10発目 ユリリの恋2
「結構数いるじゃん」
「グァアァ……!!」
低級のモンスター、ゴブリン。
単体で見るとただのクソ雑魚だけど、数が集まればなかなかにめんどい。
それにこいつらは、女を捕らえて犯す習性がある。モンスターの中で人間を性処理に使うモンスターはこいつらゴブリンを含めて2種類ほどだったと思う。
「でも所詮雑魚ゴブリン、らっくしょー」
警棒を的確にゴブリンの頸椎にぶつけて、確実に息の根を止める。より苦しむように、より爽快にストレスを発散することを意識して、もうすでに20体は葬った。
可愛い服が極力汚れないように動いていても、多少は返り血を浴びるし、砂埃もたくさん舞う。
「服汚れた……でも鎧は極力着たくない」
これ以上汚れると洗濯がしんどい。最悪捨てるという決断もせざるを得なくなる。
「――ヴァァアア!!!」
「は!?」
服が汚れることを避けるため、そろそろ街へ戻ろうかと警棒を縮めていると、背後からピリピリとした雄叫びが響き渡る。
「オンナ……ナカマ……コロシタ……?」
「はは……あーし、ちょっとこの状況まずくない?」
見ると、雑魚ゴブリンの5倍は大きい、ゴブリンロード。
手にはゴツい丸太を持っていて、それの先端は血に染まってドス黒く変色している。
おそらくあれがあいつの武器だ。
どう対応する……?
「こんなんどうやれって言うん!? 無理ゲーじゃん!」
仕事で討伐に来てるわけじゃないから、鎧も剣も置いてきてる。
いくらあーしが強くても、警棒に私服じゃ部が悪過ぎる。勝ち目のない戦いはしないし、逃げたいけど、逃がしてくれるような甘い敵でもなさそう。
完全に詰み。
「あのミオンとかいう女のせいだ……絶対許さない、化けて出てやるんだから」
責任転嫁だ。ミオンは関係ないってことくらい分かってる。あーしの軽率な行動が招いた結果。
だけど誰かのせいにしないと落ち着かない。とことんクズだけど、あーしはもうこれでいい。
クズとして生きてきたなら、死ぬ時もクズの方がいい。
「グァァウ!!」
ゴブリンが大きな丸太を振り下ろした時、同時に悲痛が混じる怒号が響く。
「へ……?」
目の前で、ゴブリンの右腕から血が吹き出し、噴水のように流れている。
あーしの足元には、騎士団支給の剣が突き刺さっている。これが上から降ってきたってこと?
でもどうして?
「ユリリとか言ったな、助けに来たけど気が変わった。あとは自分でやれ」
「ミオ……ン? どうしてここに!?」
見れば、澄まし顔で木の上に座るミオンがいる。鎧を身にまとい、剣の鞘を腰に装備している。
完全武装。つまり、フラッと立ち寄ったと言うわけでもなさそう。あーしを助けに来た? でもなんで? 露骨に嫌悪感を表していたのに?
「ゴブリンロードが目撃されている森に、武装もせずにふらっと立ち入った愚者がいると耳にしてな」
フッと嘲笑うかのような態度で上から淡々と言葉を降らせる。
「死体を回収しに来たんだが、まだ生きてるしこれがなんと知った顔じゃないか。仕方ないから助力くらいはしてやる」
「は? あーしにそんな余力あると思ってんの!? 見殺しじゃん!」
「ドヤ顔で言うことじゃないだろ……」
あーしは今日ドーピングに必要なあれも忘れてるし、剣があったとてどうもできない。
「助けてよ、あーし勝てないって!」
木の上にいるミオンは、ムスッと顔を歪める。
「ふざけるな! 自分の感情に惑わされ、危険視されている森に軽装で入った挙句、ピンチになれば助けろだって!? 命を軽んじるなバカ野郎!」
――ッ!
無愛想で冷めたやつだと思ってた人間からの、激しくも情を感じる激励。あーしのこと嫌いなんじゃないの?
「だったらあーしを助けてよ! あーしの命を軽んじてるのはあんたじゃん!」
「お前は1から10まで言われないと理解できない低脳なのか? お灸を据えてやってるんだろうが、大人しく今できる最大限を発揮しろ」
あーしをサラッとディスるミオンは、続けて言葉を発する。
「第1部隊、副隊長からの命令だ。やれ」
「は……? 副隊……長? それマ?」
こいつが副隊長? だから入団試験で疲労してたってこと?
驚くべき内容を話すミオンは、あーしに向かって1本の缶を投げつける。
「やるよ、500ミリリットル缶」
「なんで、あーしの力のこと知ってんの?」
「入団する前に隊員のことはひとしきり頭に入れてある。いいから早く戦え、死ぬぞ」
渡された缶は、あーしが自分の力を最大限引き出すために必要なドーピングアイテムの酎ハイ、ストロング。
汗をかいたスト缶には、ご丁寧に長いストローも貼り付けられている。
「は? まじ? バケモンじゃん」
「オンナ……ハヤク……コロス」
ジリジリと距離を詰めるゴブリンロードと一定の距離を保ちながら、あーしは受け取ったスト缶のプルタブに指を引っ掛けてアルコールを解放する。
「ミオン、振ったっしょ」
「移動時の揺れだ、それくらい我慢しろ」
プシュッと豪快に解放されたアルコールは、揺られ膨張した炭酸を泡として吹き出し、その刺激を地面へと垂れこぼす。
「全部こぼれてなかったら全然いい」
プルタブを飲み口の方に回し、その穴にストローをさして固定する。そして、一気に体内へアルコールを巡らせていく。
戦闘後に一切動けなくなることと、気持ち悪くなることが欠点の、短時間強化。これがあーしの最強スタイル!
「オンナ……コロス」
「あ? 自惚れんなクソキメェんだよゴミが。テメェは今からあーしに殺されんだ。黙ってろ」
死体を回収しに来たとか、仕方ないから助太刀するとか絶対嘘じゃん。最初からあーしのこと助ける気満々じゃんか。
絶対あーしのことが心配で助ける気で駆けつけてくれたっしょ? 完全武装してるし、もしもの時のためにあーしのドーピング剤も持ってきてくれたんでしょ?
最高じゃんか!
スト缶が汗かいてたのも必死で探してくれてた証拠だし、たくさんシェイクされてたのも走り回ったことの証拠。
まじ最高! ここまでされたら惚れちゃうって!
今まであーしのご機嫌取りしかいなかったし、あーしもそれでよかった。
けど、あーしのために必死になったり怒ってくれるのは、おねーさまだけだった!
「あーもう! しゅきぴしか勝たん!」
足元に刺さる剣を取り、ゴブリンの胸部に深く斬り込む。
待って!? おねーさまの剣を握ってる!? これっておねーさまと手を繋いでる……ってこと!?
「きゃー! 最高じゃーん!!」
しゅきぴがあーしのために行動してくれた! もう好きすぎ!
高揚する気分をおねーさまの剣に乗せて、あーしは一気にゴブリンロードを斬り刻んでいく。
アルコールも相まって、今のあーしならなんでもできると思う。おねーさま見てて!
「ウガアアア!!」
「まっじうるさ。おねーさまとの時間邪魔すんなよクソゴミが! 死ね!」
体格差を活かしあーしは、ゴブリンロードの足元へ滑り込み、アキレス腱に角度をつけて深く斬り込みを加える。
モンスターとはいえど、人型のモンスターの弱点は人間とあまり変わりがない。
アキレス腱を斬りつければ、当然あーしの前にひざまずく。
「おねーさまの良さに気付かせてくれたことには感謝してやるよゴミクズ」
こいつがいなきゃ、あーしは危険に陥っておねーさまに助けられることはなかった。そこだけは嘘抜きで感謝しかない。
せめて苦しみが少なく死ねるよう、素早い太刀筋でゴブリンロードの首を跳ね落とした。
「おねーさまー!! あーしのためにありがとうございまーす!」
「アルコールなしでこれくらい出来れば隊長クラスだなお前」
「えへへぇおねーさまに褒められたぁ」
ふにゃふにゃとあーしの体が感覚を失っていく気がする。おねーさまの元に行こうにも歩けないし、立ってる姿勢を維持するのもしんどくなってきた。
アルコールを体内に流し、激しい動きをして完全に酔いが回っている。視界がぐるぐるとして今にも倒れ込みそう。
「ごめんなさいおねーさま。あーし……おねーさまに失礼な態度……を……」
あーしは謝りたかった。許されなくても、おねーさまに突っかかって、責任転嫁して、嫌われて当然のことしてたのに。
当然のように助けてくれたおねーさまに申し訳なかった。
あーしの言葉がちゃんとおねーさまに届いたかはわからない。
「気にすんな、オレはお前がお前でいれればそれでいいから」
けど、きっと。おねーさまはあーしの言葉に答えてくれた――
「――あれ絶対おねーさまに届いてたよね!? その後普通に接してくれてたし!」
おねーさまと出会ったあの日。
それを思い出すたびにあーしは、謝罪の言葉がちゃんとおねーさまに届いていたのか不安になる。
けど、おねーさまはきっとそんなこと気にしてないし、覚えてすらいないと思う。
「あーしが素で過ごしたらおねーさまはキモいなんて言わなくなったし、まぁなんでもいっか」
結局は、今おねーさまに嫌われていない。それだけが分かっていればそれでいい。
「おねーさまが好きそうなお菓子買いにいこーっと」
おねーさまの血肉になる食べ物をあーしが買って持っていく。これつまり一心同体になりつつあるってこと?
待って? それならあーしが手作りすべきじゃない?
「お菓子作ろーっと」
これでまたおねーさまと親密になっちゃう♡
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