19発目 不穏

 ***


   

〈ソロサイド〉

   

「こんなところに突如建造物が現れたって本当なのか? にわかに信じられないんだけど」

「異世界なんてそんなもんだぞ」


 大きな木々が数十本も不規則に集合する不気味な森。

 ここに、突如として建造物が現れたと匿名で連絡が入ったらしい。


 ミオンやお姉様が実際目にした訳ではなく、どこかの誰かからの報告のため、本当に建物が立っているかなんてのは分からない。


 が、異世界とはそう言うものらしい。


「そうそう、コブタちゃんはずっとモンスターの群れにいたから知識不足かぁ」

「やめろ、思いだして辛くなるだろが」


 物資を荷車で運ぶ俺のすぐ横でダラダラと歩く地雷女は、ブスブスと俺のトラウマを鋭利な言葉で突いてくる。


「お前も1回モンスターと共存してみ? 地獄だから」

「は? 嫌に決まってっし。あーしは、おねーさまとしか共存したくないの!」

「うわぁ、社会不適合……」

「もっぺん言ってみろ、潰すぞコブタちゃん」


 ミオンとは雲泥の差ほど態度に違いがある地雷女は、俺に対しては特に当たりが強い。


 まじでおっかねぇ。


「こらこら2人とも、任務中に喧嘩はやめてね」


 お姉様は、今にもバチバチにやり合いそうな俺たち2人を、前方から注意する。


「はいお姉様!」

「はーい」


 1人先陣を切って警戒するミオンは、俺たちに構う暇がないと言わんばかりにスルーしている。


「あいつ、やるってなったらそれしか見えなくなる癖は治らねぇのな」

「それもおねーさまのいいとこ♡」


 恋は盲目。


 俺は身を滅ぼしそうで怖いけどな、あの癖は。


「ライラ、そっち1体逃げた!」

「任せて!」


 この森を拠点としているであろうモンスターは、俺たちを見つければ確実に仕留めようと襲撃してくる。

 だが、ミオンとお姉様の戦力は規格外。


 圧倒的な戦力差で、暴力的な数のモンスターを駆逐していく。


 最初は挑んでくるモンスターばかりだったが、今では逃げを優先するモンスターすらいる。

 剣を持っているにも関わらず、ミオンは鎧を鳴らしながらそこらじゅうで蹴り散らかす。


「物資があるだけで安心感あっていいねぇ」


 煌びやかな笑みを浮かべながらモンスターを切り付けるお姉様の姿に、元モンスターとして、大変恐怖を覚える。


「お姉様の安心のため、俺頑張って物資を運びます!」

「調子のんな、あーしがいないとすぐやられてるから!」

「そ、そりゃだって……素人なんだから多めにみろよ!」


 悪態をつきながらも、ミオンたちをすり抜け俺を襲おうとするモンスターを警棒で叩きのめす。

 地雷女も強い、あの2人には及ばないようだが。


「ライラ、気づいてるか?」

「うん、おかしいよね」


 俺と地雷女を背に、モンスターと対峙するミオンとお姉様。

 2人だけの世界を作りながら何かわかり合っている雰囲気。少しジェラシー。


「あの2人のいい雰囲気見たくない!」

「同じくだわ」


 俺の横にいる地雷女と意見があった。


「で。何がおかしいんだ? 俺にはさっぱりなんだけど」

「コブタちゃんは無知だなぁ。おねーさまたちがおかしいと感じているのは、モンスターの行動」

「ユリリちゃんの言うとおり、このモンスターの行動がおかしいんだよね」


 この森にウジャウジャといるモンスター、四足歩行で獣の類だと思う。

 毛羽立つ表皮に、赤黒く輝く眼光。息をするたびに獰猛な牙が垣間見え、涎も垂れていかにもな感じ。


「知性があんだよ、低級獣の類のくせに」

「それなにかおかしいのか?」


 どうやら俺以外のみんなは状況の違和感を警戒している。


「従来のブラッドジャガーは目の前に立ちはだかる獲物を襲う」

「ブラッドジャガーってそのモンスターか?」


 血を浴びたように無造作な赤のマダラ模様のモンスターの名前は、ブラッドジャガーと言うらしい。

 こういうのって誰が名付けてるだろ。


「なのにこいつらはオレじゃなくてお前を襲っている。物資を運搬するお前をな」

「……! そう言うことか! 確かにおかしいな」


 そう話す間も、数匹のブラッドジャガーは俺の元に襲いかかり、地雷女によって地面へ倒れ込む。


 そうか、そう言うことか。

 敵がいるならまずは物資を断てばいい。知性があるならそう考える。


 だが、従来は知性がないモンスターがそんな行動をとるか?

 いや、とらない。


「こいつらを操るやつがいる。そういうことだな? ミオン」

「ああ。オレはそう睨んでる」


 なら誰が操ってるんだ?


「とにかく今はここで時間を食うのは相手の思うツボだろうな」

「だね、どうする?」


 お姉様は、ブラッドジャガーを斬りつけながらミオンの指示を待っている。

 本来なら隊長のお姉様が指揮する場面だと思うけど、これはミオンが言い出したことだから律儀に任せてるんだろうか。

 というよりはミオンに絶対の信頼を置いている。そんな気がする。 


「突っ切る」

「だよねえ……」

「さすがおねーさま!」

「はは、言うと思った」


 指示を待っていたが、この場にいる全員が回答を予知していたと思う。

 そもそもが少数精鋭で乗り込んだんだ、突っ切るしか選択肢ないよな。


「道を作るから、一気に進むぞ。物資の運搬は少し骨が折れるだろうが」

「分かってる、任せとけって!」


 ジャキっと鎧を鳴らして剣を構えるミオンとお姉様の背中を見ながら俺は、荷車のハンドルを強く握りしめて足に力を入れる。

 いつでも加速する準備は出来てる。


「地雷女。なんかやばそうな雰囲気だけど、何が始まるんだ?」

「人間離れした戦闘が見れるよコブタちゃん」


 地雷女が首でクイっと「あっちを見ろ」と指示された通りに俺はしっかりと目にミオンたちを捉える。


「合わせてくれ」

「もちろん!」


 2人は背中を合わせ、ミオンは剣の鞘を右手に持ち変え、左手で持ち手を掴む。

 ……あいつの利き手は右のはずだが、ハンデでも与えるのか?


「それじゃ」

「うん、抜刀!」


 左手で鞘を持ち、右手で持ち手を握るお姉様の掛け声と共に、2人は同時に剣を素早く抜き取りそのまま前方を斬るように振り上げた。


 2人の足元付近から斬撃は始まり、2本の線を描くようにそれぞれの斬撃が遠くまで吹き飛ぶ。


「……えぐ」


 斬撃が描いた直線は強風を誘い、近くにいたブラッドジャガーを弾き飛ばす。

 そして。


「おー、流石おねーさまたち! 目的の建造物も見つけちゃった!」

「バケモンじゃねぇかあの2人」


 いわゆる居合で、モンスターはおろか、木々まで弾き飛ばしちゃったよこの人たち。

 顔は可愛いのにおっかなすぎるわ。


「いつ次が来るか分からないから、急いで走るよ!」

「ソロ、遅れんなよ」

「おう!」


 斬撃の直線2本がまるで道のように俺たちの行先を示している。

 その道をまっすぐ走り、俺たちは目の前に聳え立つ廃墟のような建造物を目の当たりにした。


「……廃墟、だな」

「まぁ、急に出てきた建造物なんてこんなもんだな」


 言いながら剣を床に突き刺して何かぶつぶつと言い始めるミオン。


「大地に眠る偉大なる記憶。今ここに解き明かす天命、刻まれた鼓動を示せ」

「ミオン何して――」

「コブタちゃん、黙ってみてな」


 ミオンから溢れる、気迫。

 普段なら、元いた世界なら見えないはずの気迫が、今この場で視覚情報として捉えれている。


 そんな気迫、というよりオーラは、地面を伝って廃墟をみるみる覆っていく。


「――コアサーチ」


 上へ上へと昇っていたオーラは、廃墟の真上で魔法陣へと姿を変えて眩しく輝く。


「まぶしっ!」

「生体反応なし、人は居たようだけどな」


 そう冷静に呟き躊躇せず廃墟へと踏み入るミオンの後ろを、お姉様がついていく。


「……状況に追いつけねぇ」

「あれはおねーさまの魔法。道の場所へ踏み込む時に活躍する」


 ミオンが何をしていたのか、地雷女は雑にではあるが説明をくれる。


「もしかしてあれが詠唱ってやつか?」

「そ。おねーさまは身体強化の魔法は無詠唱で使えるけど、それ以外は詠唱いるからね。ライラさんと違って」

「へー、お姉様はよほど優秀なんね」

「まぁ、そうね」


 自分の推しが誰かより劣るのが悔しいのだろうか。肯定する地雷女はむすっと頬を膨らませている。


 この膨れっ面腹立つな。なんて思っていたら、あまり心地の良くない光景が目の前に広がっている。


「おいこれって」


 廃墟の奥まで進み、ボロボロの一室の中央に、ポツンと佇む亡骸。

 鎧を纏ったその亡骸からは、苦痛に歪んだ様が見て取れる。


「うちの団員だ」

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