29発目 推しカプ論争
「さ、さすがに冗談だよ……な?」
敵対視しているはずのミオンに、恐る恐る事実確認をするが、ミオンは首を横に振って否定することしか出来ない。
だって事実なんだもん。
「なんでうちの団員のお母様がお前の隊にいるんだよ!」
ごもっとも。
「俺のじゃない。ライラの部隊な」
「そこどうでもいいだろ今!」
まじでごもっとも。
ミオンあれだな、こいつにはどこまでも揚げ足取りたいんだな。俺もたまにやられるからわかるけど、今最高にいじわるな顔してる。
「ミュハくん、娘はミオンちゃんのファンだったんですよぉ。それに、敵は同じですからねぇ」
「敵……とは」
ふふふと笑うママは、どうやら話す気はないらしく、笑顔でごまかしている。
「ライラちゃん、任務がないか確認しにいかなくて大丈夫かしらぁ」
「あ! いかないと! もしあった場合早く終わらせて帰りたいもんね!」
「じゃあねキモ男、二度とおねーさまに歯向かうなよ」
ミュハさんに見向きもせずスタスタと歩いていくミオンたち3人に付いていく地雷女は、呆然とするミュハさんに向けて捨て台詞を吐いた。
ひっでぇ女だ。
「おいいいのかミオン。あの人放置してて」
「いいんだよ、めんどいしあいつ」
「そーそー! あのキモ男まじでおねーさまにクソだる絡みするし」
数人いて数人ともに放置される状況に頭がついていかないのか、ミュハさんがまだ固まっているのを遠くから視認できる。
「不憫だなあの人……」
大きな丸い机が置かれている一室につくと、みんなすっかりミュハさんのことなんて頭から消えていた。
「みんな! 任務あったよー」
「よっしゃ! バリバリ働きましょうお姉様!」
机の真ん中に置かれた1通の手紙。
その宛は第1部隊で、俺たち名指しの任務だ。
普段は他の部隊にも振れる任務が多いみたいだが、名指しに関してはさすがにやらざるを得ないらしい。
「はぁ、今日は眠いからパス」
「あらぁ、お布団用意しましょうねぇ」
「パスとかないから! ママも用意しなくていいから!」
「チッ、誤魔化せなかったか」と悪態をつくミオンは、ママに励まされながらも剣を腰へ装備する。
「よし、チャチャっと終わらせる。ぼさっとすんなよ、雑用係」
「扱い酷!」
もっと丁寧に扱って欲しいものだぜ。
周りが着々と任務遂行の準備を進め武装をしていく中、俺はあることに気づいてしまう。
「なぁ」
「なんだ?」
スカッスカッとみんなが剣を装備する腰あたりで手を動かし、みんなにあって俺にないものをアピールする。
「俺の武器はいずこでしょうか」
「あー、そう言えばねぇな」
「そうだねぇ、雑用係って正式には団員じゃないから支給されないもんね」
そう、俺はこれから任務に行くってのに、一切の武装もせず、己の身ひとつで挑もうとしているのだ。
「あらぁ、なんとかしてあげれないのぉ?」
「余ってる武器はみんな錆びてるんだよね。どうしよっかミオン」
「どうするって言われてもな。どうするユリリ」
「素手でいいと思います!」
ママの優しさが広がっていきなんとかなりそうだったのに、バカな地雷女のせいで俺は危険な異世界を素手で乗り切らないといけないかもしれない。
「ボケか地雷女! 自分は剣と警棒持ってるくせに! どっちかよこせ!」
「あ? うっさいコブタちゃんだなあ」
「あらあらぁ仲良しねぇ」
微笑ましく笑うママは、あろうことか俺たちを仲良しだという。
どこをどうみたらそうなるんだ。
「とりあえず行くぞ」
「えー、俺武器なしで任務!?」
きっとミオンはこの状況を面白がるんだろうな。
「武器なしでボコられるソロを見るのも面白いだろうけど流石に危ないから買いに行くぞ。報酬前借り扱いな」
くっそ……この組織! 福利厚生雑魚だぞ!
「……それしかないか。身の安全が第一だしな」
「安心しろ、オレとライラと顔馴染みの鍛冶師だから安くで見繕ってくれるはずだ」
「人脈! さすがですお姉様!」
「……主にオレがお得意様なんだが」
ミオンは転生前からなぞの人脈をしれっと持ってる特性があったが、ここでもそれが活かされているようだ。
「と、とにかく! はやく連れてってくれよ!」
「しゃーねぇな。ユリリ、悪いけど拠点前に馬車の手配を頼む。ママもユリリと一緒に拠点で待機してて」
「わかりましたおねーさま!」
「副部隊長の仰せのままにぃ」
部隊長のお姉様よりも素早く指示をだすミオンの背後で腕を組んでうんうんと頷くお姉様は、まるで地下アイドルのライブハウスに稀に現れる後方彼氏ズラみがある。
「ミオン、なんか偉い人みたいだな」
「実際ある程度偉いんだって」
前にもこんなやりとりをした気がする。
「しょーもないこと言ってないでさっさと行くぞ」
先を急ぐように拠点を出ていくミオンにぴたりとくっついていくお姉様の後ろを歩いて、数分でミオンの顔馴染みが営む鍛冶屋に踏み入った。
そういえば途中からミュハさん放置だったな。
「ジャミルー。安くで武器買わせて」
「ど直球! おいミオン、親しき中にも礼儀ありだろ?」
鍛冶屋に入るなり、おそらく奥にいる鍛治師に向けて大きな声で声を発するミオン。
時代が時代なら強盗罪で起訴されるぞ。
「ジャミルちゃーん! 安くで買わせてくれないかなー? うちの雑用係の子の武器なくてさ」
「お姉様も直球!」
この2人、もしかしてジャミルさんって人を尻に敷いてるんだろうか。
「うひひ、来ましたねミオライ……! ふひっ! やっぱりウチの集めた情報通り」
ネッチョリと鼓膜に染み込むような声と話し方の女が、奥の鍛冶場らしきところからひょっこりと顔を見せる。
「くぅ、今日もビジュと尊みがすご。ウチ尊死不可避……」
ぐひひと下品に笑うジャミルさんは、黒髪おさげでメガネをかけたいかにもな根暗オタク。
この人も転生者なのであれば、きっとクラスの隅とかでBL本読んでるタイプだろうな。
そんな偏見を構築していると、いつの間にかジャミルさんは俺の前まで距離を詰めていた。
「あなたがミオンの旧友、ソロですね。情報は持ってますよ」
クイッとメガネを親指で押し上げるジャミルさんは、真剣な面持ちでこう言う。
「時にあなたはミオライ派? ライミオ派?」
……?
頭に無数のクエスチョンが浮かぶ。
だが俺は察しがたまにいい。
今回はすぐに察した。
おそらくカップリングと言うやつだ。
オタクには好きなキャラ同士のカップリングで、どちらが攻め(右)、受け(左)かを決めて時には戦争まで起こしてしまう人種がいるらしい。
きっとジャミルさんはミオンとお姉様を推しカプとしてみているんだろう。
戦争はしたくないし、ここは一旦真剣に考えよう。
攻めと受け。
いつもの雰囲気を見てれば自ずと正しい回答が導き出せるはずだ。
いつもはお姉様が積極的で甘やかしてて、ミオンが頼り切ってて甘えてる。
つまり好意てきにはお姉様からな気がする。
なら答えはこうだ。
「ライミオ派っすね」
「ライ……ミオ……」
……時間が止まった気がする。空気が重くなった気がする。
「はぁぁ!? ありえない! 何をどう解釈したらそうなるん!? ライラは誘い受けでしょ! 目ついてんの!」
あっ……戦争ルートかこれ。
ジリジリと、ツナギ姿の根暗やばオタクに詰め寄られ、助けをミオンたちに求めたが、お姉様は「やめてよ恥ずかしい!」と赤面してるし、ミオンはやれやれと呆れた素ぶりで店を見渡してる。
「ミオン、ライラ。こんな見る目ないやつにウチの武器を安価で安く提供する気ない!」
うわぁ、地雷女の次に苦手なタイプ。
「なら定価でいいよ」
「おいミオン話がちがうぞ!」
「仕方ないだろ? 解釈不一致なんだから」
……くっそ! こんな世界大っ嫌い!
「ウチは自分の認めた客にしか本来武器を売ってない! 買えるだけラッキーだと思ってください」
「はい……ありがとうございます」
異世界転生って過酷なんだな。
アニメで面白おかしく書くべきじゃねぇよ、地獄だよこんなもん。
美女はTSした親友にぞっこんだし俺にハーレムねぇし、全く酒ねぇとやってらんねぇー!
「で、どんな武器をご所望ですか?」
ザッと1歩後ろへと下がるジャミルさんは、手を大きく広げて背後に陳列される武器の数々を披露する。
扱いやすそうな手頃サイズの剣から、バトル漫画にしか出てこないような大きすぎて触れないだろってレベルの大剣。
曲者が使ってそうな大きな鎌に、左右のどちらにも刃が付いている斧。
まじで色々ありすぎて自身がどれを使いこなせるか、全く見当がつかない。
「そこの棚にもあるので、本質をよくみてくださいね」
そう言うとジャミルさんは、俺の背後の棚を指さした。
そこには小さなナイフや、用途の分からない鉄球や、片手サイズの盾。
武器になるかすら分からない物が陳列されている。
「……なんだこれ」
まるで条件反射。
それを目視した瞬間、吸い込まれるように俺は手を伸ばす。
「なるほど、ソロはそれに選ばれたんですね。お買い上げありがとうございます」
「へ? 俺まだこれにするって決めてない」
だが、妙にしっくり来る。
手に吸い付くようにフィットするサイズ感、何でも砕けそうなメタリック感、やさぐれた男のようなパンクな雰囲気。
何においても、俺はこのメリケンサックを気に入ってるようだ。
剣などある程度間合いが取れて立ち回りやすい武器がいいのだが、ゴリゴリ近接のメリケンサックでもいいかなとすら思いはする。
「ジャミルの造る武具は、武具自身が使用者を引き寄せる性質があるんだよ」
ゴトンと机に硬貨の入った袋を置いてジャミルさんに支払うミオンは、さも当然のように言う。
「つまりお前が決めてなくてもそれで決定な」
「ええ……ファンタジーじゃん」
まるで異世界だななんて思ったけど異世界だったわ。
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