25発目 医者でもどうにもならないことはある
どこにいる?
買い出しへ行った店への経路はこの一本道のはず。だが、見当たらない。そろそろ着くぞ。
一本道の直線上には、左右に生い茂る木々は一切ない。
だから、前方にいればもう視界に入ってるはずなんだけどな。
「シズク! どこだ!? いたら返事してくれ」
クソ、ここは異世界だろ? 索敵魔法的なの使えねぇのかよ!
シズクが見つからないまま、ただ走り続けるごとに、シズクになにかが起こったのではないかと不安が募る。
「おーい! シズ――っ!?」
左後方。
木々が粉砕され、轟音が響き渡る。
地面も割れたかのように、大きな地響きもすぐに足元に伝わる。
「これがオークか……?」
ゲームで散々と言っていいほど討伐したオークというモンスター。
雰囲気も、強さも知っている。
ただ、生で体感するのはこれが初だな。
姿は見えないのにも関わらず、オレはただならないプレッシャーを感じている。
「シズク!」
そこにシズクがいるとは限らない。
いなければオレが無意味にオークとエンカウントすることになる。もしそうなれば戦いが始まり、死ぬ可能性も跳ね上がる。
そんなこと考えてる場合じゃないか。
シズクじゃなくても他の人が襲われているかもしれない。
「逃げるなんて選択肢は与えられてないってわけね」
ゲームで言えばこれは回避不可のイベント。いや、メインストーリーの解釈でいいのか?
音が聞こえた方へ足を進めて、すぐに視界に巨体が飛び込む。
「マジかよ……」
オークを見つけたものの、オレはその光景に絶望する。
オレより数倍のサイズ差のモンスターが、5体。
「おい小娘、泣くなら泣き叫べよ。静かに泣かれちゃ興がのらねぇよ」
「んとだよ、ただでさえクソガキで萎えてんのによぉ、肉が程よくついたエロい女いねぇのかよこの辺はよぉ」
うだうだと文句を垂れるオークのうち1匹が腕を高く伸ばした時、そこには最も見たくなかった光景が目に広がっている。
「……!」
服を脱がされ、身体中に傷をつけられ、啜り泣くように涙を流すシズクが、オークに足を持たれ宙吊りのようになっている。
痛いだろう、苦しいだろう、怖いだろう。
脱力し切った手足が、事の悲痛さを物語っている。
なのにシズクは、あのクソオークの望みに応えないよう、きっと恐怖を押し殺し、我慢している。
「今、助ける」
目視できる限り、シズクは四肢が折られて、逃げようにも逃げれないはず。
となると隙をついてオークの手からシズクを逃してそのまま里まで走る時間を稼ぐのは無意味だな。
となればオレがシズクを担いで逃げるしかない。
ただ、相手は5体。
隙をついたとしても、易々と逃してはくれないだろう。オレまで捕まって殺されるのがオチだ。
あーもうめんどくせぇ! 片っ端から討伐する。それしかない。
オレの装備は木剣と布。
初期も初期の装備だが、なんとかするしかないな。
そう決意を固め、まずはシズクを捕まえているオークの頭に狙いを定めた時――
「――うちの娘にモンスターごときが……気安く触れるなぁ!」
オレが動き切る前に、横を凄まじい勢いでパパさんが通過する。
「パパさん!?」
「ミオちゃん! シズクはパパが助けるから逃げなさい!」
そう告げるパパさんの手には、鋭く研がれた剣が握られている。
「あぁん? 人間かぁ? んだよ、男かよ」
「うちの娘を! 放せ!」
「目障りだなオスの人間は」
パパさんは集団の中へ切り込むが、オークどもは動じる事なく、1匹が足を蹴り上げる。
「がはぁ――っ!」
決死の突進は虚しく、オークたちは赤子の手をひねるようにパパさんを蹴り飛ばす。
「パパさん!」
オレの足元付近まで飛ばされるパパさんに思わず駆け寄るものの、それはオークたちに不意打ちをする機会を失う行動だったと気付く。
「なんだ、メスもいるじゃねぇか」
「人間の女はやっぱりこれくらい色気が無いとなぁ!」
「ぐへへ、これは唆るぜぇ」
下卑た笑みを浮かべながらオークたちはジリジリとオレの方へと近付いてくる。
「クソどもが……! まずはシズクを離せ!」
「ミオちゃん逃げなさい……危ないから……!」
確実にパバさんは呼吸器官が壊されているであろう、苦しそうに言葉を吐いているのに、まだオレを気遣っている。
「ぐへぇ、逃がすわけねぇ」
「おいブタ、3回目は言わないぞ? シズクを離せ」
「この小娘か?」
挑発するように、ムカつく表情を浮かべてシズクをプラプラと揺らすオークは、オレとパパさんを交互に見比べる。
「この小娘がよっぽど大事らしいな」
ふん、と鼻息を吐くオークは言う。
「女、選択肢は2つだ。この小娘の死か、お前が俺達に犯され死んでいくかだ」
「実質1択じゃねぇか」
下衆は大体交換条件を出したがるんだ。
自分が優位に立ってるからって図に乗りやがって。
「ミオちゃん駄目だ! 逃げな……さい……!」
安心しろパパさん、シズクは絶対こんなところで死なせはしない。
オレがなんとかする。
策としてはオレがオークの相手をしてる間にパパさんとシズクが里に帰らせる。
こんなクズモンスターに体を弄られるのは不愉快だが、多少の犠牲は仕方ない。初めてってやっぱ痛いのかな。
不愉快な記憶は残るだろうが、そこは記憶飛ぶまで頭殴れば解決だ。
「シズクは逃がせ。オレが相手する」
「ミオンお姉さん……逃げて……ください……」
「いいや、逃げるのはシズクだ。若いんだからこれからいっぱい楽しいことしないといけない」
残る力を振り絞って、シズクはオレに逃げろという。
この親子は全く、どこまで優しいんだよ。
「こんなところで死ぬには若すぎるだろシズクは。オレは大丈夫だから」
木剣を投げ捨て、俺はオークへとゆっくり歩いていく。
「根性のあるメスだ、こいつはどうしても助けたいんだな」
何がおかしいのか、オークは高笑いする。
「そうかそうかぁ、じゃあ。こいつが目の前で死ねば。いい顔をしてくれそうだな」
「は……?」
嫌な予感。
そういうのが的確な表現だと思う。
背筋が凍る。咄嗟にオレは歩みを早める。
だが――
「――シズク!!」
それはまるで赤子が無邪気にトマトを握り潰すかのように容易く、オークはシズクを大きな手で握りつぶした。
オークの手から弾け、こぼれ落ちる鮮血を浴びながら、目の前に落とされる小さく握りつぶされたシズクの亡骸。
「あ……おい、シズ……ク? おい! シズク!」
「シズちゃん……」
それはほんの一瞬の出来事だった。
一瞬であいつらオークは、1人の少女の未来を握りつぶした。
「医者! はやく医者に診せねぇと!」
「おい女、いい顔するじゃねぇかぁ。その取り乱し方もそそるねぇ」
オレとの距離を詰める1匹のオークは、なんの躊躇もなくシズクの亡骸を踏みつける。
目の前に見えるのは、無駄にでかいオークの足。
罪悪感を一切感じていないらしく、ヘラヘラと笑ってやがる。
その不愉快な笑い声が鼓膜で振動するたび、オレの血流がドクドクと素早く流れていくのが分かる。
「足どけろよ」
「あ? どけて欲しいなら相応の頼み方があるだろが!」
何が気に障ったのかオークは急に声を荒げ、オレに一撃蹴りを加える。
腹部に響く衝撃のせいで、オレの軽い肉体は易々と浮いて飛ばされる。
「……もういい。お前らはオレが一切の情け容赦なく殺す」
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