27発目 賭け事は良くないよ

 ***


   

「――あれ? 寝てた?」

「おはよ、30分くらいだけど寝てたよ。私の膝の上で幸せそーに」

「……通りで肉厚が――」


 言い切る前に頬が激しくつねられる。


「で、よく寝れた? 頭ちゃんとスッキリした?」

「へい、おかげさまで」


 ヒリヒリする頬をさすりながら、ライラの膝枕に別れを告げ起き上がると同時に、オレの頭部は強引に抱き寄せられ柔らかい感触に包まれる。


「今日も頑張ったね、偉いよ」

「はは、ライラにはまじで敵わねぇよ」

「さ、今日は2人で夜更かししてお疲れ様会でもしよ?」


 オレの顔を覗き込み、きゃるんと上目遣いでおねだりするかのようにしているが、拒否権なんてものは存在しない。


「なんか作るわ……」


 ライラには今日に限らずいつも世話になってるし、これくらいはしてやらねぇとな。

 ライラと色違いで持ってるエプロンを身につけて、料理をすべく冷蔵庫へと向かう。


 さて、何を作ろうかな。


   

 ***


   

〈ソロサイド〉

   

「ミオンとお姉様がイチャイチャしている波動を感じた」

「それな! 今ごろあーしらのことなんてすっかり忘れてイチャイチャしてるに決まってるし!」

「ほっほ、2人とも仕上がってるのぉ」


 ミオンたちと解散してから、俺と地雷女は、師匠に見守られながら随分と空き缶を積み上げていく。


 今日起こった大分重めな出来事さえも忘れる勢いでアルコールを体内に注いでいる。


 ミオン、大丈夫だろうか。という心配より、恐らくイチャついてるんだろなって予感の憎悪が上回る。我ながらクズだ。


「コブタちゃん! はやくあの女口説き落としなよ!」

「いや、そんな度胸と自信あったらここでお前と酔ってねぇよ!」


 お互い呂律が少し回りづらくなっているが、絡むときは饒舌に戻る。


「そう言う地雷女こそ、はやくミオンのこと口説き落せよ!」

「は? 簡単にできたらすぐにでもしてるっつうの!」


 軽く俺に拳を当てる地雷女の目には涙が滲んでいる。


「おねーさまぁ! あーしだけ見てよぉ!!」


 怒ったり泣いたり、地雷女は色々と騒がしい。


「お主ら、明日も仕事があるじゃろ。今日はこのあたりでお開きにせんか」

「えー、飲み足りないよおじいちゃん!」

「そうそう! 今ごろミオンたちがイチャついてるのを想像したら飲まずにはやってらんね!」


 地雷女が駄々をこねてるし、俺も駄々をこねとくか。


「そうは言っても、お主らを飲ませすぎるとまたワシが怒られかねんからのぉ」


 困ったように眉を下げる師匠は、小さくつぶやく。


「げ、それは反則じゃ……ん」

「あれ……急に酔いが……」


 やられた。

 師匠が小さくつぶやいたのは、恐らく魔法だな。眠らせる系統か?


 犯罪を助長しかねない魔法だなこれ。

 そんな事を考えていると、ぐわんぐわんと視界が回って気づけば師匠の顔すら正確に捉えれなくなっていった――

   

「――と、言うことで今日からママも第1部隊の仲間になりましたー!」

「ママ……?」


 にっこにこの笑顔でお姉様は、横に立つ女性をママだと紹介する。


 ママ。それは自身を産み育てたお母様のことだろうか。

 つまり未来の義理の母……ってコト!?


「ママは元々騎士団の医療部隊に所属してた伝説だ。コレからは安心して死にかけていい」

「ま!? 心強すぎ!」


 ……いや待て。


 安心して死にかけるなんて物騒なワードの前に、ミオンもママって言ったか?

 なぜスルー出来るんだ地雷女。心強すぎ! じゃねーよ。


 紹介されたのがお姉様のお母様で、ミオンもママと呼ぶ。

 それってつまり義理の母ってコト!? 結婚したって……コト!? どういうコト!?


 酔って気付けばママを紹介され、それはつまり2人の入籍報告ってことでいいのか? 俺の脳みそはとっくの昔に思考を放棄している。


「ごけ……ご……ごけっ……こん」

「……急にどうしたソロ」


 ダメだ、今は2人を祝え。

 急激な入籍報告で驚くが、2人の幸せを祝えずして何が友だち、何が仲間だ。


「ソロくんは面白い子ですねぇ。ミオンちゃんから聞いてますよぉ」

「へ? どうして俺の名前……」


 ふふと妖艶に笑みを浮かべると、「みんなのことはミオンちゃんから教えてもらいましたぁ」なんてゆるふわに述べる。


 何だこのマイナスイオンが出てそうなほど癒やしを運ぶ雰囲気は。


「今日からお世話になります、ミア•サテライトですぅ。ママって呼んでねぇ」

「へ? どゆこと」


 お姉様のお母様をこれからママって呼ぶの? つまり結婚?


「この人は騎士団の伝説的な人で、昨日戦死した団員のお母様だ」

「まじかよ!?」


 は? なにをどうしたら故人の母親を仲間にするなんて選択肢が出てくるんだよ。


「マジ!? あーし信じらんない……」


 ほら見ろ、地雷女も動揺してんぞ。


「あの伝説のヴィーナスが仲間に!? すごすぎ! もう怪我の心配ないじゃん!」


 あ、驚きじゃなくて感動なのね。

 どうやらこの場で、遺族を仲間に入れたことに驚いているのは俺だけのようだ。


「あら、ママったら随分と周知されてるのねぇ」

「残した功績がすごいからなママは」


 澄ました顔でママと言ってるミオン。

 あいつこういうの恥ずかしがりそうなのにな。


「さ、挨拶も済んだことだし! 拠点に行こっか。新しい任務入ってるか確認しにいかないと」

「そうだな」


 拠点に行かない日もあるが、基本的に隊長と副隊長は行ったほうがいいらしい。

 そもそも騎士団のメンバーは拠点の敷地内の寮に住むのが決められていて毎朝いるはずなんだけどな。


 お姉様とミオンは物価の高いところに同棲してるからわざわざいく必要がある。


 ま、俺も経過観察やら修行やらで師匠のところに住んでてイレギュラーだけどな。


「ソロ、一応雑用が入ったことは周知してるけど喧嘩っ早いバカがいるから絡まれないように気をつけろよ」

「なんそれこわ」


 拠点に始めていくし、他のメンバーとも初めて会う。

 なのに事前情報が喧嘩っ早いバカがいるってなんだよ、怖すぎんだろ。


 喧嘩っ早いだけならまだしもバカなんて手に負えねぇよ。


「コブタちゃん、絡まれても泣いちゃだめだよ、第1部隊の沽券に関わる」

「うるせ! 泣くわけねぇだろ」


 俺をからかう地雷女に悪乗りしてミオンは「泣く方に今日の晩飯代掛ける」なんて笑ってる。


「じゃああーしも!」

「おいお前らなぁ!」

「こらミオンにユリリちゃん! 賭け事は良くないよ」


 反論しようとしたところ、お姉様がすかさず2人を叱咤した。


「異世界に転生した時点で人生自体賭けみたいなもんだろ、楽しもうぜ」

「おねーさまの言うとおり! スリリングを楽しむしかないっしょ!」


 ぶーぶーと屁理屈を並べまくる2人は、お姉様の表情の変化に気付いていない。


 普段温和なお姉様だが、圧がすごいときもある。


「2人とも、楽しいことも大事だけど程々にね」

「「……はい」」


 圧を感じ取ったミオンと地雷女は、これ以上の反論は危険だと察知しておとなしくすることにしたようだ。

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