40発目 モヒカン

 ***


   

 昨日行った里と大差のない、小さい里。

 今日オレたちが訪れたのはそんな里だ。


「ほらほらアンタたち! アタイが駐屯してるこの里でそんな華やかじゃない動きが許されると思って!?」


 ワン・ツー、ワン・ツーと手拍子を響かせる主は、煌びやかな衣装を身に纏った人々に何やらレッスンのようなものを施していた。


 色白で筋肉質な男。

 ソフトモヒカンでいかにも曲者臭がする男は、いちいち動きにメリハリがついているというか、演技っぽいというか、癪に触る。


「返事は?」

「イ……イェス、マイサン!」


 キラキラの装飾があしらわれた服を着る里の人々は、軽快な動きを続けながら美声でソフトモヒカンに返事する。


「よろしい。アンタたち、最近動きがよくなってきてるわよ。せっかく思考ができて四肢が自由に動ける体なんだから、最大限自信を魅せる振る舞いをしなさいな」


 ……なんだこの空気は。こいつがこの里に駐屯する部隊の隊長か?


「あら、お客さんかしら?」


 あ、見つかった。

 パチクリと目が合ってしまったオレは、急いで目を逸らして身を隠すことを考えたが、時すでに遅しだった。


「アンタ、叛逆したっていう部隊長さんと副部隊長さんね? いらっしゃい」


 いつの間にか眼前まで迫っていたソフトモヒカンは、おそらく2メートル近くはあるだろう巨体で威圧感が凄まじい。


「2人とも噂通りすっごい美人ね。どう? アタイ作の服着てみない?」


 サッとどこからともなく取り出した2着の服をオレたちにみせるソフトモヒカン。


「えーかわいー! ミオン、着てみ」

「ません。怪しいものに興味を示さない」

「随分はっきりいうのね副部隊長様は」


 やれやれと服を仕舞うソフトモヒカンははっと気づいたように距離を取る。さっきまでの近距離をやめ、適切な距離感になった。


「ごめんなさいね、アタイみたいな図体のでかい男に迫られたら怖いわよね。あ、でもこの体は自慢なのよ? そのうち見慣れてね?」


 遭遇してまだ数分のやり取りだが、直感的にこいつは悪いやつじゃない気がしてきた。


「なぁモヒカン」

「ノン。アタイの名前はベイク。ベイク・サイレントよ。友達は髪型で呼ばないのよミスミオン」

「そもそも友達になった覚えがないがまぁいいか……お前、敵か?」


 言った直後、ライラはオレの正気を疑うように何度見か分からないほど見返していた。


 単刀直入すぎたかもしれない。


「どの解釈での質問か分かりかねるけど、アタイの目には拠点を壊し仲間を傷つけたアンタたちの方が敵に思えるわよ」

「それはごもっともだな。ただ、今回は里を不当な権力で自身のものにしようと考えるゴミを敵と想定してる」


 説明不足だったな。

 現状、オレたちが1番の敵だ。


「なにそれ、アタイらは里の人間とうまくやってるわよ?」

「……派手な服着せて立ち居振る舞いを叩き込むのは特殊な強制労働じゃないのか」

「可笑しなこと言うのねミスミオン。あれは元気のないあの子たちのためにアタイが勝手にやってることよ。豊かな精神は華やかな肉体に宿るってね」


 フッとニヒルな笑みを浮かべるモヒカン、もといベイク。

 視線の先にはフラフラしながらもベイクに指導されたことをしっかりと遂行している。


「フラフラだけどちゃんと飯食べれてるのか?」

「この間の里の人たちの症状と似てるね。ご飯占領してない?」

「腐っても騎士団よ? 里に暮らす人々のための物資を独占だなんてするわけないでしょ」


 してるやついたんだよなぁ。なんならそいつからそんな奴ばっかりって聞いてるんだよなぁ。


 ベイクは大きな声で人々へ声をかける。


「ねぁアンタたち、食事はしっかり摂ってるわよね?」

「……いえ、その」


 聞かれた人々は、どこか歯切れの悪い返事しか返せない。

 これ、確定だろ。


「…………」

「おい、どこ行くんだよ」

「状況を確認してくる。今まで気づけなかったアタイの落ち度で、疲弊する人々に無理をさせたケジメはつけるわ」


 身長差があり、近くにいると見上げてしか確認できないが、ベイクの目は怒りに燃えていた。


「私たちも行くよ! 目的は一緒だし、騎士団に所属してちゃ、すっごい反抗した時に立場悪くなっちゃうでしょ?」

「ふふ、だからアンタたちの出番ってわけね? あと先を考えてるんだか考えてないんだか分からないコンビね。嫌いじゃないわ」


 ライラの闘志も激しく燃え上がるのを感じる。

 当然オレだって、腐り切った騎士団には頭に来てる。


   

 ***


   

「ちょっとアンタら、そこどきなさいよ」

「無理ですって! 連れてるの渦中の部隊長と副部隊長でしょ!? しかもベイクさんも剣抜いてるし無理ですって! いつもは見逃してますけど今回ばかりは絶対! またなにやらかすつもりなんですか!」


 勇足で駐屯施設へ向かう俺たちは、入り口を守る団員に門戸を閉じられている。


「どきなさい。3度目はぶん殴るわよ」

「ひ……っ!?」


 ベイクは剣を収めるものの、次は拳をはぁ、と息であたためてぶん殴る準備をしている。


「こいつ絶対色々やらかしてるタイプだな」

「ミオンと一緒だね」

「一緒にすんな」


 強く否定はできないけど、なんとなく一緒にされるのは嫌だった。オレこんなにゴリラみたいな威圧感ないもん。


「今すぐ、そこを、どきなさい?」

「む、無理です! あとで怒られるの自分なんで! 今回ばかりは我慢してくだ、ぎゃぁああああ!!」

「忠告はしたわよ、悪く思わないことね」


 メリメリと頬骨にめり込んだような音が聞こえたが、きっと気のせいだ。

 白目剥いて泡吹いてピクピクと痙攣してるのも気のせい気のせい。


「一応回復魔法かけとく?」

「……軽くかけとくか。流石に死なれるのはまずい」


 瀕死の団員をライラが回復させる最中も、仲間をちぎってはなげ、ちぎってはなげを繰り返して進むベイク。


 これはオレも回復魔法使わないと治療が追いつかないな。


「もう立場悪くなるとかの次元じゃないだろ……」

「私たちと同じくらい考えなしだね……ベイクさん」


 あんなモンスターみたいなやつを抱える上司は大変だったろうな、その苦労も今日で終わるだろうが。


「隊長のところにさっさと行かせなさいよ!」

「止まってくださいベイクさん! 今回ばかりは始末書じゃ済みませんって!」


 だろうな、間違いなく始末書じゃ済まないな。


 必死に止めるベイクの同僚たち。

 だがそんな弊害は諸共せずズンズンと突き進んでいく。


「アンタら知ってんの? 隊長が物資を占有してるって」

「逆に知らないんですか!? 自分らの飯や街で換金して嗜好品にしてるんですよ」


 1人の団員の頭部を掴んで持ち上げて尋ねるベイク。

 だが、返答を聞くや否や、地面へと躊躇なく叩きつけた。


「……あ? なんつった?」

「ぐあぁっ!!」

「おいテメェ、今なんつった? アタイらの飯? 嗜好品? 舐めてんなよ! なんのための騎士団だ! 守るべき人々を蔑ろにしてまで充実した生活を送って楽しいか!? あぁん?」


 団員を薙ぎ倒す姿を見ても相当なものだったが、がなりながら捲し立てる姿は、繁華街でみたら間違いなくちびって逃げ出す筋のそれにしか見えない。

 だが、言ってることには完全に共感できる。


「アンタらも知ってた?」

「は、はい……」

「なんでアタイだけ知らなかったのよ!!」


 それは知らんがな。


 なかば八つ当たりにも見えるベイクの振る舞いだが、熱い正義感が宿っていると思った。


「――そこまでだ、ベイク・サイレント」


 ピタリ。ベイクの動きと、周囲の空気が一瞬止まった。


「隊長、なぜ物資を占有したか。アタイが納得できる内容を簡潔に説明してもらおうかしら?」


 隊長と呼ばれたその男は、荒れるベイクとの身長差にも臆さず答える。


「愚民の困る顔が大好きなんだ!」

「そう、くたばりなさいな」


 振りかぶるモーションすらないパンチにもかかわらず、轟音を奏でて隊長は吹き飛んだ。


「簡潔でも納得できるわけないでしょクソが」

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