11発目 挑め禁忌魔法

 ***


   

〈ソロサイド〉

   

「もう動けねえ……」

「なにを弱気になっとるんじゃ、たった5万発蹴られただけじゃろうが」

「たったじゃないから! 普通に生きてたら通算してもそんなに蹴られねぇよ!」


 師匠との修行は数十時間にも及ぶ長時間のものとなっていた。

 日は沈み、かすかな月明かりが地面を少し照らすのみの現状で、俺はひたすら蹴られている。


「反撃してこんからじゃ。じゃが……耐久力はミオンたん以上かもしれんのぉ」

「まじ!?」

「うむ、ここまでボコボコにして弱音を吐く気力があるものは初めて見たわい。これが人とモンスターの違いかのぉ」


 苦手な高所も克服したし、耐久力も認められた。

 これはもう禁忌魔法に耐えれるのではなかろうか?


「やってみるかのう、禁忌魔法」

「大丈夫なのか? もう」

「賭けじゃ。オークの肉体では、これ以上強くはなれんじゃろう」


 おいおい、大丈夫なのかよ。


「発想力も随分身についたはずじゃし、魔法を自分なりの解釈で消化できるはずじゃ」

「でも失敗すれば……」


 失敗すれば、俺だけじゃなく周りにも危害が及ぶ可能性がある。

 俺1人の命が燃え尽きるだけなら、この程度の賭けすぐにでもオールベットする。


「なんじゃ、怖いか」

「そりゃ……失敗したらやべぇし」

「ほっほっほ、いいんじゃそれで。恐怖を実感できる心、それが人を成長させる。あの2人が少ししか持ち合わせていない物じゃ。お主はまだまだ強くなれるぞ」


 ニコッと笑う師匠の表情に、俺は少し安心感を覚える。てかミオンたち、少ししか恐怖心ないのやばくね?


「……怖いけど、頼むわ師匠。禁忌魔法かけてくれ!」

「うむ、いいじゃろう。ただし、明日じゃ。今日は美味いものをたくさん食して明日に備えるんじゃ」


 ……変に焦らされた気がする。こえぇよぉ! マンションから落ちた時並に心臓が躍ってるって!


「おーいソロ、持ってきてやったぞ。最後の晩餐」


 恐怖で震える巨体をなんとか落ち着かせようと深呼吸していると、知った声が背後から物騒なワードを乗せて鼓膜に届く。


「おいコラミオン! 今すっげぇ怯えてんだから最後の晩餐とか言うな!」

「ライラの手作りディナー」

「お姉様の手作り!? 明日死んでも悔いなし!」


 美人なお姉さんの手作りとなると、もう俺に悔いは残らないだろう。だってこんなんほぼピクニックデートじゃん!


 ミオンの横でヒラヒラと手を振って歩いてくるお姉様の神々しさに、思わずお姉様と叫んでしまうほど俺はお姉様にゾッコンだ。


「おいじいさん、こんな夜中に呼び出すなよ」

「そんな無慈悲なこと言うでないわ、明日友人と会えなくなるかもしれんのだぞ?」

「そうだよミオン、私たちが1番分かってるでしょ? お別れの辛さを」


 到着早々、師匠に悪態をつくミオンだが、師匠とお姉様に諭されるように注意されていた。いや物騒だなこいつら。俺が死ぬ前提かよ。


「おねーさまー! よく分からないけどご馳走いっぱい用意してきましたよー!」

「あ、地雷女」

「てめマジで喧嘩売ってんのか? おねーさまの友人だって言うから見逃してやるけどまじ調子乗んなよブタが」


 大きな荷車を引きずるものの、安定のブラウスを着た地雷女がやけにハイテンションでここまでやってくる。


 そのくせ俺にはあたりがクソほど強すぎて泣けてくる。


「おねーさま、これどういう趣旨の集まりですか? クソブタのお別れ会ですか?」

「誰がブタだ! ちょっとは優しくしたらどうだ地雷女」

「今はおねーさまと話してるでしょ、空気読んで黙ってろよゴミ」


 ……別にビビってはいないけど俺は大人しく口を閉じることにした。


「お別れ会になる可能性があるから豪華な飯いっぱい持ち寄ってこいってじいさんに言われてな。明日禁忌魔法をかけるらしいわ」

「もうお別れ会でいいのに。あの世でも元気でねブタさん」


 これ見よがしに地雷女は俺にチクチク言葉投げてくる。性格悪すぎるだろ。

 ミオンも笑ってる場合じゃないぞ、友達が現在進行形で言葉の暴力を受けてるんだぞ?


「お姉様、あの2人が俺をいじめるんですよ!」


 ミオンと地雷女の2人はきっと俺をいじめることに快感を覚えるタイプだ。師匠は基本傍観だろうし、ここはお姉様に慰めてもらうしかない。


「……ッ!」


 お姉様に近付いて声をかけると、大らかな雰囲気が一転、狩る側のオーラを発する。


「あ、ごめんねソロくん。巨体の圧感じていつもの癖で身構えちゃった。出来れば離れてくれる? 討伐しちゃいそう」


 神様……俺のこと嫌いすぎじゃないですかね。


 お姉様に拒絶された姿を見てミオンと地雷女は腹を抱えて声高らかに笑い転げていた。

 世の中理不尽過ぎるだろ。


「ほれほれお主ら、せっかくのご馳走の数々じゃ。中に入って食べようか」


 やはり年長者。空気の切り方がこの中の誰よりも上手い。

 阻害されていた俺を気遣ってか、ナイスタイミングで屋敷内へ誘導してくれた。


「じいさん、なんか家でかくなってないか?」

「今更かい、家も庭もオブジェも全て変わっとるじゃろうて」


 キョロキョロと周りを見渡して不思議そうな顔は浮かべていたが、まさかのまだ疑問系で聞くのか。鈍すぎないか?


「気づかなかったね」

「ミオンたんもライラたんもワシに興味なさすぎじゃないかのぉ……」


 分かるぞ師匠。

 雑に扱われていると感じると切なくなるよな。


「美人にぞんざいに扱われるの案外悪くないのぉ」

「じじいクソキモい」


 やめろミオン、変態にそれはご褒美だ。


 師匠のキモい一面を見ながらテーブルに数多のご馳走を机に並べていく。


「地雷女が持ち込んだやつ多いな」

「誰が地雷女だ、狩るぞクソブタ」


 地雷女が荷車で運んできたものは、メインテーブルに乗り切らず、あちこちに置かれている。


「ユリリ、肉とって」

「はーい! あーんしてくださーい」

「それはいい」


 鈍器のようなサイズ感の骨付き肉をヒョイっと持ち上げる地雷女は、嬉々としてミオンへと手渡していた。


 あーんは断られていたが、手渡す際に手が触れ合ったらしく、ピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。


「ミオン、野菜も食べないとたダメだからね?」

「野菜はソロがいっぱい食いたいって言ってた」

「いや言ってねぇぞ!?」


 お姉様が母親のようにミオンの世話をする姿を見ながら俺は、食べやすいサイズに切られた肉を頬張った。


「おねーさま、これも食べてみてください! 自信作です!」

「あとでな」


 押し付けられる地雷女特製の自家製パンを適当に流して、ミオンはニヤッと笑って俺に言う。


「ソロ、どれだけ強くなった?」

「どうだろうな。実感はあまり湧かないけど、多分オークにリンチされてた時よりは遥かに強い」

「そうか、手合わせでもしてみるか」


 スクっと立ち上がるミオンは、なんの躊躇もなく外へと出ていく。

 今から手合わせってことか?


「上等、面白いじゃねぇか」


 ミオンの後を追い、俺も外へ出てミオンと対面する。


「お前とやり合うのは高校以来か?」


 夜風がミオンの髪を揺らし、その様を月明かりがぼんやりと照らす。


「懐かしいな、今日は俺が勝つけど」

「言ってろ」


 もうそんなに前の話か。

 以前俺は、はやとちりでミオンに喧嘩をふっかけてボコボコにされた。まじ若気の至りって感じだったな――

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