24発目 駆けろ
***
「ママさん、掃除終わった」
「ありがと! でも気にしなくていいのよー! ゆっくりくシズクとくつろいでて」
居候から数日が経ち、オレは見事にシズクファミリーに馴染んでいた。
「オレが好きでやってることだから、迷惑じゃなきゃこのままさせてくれない?」
「めっちゃいい子ぉ! 家事上手だし実際結構助かるのよー!」
居候をさせてもらってる以上、オレはこの家族の助けになるべきだ。
それに、家事は特に嫌いってわけじゃないしな。
「ミオちゃーん! パパ今から見回り行くけど来るかい!?」
「あ、行く。ママさん大丈夫?」
木剣を握るパパさんは、この里の警備団体のようなものに所属しているらしく、毎日真面目に見回りに行っている。
里周辺には、雑魚のモンスターがたまにうろついていて、それが里に入る前に討伐する団体らしい。
まぁオレは他の団員見たことないんだけど、一応団体らしい。
「行ってきてー! でも無理にパパに付き合うことないよ? 一緒にいたら加齢臭きついでしょ」
「ママひどい! パパそんなに臭う!?」
多少臭う程度だが、オレまで言うと傷つくだろうから笑顔で誤魔化しとこ。
「そういえばシズクは?」
「今日も朝からおばあちゃんの食堂の手伝いに行ってるよー! あの子もゆっくりしてればいいのにね」
あー、腰壊してるばあちゃんの手伝いか。昨日もそうだったな。
身内でもない人間をよく助ける家族だな本当。
「シズちゃん本当にいい子に育ってパパ感涙」
「ママさんの教育が良かったんだろうな、ほら行くぞ」
「辛辣だなぁ、パパも頑張ってるのにー」
オレのために用意された木剣を手にもち、項垂れるパパさんを先導する。
「気をつけて行っといでよ2人ともー! あ、帰りにシズク迎えに行ったげて〜」
「「いってきまーす」」
里の中を歩き、周囲に広がる木々の中をくまなく捜索する。
「ミオちゃん、この生活には慣れたかい?」
「うん、もうすっかり里の人間だよ」
たったの数日だが、すでにオレは里に馴染んだ。
里は住民も少なく、全員と面識がある。
年齢層は高く、お爺さんお婆さんの手伝いをすることもしばしば。
「適応力すごいね。戦闘能力もあるし、ミオちゃんは騎士団とか向いてるかもね」
「いやいや、騎士団って規則とかきついんだろ? 絶対やだよ」
「そっかそっか! だったら警備団に永久就職しちゃう?」
「絶対嫌」
警備団はあくまで警備メインで戦いはほぼない、それに活動自体に覇気がない。
安定性がない場所に骨を埋めるつもりは毛頭ない。
「いやかー、気分変わったらいつでもいってね!」
「気が向いたらね」
そんな会話をしながらオレたちは3匹程度、スライムを狩った。
この里周辺には、大したモンスターは出ない。
この広い異世界には、どこかに強いモンスターがうじゃうじゃと湧いているらしいが、ここはそうではない。
比較的平和な里だから、警備団も少数精鋭で済むらしい。
「相変わらず平和な里だな」
「平和が1番だからねえ、パパはこの里が好きなんだあ」
平和が1番、か。
みんなそうだろうな。
だが昨日パパさんは、シズクをずっとこの里に閉じ込めたくないと言っていた。
随分と酔っていたが、あれは本音だろうか。
狭い世界では成長できない。
ママさんはそう言って笑いながらパパさんを介抱していた。
確かにこの里は平和だし、住んでいる人々も家族の垣根なく親しげだ。
だがオレは、どこかこの里が気持ち悪いとも思ってる。
人間関係が薄い現代に生きた弊害だろうか、馴れ合いまくる関係性にどうも馴染みきれない。
まぁ、シズクたちには世話になってるんだけどな。
「高齢化がひどいけどね」
異世界で高齢化問題の話なんて聞きたくなかった。
「そういえばシズクと同年代の子いないな」
「ミオちゃんくらいの子もいないからね。パパが結構若い部類」
「この里大丈夫か?」
「シズちゃんがいるから大丈夫!」
言ったあと、パパさんは急に険しい表情へと変わる。
「高齢化問題を解決するには子供を産まないといけない……」
「……パパさん?」
「ただ里に若い男はいない。つまり他所のよくわからない男と結婚……?」
「急にどうした?」
ダン! と木剣を地面を叩きつけるように突き刺す。
「ぜっったい無理! 誰だその男!!」
「一旦落ち着け」
妄想して暴走しているな。
「ミオちゃん、うちの子可愛いよね? どう?」
「結婚しても子供は出来ねぇよ。落ち着けって、まだ先の話だろ」
軽いノリで聞いてくるパパさんだが、体はしっかりと土下座の体制をとっている。
「もうこの里はシズちゃんの代で終わらせよう」
「だから落ち着けって、とりあえずもう見回り終わったし、シズク迎えに行って家帰ろ」
今の体は女だし、そもそも年下は対象外だってのに、パパさんは無茶なことを言ってくる。
「ごめんねミオちゃん……パパ取り乱したよ」
「落ち着いたならそれでいいよ」
もうこの辺りをうろついてもさほどモンスターはいないだろう。
俺たちはここで切り上げ、シズクを迎えに行くために里へと戻る。
「ミオンちゃん、今日もこのバカの尻拭い大変ねえ」
「ちょっとちょっと!? 尻拭いなんてさせてませんけど!?」
フラフラとやってきて、ヘラヘラとしているおっさんが、パパさんの肩に手を回して揶揄うように言う。
この人はパパさんがよく飲んでいるグループの1人。
どうやらパパさんは仲間内ではバカと呼ばれているそうで、いろんな人に言われていて、この光景にももう慣れた。
短期間しか滞在していないはずなのに。
「おっさん、また昼から飲んでたのか?」
「そうそう! 迎え酒してずっと飲んでたよ、もう南日前からだったかな……」
このおっさんもうダメだ。
「ミオンちゃんもこれからどうだい?」
「断る、オレはシズク迎えに行くから」
「あー、そりゃ残念だ。このバカは置いていくの?」
オレはこれ以上酒臭いおっさんの相手をしないように、シズクを迎えに行こうと動く。
「ママさんも予想してるだろうしいいと思うよ。飲むんだろ?」
「かー! あの奥さんには頭が上がらないよ! 今度美味しい酒でも持っていくって伝えといて!」
「へいへい」
見回りが終わり、飲み仲間の誰かに見つかればパパさんは強制的に飲みに連行される。
ママさんは慣れているようで、そうなれば放置しておけと言われている。
「ごめんねミオちゃん、シズちゃんのことよろしく頼むよー」
「了解」
さぁ、酒カスは無視して頑張る少女を迎えに上がりますか。
土地勘がないオレでも1日住めば分かる範囲の広さの里だから、迷うことなく目的地へと辿り着ける。
「よう、シズクいる?」
「あらぁミオンちゃんじゃない。いつ見ても美人ねぇ。今は少し離れた市場まで買い出しに行ってくれてるわよ」
「買い出しか、分かった。体気をつけなよばあちゃん」
この里周辺のモンスターは雑魚だし、そんなに数もいない。だが、あの歳の少女が1人で歩くのはいささか危険ではないだろうか。
たまに1人で行くようだが、いつか危険な目に遭うんじゃないかとパパさんはすごく心配していた。
「迎えに行くけど、もし入れ違いになったら待ってるように伝えといて」
「はぁい、分かったわ」
買い出しってことはあの店だな。ここから少し歩くが、1番近くてある程度の規模の店はあそこしかない。
のどかな里を眺めつつ、風を切って歩いていると、数少ない里の人間が、郷の中心部へと必死に走っているのに気づく。
「ミオンちゃん! そっちは危ない! 早く逃げないと!」
「何があったおばちゃん」
何をしている人かは知らないが、よく挨拶をしてくれるおばちゃん。そんなおばちゃんが必死な顔でオレに逃げるように指示する。
「向こうにオークが攻めてきてるの! 急いで里のみんなを安全な場所に避難させないと、手伝って――」
「――すまん、他を当たってくれ! シズクが里の外にいるんだ!」
里の人間を避難させるのも重要だが、1人の少女の命の方が重い。オレは咄嗟にそう判断し、気付けば里の外へと駆けていた。
なんでオークが? オレたちが見回ったときにはいなかったし、今まで目撃されたことはなかった。
なのになぜ今現れるんだ!
くそ……考えていても埒が明かないな。
「シズクー!」
オレは必死に叫び、駆け回るしかできない。
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