22発目 医療部隊

 ***


   

<ミオンサイド>

   

「ミオン、無理はダメ絶対! 分かった?」

「分かってるって、ざっと確認したところモンスターの気配がないんだ。軽く見回ったら寄り道して帰る」


 ソロ達を見送った後、ライラが俺に釘を刺してから拠点へと戻っていく。


 コアサーチで周辺をザッと確認したが、モンスターの気配を一切感じない。

 森に徘徊してたブラッドジャガーもいなくなっている、あれもネクロマンサーの仕業だったと考えるのが妥当だな。


 布で包まれた団員の頭部を落とさないように慎重に持ち、俺は拠点方面に向きながら周囲を歩いていく。


 常にコアサーチを発動させるものの、魔力切れを起こさないように薄く魔力を巡らせる。


「もう少し付き合ってくれな」


 こんな場所からはすぐに帰してやりたいが、次の犠牲者が出る可能性を極限まで減らせるようにここは心を鬼にして捜査を優先させる。


 返事が返ってくるわけでもないのに、オレは気づけば団員に話しかけながら歩いていた。

 モンスターが1匹もいない状況を看過すれば、特に周辺に問題はない。


「もう帰るか」


 無理はするなと言われてるし、日もそろそろ沈む。

 夕食の支度もあるだろうし、今くらいが迷惑のかからない時間だろう。


 オレは、森を抜けたタイミングで礼服へとクローゼで着替え、この国レイグレットを構築する街の1つへ向かった――

   

「――お忙しい時間帯に申し訳ございません。アンビジョン騎士団、第1部隊副隊長――ミオン・シドーです」


 騎士団の拠点とじいさんの家がある街から少し離れた街。

 そこの大通りに、オレが殺した団員の実家が建っている。


 木製のドアをノックしてから、少し声を張って名乗りをあげる。


 数秒の沈黙の後、トタトタと足音が向かってきているのを感じた。

 ドアが開き、出てきたのは小柄な女性。


「あらぁ娘がいつもお世話になってますぅ、どうぞあがってください」

「……失礼します」


 団員の母は、不思議そうにオレが手に持つ団員の首に目をやると、ぼんやりとした表情が引き締まる。

 今からオレはこの人に真実を伝え、辛い思いをさせてしまう。


 団員の母は、ゆっくりと息を吸うと、オレをテーブルへと案内した。


「この度は急なご訪問、申し訳ございません。ただ早急にお伝えするべきと判断し、訪ねさせていただきました」

「いえ、わざわざご足労いただきありがとうございますぅ。あなたのお話は娘から手紙で聞いてますよぉ。なんでも入団してすぐ活躍なさってるすごい方だと」


 差し出されたお茶から立ち昇る湯気を見ながら、どう切り出すべきか選択を迫られる。


「娘は部隊が違ったそうですけど、あなたに憧れてたみたいですぅ」

「そう……ですか。とても光栄です」


 気まずい空気が流れる。


「娘の最期、しっかり騎士団として役目を果たせましたでしょうか……」

「……っ!」


 団員の母は静寂を破り、オレが切り出すべき話題を切り出す。


「お気づきだったんですね……」

「ええ、こう見えても女の勘は冴えてるんですよぉ」

「本来はワタクシからお伝えするべき内容にも関わらず、お母様に切り出させてしまい申し訳ございません」


 今のオレには、深く頭を下げることしかできない。


「娘さんは立派に悪意を持った敵と戦ってくれました」


 そうですかと頷く団員の母は、オレの言葉を真摯に受け止めている。


「ですが敗れ、訳あってワタクシが手を下しました」


 訳を話す必要はない。変に心配や不安をかけるより、ヘイトをオレに集める方が団員の母の負担を減らせるんじゃないだろうか。


「大切な娘さんの命を奪った罪は必ず、何年かかってでも償います」


 誠心誠意、オレは心からの決意を口にする。

 罵声を浴びせられ、ボコられることさえ覚悟する。

 されても文句は言えないことをした。当然だ。


「……なるほど。相手はネクロマンサーだったんですねぇ」

「え?」


 団員を包む布を外し、自身の娘をじっくりと観察する団員の母は、冷静にそう呟いた。


「首を切断してくれたんですねぇ、正しい判断ですよぉ。さすが第1部隊の副隊長さんですねぇ」


 ……? 理解が追いつかないが、至って冷静そのもの。

 娘を殺した張本人を目の前にした人物だとは到底思えない。


「頭を潰すと身元がわからなくなりますし、何より見てられませんからねぇ。痛々しくて」

「えっと……?」

「現役時代にねぇ、たまにネクロマンサーにやられたご遺体を診てたのよぉ」


 現役時代? この人は一体何者なんだ?


「あらぁ自己紹介が遅れたわねぇ」


 あらあらと慌てる団員の母は、オレの目を見て名を名乗る。


「元アンビジョン騎士団、医療部隊隊長――ミア・サテライトですぅ」

「記録で見たことあります……モンスターが撒いた原因不明の疫病の抗体を作ったヴィーナスって」

「あらやだぁ、過去の話よぉ」


 オレが騎士団に入る結構前の記録で、少なくとも10年以上は前の話だったはずだ目の前で名乗る人物はオレやライラと同い年と言われても違和感を覚えない。

 まじで何者だ?


「ありがとうねぇミオンちゃん。娘もきっと、憧れの人に楽にしてもらって喜んでると思うわよぉ」

「そうでしょうか……彼女の未来を潰したのはオレです。恨まれはすれど、喜ばれるとは到底……」

「やだわぁ、うちの娘は楽観的だから恨むなんてないわよぉ。だから、償うなんて言わずにさ、たまにあの子のことを思い出してあげて。その方が喜ぶわよぉ」


 やんわりとした雰囲気で放たれる言葉は、オレの固めた決意をじんわりと溶かすように、ゆっくりと沁みていく。


「お母様がそうおっしゃるのなら……ですが、ネクロマンサーには必ずけじめをつけさせます」

「そうねぇ、それに関してはママも手伝うわよ」


 ニコッと微笑む安心感の中に静かに燃えるネクロマンサーへの敵意は、さすがヴィーナスと言わざるをえない。


「これ以上、娘みたいな犠牲者を出さないためにも、ミオンちゃんたち騎士団のみんなには頑張ってもらわないと。ママがどんな負傷も治してあげるわねぇ」

「いいんですか? ミアさん」

「ママって呼んでいいんですよぉ。旦那にも娘にも先立たれて、1人は寂しいのよぉ」


 うふふと微笑む姿を見て、オレは不思議と緊張が解ける。


「ミアさん」

「ママですよぉ。ミオンちゃんみたいな真面目な子は甘やかしたくなりますねぇ」

「……ママ。騎士団の寮使いますか? 手配しますよ」

「あらいいのぉ? 嬉しいわぁ」


 帰りに団員の葬儀の手配と、ママの入寮手続き済ませるか。


「入寮の手続きを済ませたら明日にでも迎えを来させます」

「ありがとうねぇ。ママもまた現役で頑張るわねぇ」


 ヒラヒラとママはオレに手を振り見送ってくれる。


「ではオレはこれで失礼します」

「はぁい、またねぇ」

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