23発目 居候

 ***


   

 自宅。

 オレがライラと暮らすプライベート空間。


「すご! ご遺族の方があの伝説だったの!?」

「ああ、オレもびっくりした」


 ソファーに肩を並べて座る俺たちは、ココアを飲みながら解散後の話を共有していた。


「しかも騎士団に戻ってきてくれるってすごいね!」

「娘を殺した相手にあんなふうに振る舞える余裕、あの人はすごい経験を積んできたんだろうな」


 オレがもしママの立場なら、間違いなくキレ散らかしていると思う。

 大切な人を、理由があるとはいえ手にかけた人間だ。許せはしないだろうな。


「……償いじゃなくて、思い出してあげて。って言われたなら、その表情はいただけないなぁ」

「え?」


 目を伏せるように下を向いていたオレの顔を両手で掴み、ライラは強引に自分の方へ向かせる。


「ミオンは殺したって言うけど、あの時はああするしかなかったよ。えらいえらい!」

「やめろよ、子供じゃないんだから」

「笑顔になるまでやめませーん!」


 ウリウリと頭を強めに撫でてくるライラは、ニカっと眩しいほど笑顔を見せる。


「彼女もきっと、ミオンの笑顔が見たいと思うよ! 後ろばっか見てちゃダメだ!」

「……そう、だな。1番辛いのは本人と遺族だ。またネガってた、前も今回もライラに助けられたな」


 基本的にポジティブなマインドを信条にして生きているオレだが、時折ネガティブが垣間見える。

 以前ネガティブになってライラに救われたのは、転生して、騎士団に入る前だったな――

   

 ――体が燃えるように熱い、オレは死んだのか?


「あの、大丈夫ですか!?」


 熱さに苦しみ、呼吸も乱れている中、オレの鼓膜には確かに声が聞こえる。

 天使が迎えに来たか? だとしたら大丈夫ですかなんて言わないな。


「……ここは」

「街外れの小さな里です、旅の方ですか?」


 どうやらオレは今、地面に倒れ、空を見上げているらしい。

 都会ではビルに邪魔されていた景色だが、今は雲ひとつない青が視界に入っている。


 そんな中で、オレのことを覗き込む少女。

 彼女がオレに声をかけた人物のようだ。


「旅……まぁそんなところ。帰る場所多分ないけど」


 起き上がりあたりを見渡したところ、木造の建造物が建ち並び、行き交う人々は中世時代のような服を纏っている。


「はは、まじか……」


 オレは確信した。ここは異世界だ。


「帰る場所がないなんて……苦労されているのですね旅の方」


 随分としっかりとした少女だな。

 見たところ小学校中学年くらいの年齢だと思うが、振る舞いは完全に大人のそれだ。


「お疲れでしょう、うちへ来てください。お母さんとお父さんにはわたしが話を通すので!」

「いや、ご両親にご迷惑でしょ」

「いえいえ! お母さんもお父さんも世話焼きなタイプなんで大丈夫です!」


 半ば強引に腕を引っ張っていく少女はシズクと名乗って笑顔を向けた。


 そう言えば隣に唯我がいないけど、無事に転生出来てるんだろうな?


「お姉さんはお名前なんですか?」

「まだ名乗って無かったか、お姉さんは――」


 お姉さんは!?


「どうしたんですか?」

「オレ、男なんだけど」

「ご冗談を! 立派なお胸じゃないですか! わたしも育つんでしょうか……」


 手を自身の胸に当てて心配するシズクを見習い、オレも自分の胸を揉んでみる。


 モニュ。


「モニュ……?」


 確かに手のひらに感じる感触。

 これは常日頃鍛えていた胸筋ではなく、確実におっぱいだ。


 彼女に触れた時に感じた弾力。なぜそれがオレの肉体に? 胸筋はどこに行った?


「シズク……オレってどう見える?」

「クールで綺麗なお姉さんですね! で、お名前は?」


 ……この際性別はなんでもいいか。TSは主流だしな。

 でも名前だよなぁ。


 異世界にきてまで、日本人らしい名前は名乗りたくない。考えろ、それっぽい名前を。


 獅童澪、澪獅童……ミオシドウ…………。


「お姉さんの名前はミオン・シドー。ミオンって呼んで」

「ミオンお姉さん! 素敵なお名前です!」

「嬉しいよ、ありがとう」


 本名を軽くいじってみたが、実に安直な名前になってしまった。


「ミオンお姉さん、ここがわたしのお家です! どうぞあがってください!」


 小さな建物が並ぶ中では大きい建物。

 そこがシズクの家らしい。


「ただいまー! 倒れてたお姉さん連れてきたー」

「おかえり! 大変じゃない、怪我してないかしら?」


 玄関から大きな声で帰ったことを知らせるシズクの声の直後、奥からドタドタと足音が聞こえる。


「あらー美人な子! って顔擦りむいてるじゃない! ほら早くこっちきて、もう。なんで倒れてたのよ!」


 倒れていたと聞いて怪我を想定していたのだろう、手に持っていた救急箱から消毒液やら包帯やらを取り出してオレを治療していく。


「お邪魔してま……す。この人シズクのお母さん?」

「はい! わたしのお母さんです! 騒がしい人ですけど害はないです!」

「シズクママでーす! はい治療終わったわよー!」


 怪我していない頭や腕に包帯を巻かれているが、この人が世話焼きなことは痛いほど伝わった。


「ママママ! 倒れてる人は大丈夫!? 先生呼ぶ!? 街のお医者さんまで運ぼうか!? 息はある!?」


 シズクママが落ち着いた後、再び奥からドタバタ聞こえてくる。なんだこの騒がしいおじさん。


「うるさい! 大丈夫だから!」


 大きな声でシズクママはおじさんを叱りつける。


「あの人お父さん?」

「はい! わたしのお父さんです! 見ての通り騒がしいですし加齢臭がするので少し害があります!」

「シズちゃんひどいよう! パパ傷ついた!」


 日本でも異世界でも父親の扱いはこんなものなんだろうか。


「美人さん、お名前は? ママに教えて?」

「ミオンです」

「綺麗な名前ね! 美人な響きだわぁ!」


 めっちゃ名前褒めてくれるじゃん。


「ミオちゃんいく当てはあるのかい?」

「いえ、おそらく放浪ですね」


 この異世界にオレの居場所はない。オレの想定してた異世界転生は、神かなんかを仲介してチート能力を手に入れて無双。だったんだけどなぁ。

 どうやら違うみたいだ。


 知らぬ間に知らない姿で異世界に放り出されたなら、放浪して居場所を見つけ出すしかない。

 ハードモードだが、あいつはうまくやれてるんだろうか。


「放浪!? ミオちゃん正気かい!??」

「女の子がそんな不安定な暮らしなんてダメに決まってるでしょ!?」

「ミオンお姉さん!? バカなんですか? 里の外にはモンスターもいますし、危険ですって!」


 今後の方針を述べただけだが、どうやら問題があるようだ。


「モンスターくらいなら多分倒せるぞ」


 自慢じゃないが、喧嘩なら多少自信がある。チート能力がなくても、きっと中ボスクラスまではやれる。気がする。


「ミオン今日からうちに住みなさい! ここで見送ったらすぐ死にそうで不安だわ!」

「いや、そんな悪いですよママさん。多分大丈夫なんで」

「ダメですよミオンお姉さん! そんな不安要素ばかりで放浪なんて!」


 オレもしかしてアホの子だと思われてるのか?


「パパがいたら不快!? だったらパパ出て行くから! 遠慮せずうちにいて!」


 颯爽とオレに背を向け「荷造りしてくる!」なんて言って移動し始める。


「違う違う! そうじゃない! 不快とかじゃなくて、見ず知らずの人間を招き入れるのはどうかと」

「あー、それなら大丈夫! ママもパパも信頼できる人しか入れないから!」

「その根拠どっから……」


 ママさんとパパさんは、にっこり笑ってオレを受け入れてくれている。


「シズクが懐いてるんだもん! 大丈夫!」


 この人たち……お人好しすぎる。


「ということでこれからよろしくお願いします、ミオンお姉さん!」

「はは、こちらこそ」


 オレの手を引いて家の奥へと引っ張っていくシズクファミリー。

 この人たちに何かあったら絶対に力になろう。そう心に決め、居候生活が始まった。

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