26発目 出会い

 オレは確実にこいつを殺す。

 飛ばされた場所には、パパさんが持っていた剣が刺さっている。


 ちょうどいい。こいつがあれば確実に殺れる。

 今のオレなら素手で仕留める自信だってある。だが、確実に仕留めるなら、剣があるとありがたい。


「キレてんのかよぉ、そんななまくら1本でオレらを討伐する気か?」

「ぎゃはは! やめとけよ、そこの小娘の残骸みたいになるだけだ」

「まぁお前は存分に楽しんでから殺すから安心しろよ」


 不愉快な言葉と笑い声が鼓膜に届くたび、オレの呼吸は浅くなっていく。

 シズクを目の前で殺された怒りからか? それとも、助けられなかった自分の不甲斐なさからか?


 どちらにせよ、オレは最悪なストーリーを進んでしまっているのは間違いない。

 どこで分岐を間違えた? そもそも分岐点はどこだった?


 考えれば考えるほど、息がしづらくなり、血流はドクドクと素早く激っていく。


「遺言はそれでいいな?」


 そこからオレの意識はない。

 ただ気づいた時には、オレの足元にオークどもが血に塗れ横たわっていた。


「これ……オレが……?」


 手元を見れば、剣先はボロボロに刃こぼれし、持ち手やオレの腕は血に染まりベトベトとしている。


「パパさん、大丈夫か……?」

「うん、パパは平気だけど……シズちゃんが……」


 オークを倒してもシズクが元気な姿を見せてくれる訳では無い。

 放心状態のパパさんがなんとか立てるように、疲弊した肉体に鞭打って、肩を貸す。


「ぐ……油断したなぁ!? 女ぁ!」


 な……!? まだ生きてやがったのかよ。

 全部息の根を止めたはず。だが、たしかに、オレは背後を取られている。


 完全に不意を突かれた。


 体制を立て直そうにも、パパさんに方を貸している状態じゃうまく攻撃を避けれない。


 こうして超高速で考えてるうちにも、オークの拳はみるみる迫ってくる。


 ここは捨て身で挑むか? そう考えたとき――


「――ハァッ!」


 威勢の良い声とともに斬撃がオレの前を通過し、その瞬間オークの腕は地面へと落ちていた。


「お姉さん怪我は!? ……いっぱいしてるね」


 オレの前には、鎧を身にまとった1人の女が凛と立っている。

 なんだこいつ。華奢なのにオークを一撃……?


「……助かった」


 一言礼を言い、オレはシズクのもとへ行く。


 握りつぶされ、踏み潰され、原型はもうない。


「シズク、辛かったよな。怖かっただろ? 助けてやれなくて、ごめん」


 破り捨てられた衣服の切れ端をできるだけ拾い集め、ママさんへちゃんと説明する。


 ただの切れ端。でもどんな些細なものでも、シズクが生きた証を残したい。


 ママさんだって、娘が死にました、何も残ってませんじゃ納得いかないだろ。


「ちょっとちょっと! その体でどこいく気!?」

「どこって、シズクを家に帰すんだよ」

「……その子、オークの被害に遭っちゃったんだね」


 全くの他人なのに、悲しそうにするこの女は、心なしかポニーテールまでもしなっと落ち込んでいるように思える。


「ごめんね、私がもっと早く来れてれば……いや、たらればは良くないね。今はこの子を帰してあげよう、手伝うよ」


 言うと女はパパさんを担ぎながら、ライラと名乗った。


「オレはミオン・シドーだ、あんたお人好しだな……」


 立派な鎧から、おそらくこいつは騎士の類なんだろうか。

 人を護ろうとする気概なども感じられる。


   

 ***


   

「……そう。シズクが」

「ママさん……悪い。助けられなかった。パパさんも重症だし」


 涙を堪えながら言葉を吐くママさんは、オレを優しく包み込むように抱きしめる。


「そんなにボロボロになって……ありがとう、シズクのために頑張ってくれたんだね」

「いや……」


 明らかに力不足だった。実際ライラが来てなかったら確実にオレもパパさんも死んでた。

 異世界に来たってのに、特に無双することもなく世話になった人すら守れない。なんて情けないんだ。


 いたたまれなくなったオレは、家の外に出て、ドア前の小さな階段へ腰掛ける。


「もうここでの暮らしは終いだな……」

「へぇ? どこかいくの?」


 ふとこぼした言葉に、後ろから返答する人物が現れた。


「落ち込んでたから心配で様子見に来ちゃった」

「お人好し」

「なんだか君は放っておけなくてさ」


 ポスンとオレの横に座るライラは、長年寄り添った相棒のような雰囲気で、オレの心へ染み込むように距離を詰めてくる。


「これからどうするの?」

「ここを出て死場所を探す。彼女残して死んで、転生したのに親切にしてくれた少女1人救えなかった。もう生きてく資格がねぇよ」


 ……転生っつっても伝わりゃしねぇか。なのに何言ってんだろオレは。


「え、ミオンも転生者!?」


 ……ん?


「日本人? だから親近感あるのかなあ。どことなく安心感あるし絶対日本人だよね!」

「"も"って、つまりそういうこと?」

「私は日本生まれ日本育ち異世界転生! 死んで気付いたら騎士になってたんだぁ」


 騎士に転生したのかこいつ。勝ち組の主人公じゃねぇか。


「というかミオン! 死ぬのは良くないよ! 転生したらなら死を経験してるんだろうけど、辛いでしょ?」

「死ぬのは辛い、けどオレはシズクを殺したも同然なんだよ。だったら償いはオレも死ぬことだろ」


 命を軽視をしたくはない。だが、無念にも幼くして命を終わらせたシズクへの償いは、オレ自身も死んで寂しい思いをさせないことしかないと思う。


「バカだなぁ、きっとシズクって子はミオンに死んでほしくないと思ってるよ。気づいてるんでしょ?」

「……分かんねぇよそんなこと。もうオレはどうしていいか分かんねぇんだよ」


 唯我とは逸れるし、彼女は日本に残したままだし、オレは雑魚いし、全てが不遇に思えて、無力で、もう絶望しか目の前に広がっていない。


「弱ってるなぁ……えい!」


 何を思ったのか、ライラはオレの頭を自身の胸に引き付けるように抱きしめるが、どうやら鎧をつけていることを忘れているらしい。


 ガシャリと音を鳴らしてオレの脳を揺らす鎧のヒンヤリとした感触が、なぜかオレの漠然とした不安や葛藤を冷ましていく気がする。 


「今はさ、辛いよね。何していいか分かんないよね」

「うん……まじで分かんねぇ」


 そっと背中に回される手が、オレに安心感を与えてくれる。


「辛くてどうしようも無いときは、ただ前へまっすぐ進むしか無いよ。後ろばっか見てちゃダメだ!」


 言って優しくオレの頭を不器用ながら優しく撫でるライラ。


 余裕あるお姉さんぶってるのにそこは不器用なのかよ。


 自然と笑みが滲み出たかもしれない。


「ダメだな、ネガティブは。らしくねぇわ」

「うんうん! らしくないよ!」

「いやオレの本質知らねぇだろライラ」

「あ、そうだね」


 どこか居心地がいい。そう感じてしまった。

 シズク、オレはこうして笑っててもいいのかな。


 いや、シズクはそんなこと気にしねぇか。


「ねぇミオン、騎士団に入らない? 私の部隊に来なよ」

「無理だろ、オレは弱いから」


 オレはライラと違って強さを持たないモブとしてこの世界に来ている。


 あんな強さを間近で見せられて、肩を並べて戦える自信はない。


「いやいや! 強いでしょ! 私が来る前にオーク片付けてたじゃん」

「あれはたまたまだし結局死にかけただろ、ライラが来てなかったら死んでた」

「全く、一度ネガったらとことん卑屈だなぁ」


 ライラはフフフと微笑むと、オレの頬にそっと手を触れる。


「十分強いんだから自身持って! それに入団してからもどんどん強くなれるように鍛えればいいし! 入ろう! 騎士団に! はい! ろ! う!」


 強い強い、圧が強い。


「え、入ってくれるって? ありがとう! 一応入団テストあるからレイグレット行こう!」

「気が向いたらね」


 その日はテキトーにあしらってた。


 でも、結局入っちまったな……。

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