが本能に根付いた差別の精神か……!
「はーい、体の異常みていきますよー」
ミオンの言葉が効いたのか、猫撫で声で俺に話しかける地雷女。女ってこえぇよな、嫌いなやつ相手でも瞬時に演技してなんともないように感じさせるんだもん。
「とりあえずその猫撫で声はやめてくれ、耳が悲鳴あげてるから」
「ぶっ殺されたいんですかー? 黙って言うこと聞いてろくださーい」
ニコッと和やかな雰囲気を出そうとしているが、語気は強まっていくし、言葉遣いも粗暴になっていく。こいつボロ出るのやはえぇわ。
「えー? そんなこと言っていいんですかぁ? 仲良くしないとパーカー貰えませんよぉ?」
「ソロ、挑発するな。ユリリと仲良くしたらライラからのビンタをやるぞ。あとユリリ、頑張ってて偉いぞ、その調子でな」
忘れ物を取りに戻ったミオンは、再び言い残して颯爽と去る。
そしてついて来たお姉様に「勝手に決めないでよ! と言うかなんでビンタ!?」なんて叱られながら仲良さげに歩いている。羨ましい。
「さぁお嬢さん、早く問診を始めてくれるかい?」
「ちゃちゃっと終わらせるよー」
ご褒美かは正直分からないが、美人にビンタとは言えど触れてもらえる。それは最高に幸せなのでは? 問診が終わったらひたすら顔の油脂分落としておこう。
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