3発目 スーツとポテトと

 ここから俺の地獄がはじまった。


 毎日オークを討伐しにきた人間の後処理。女騎士はもれなくオークの餌食となっていた。


 俺のメンタルももう限界だ。女騎士を凌辱しない俺を迫害するオークたちの嫌がらせも悪化してきている。


 嫌がらせというよりもただのリンチだな。


「もう転生して14回はこの地で朝日を見たぞ……」

「おい新入り! お前もそろそろ女騎士を殺してみたらどうなんだ! この役立たずが!」

「俺、殺しはしない主義なんだ」


 たとえモンスターになったとしても、絶対に人は殺めない。心までモンスターになったら、澪に合わせる顔がないからな。


「誰に向かった口聞いてるか分かってるのか新入り? もう少しその肉体をいじめる必要があるか? あ?」

「女性を道具扱いしか出来ない無能どもに屈すると思うなよ! 女性はなぁ! 優しくて、ふわふわしてて、いい匂いで、最高の種族なんだぞ!」

「……それは流石に夢を見過ぎだろ!」


 俺のプレゼンは虚しくも否定され、醜い巨体から鋭い拳が振り下ろされる。痛いのやだなぁ……。


「――ッ! グハァッ!!??」

「なにが起こった!?」


 俺にたどり着くはずだったオークの拳は今、俺の背後に単体で転がっている。

 目の前では、腕を押さえるオークが悲痛の叫びを上げている。


「ブタどもが仲間割れしてると思えば……」


 ゆっくりと冷えつくような声が聞こえる方へ俺とオークが視線を送ると、錆びついた剣を構える女がいた。


 オークを討伐しにきた女騎士か? にしては装備がボロいし、服装だってシャツにところどころ破れたローブだけ。


 鎧などをつけている様子は伺えない。

 見たところ放浪者か? たまに来るんだ放浪者。自身の力を過信し、単身でオークの群れに突撃してくる。


 この人もその類だろうか。


「お前、オークに転生してたのかよ唯我」

「へ?」

「マジウケるな、オークに転生してオークにボコられるとかどんだけだよ」


 ヘラヘラとした態度に、平気で人の心を切り刻むような物言い。

 こんな態度で俺に絡む存在は、ただ1人しか知らない。


「澪……なのか? お前、マジで……?」

「話は後だ、全員殺す」


 気付けば、あたりはすでに荒野を拠点にするオークたちで囲まれている。


「おい人間、俺たちを殺すだって? 寝言は寝ていうもんだ。20ものオークたちをどう捌くつもりだ?」


 オークからすれば相手は、小柄な人間の女。あいつが170センチを超えていても、オークからすれば小さいし、何より細身だ。折られるぞ。


 武器も錆び付いて刃こぼれのした剣のみ。

 高そうな装備を持った女騎士の集団すら蹂躙するオークに勝てるわけがない。


「どう捌くかだって? 今から死ぬお前らには関係ない話だろ。斬られたことにすら気付かないんだから」

「なんだと……?」


 澪の自信はどこから湧いてくるんだ? なんてことを思いながら、この場をどう凌ぐか思考を巡らせる。


 だが、ドタドタと激しく音を立てて、俺たちを囲んでいたオークは地面に這いつくばっている。


「オークなんてただの雑魚が威張るなよ」


 澪を見れば手に持つ剣が血に染まり、辺りにはオークの血が飛び散っている。


「オレの知り合いがここでお前らに殺され、遺体が里に運び込まれた。遺族は涙を流しお前らを恨んだ」

「復讐か!? やめとけよ人間! 弱いやつがやられるのは自然の摂理だろ? そんなことで怒ってればキリないぜ?」


 俺をいじめていた筆頭の強そうなオークが、明らかに焦りを見せている。


「そうだな、自然の摂理だ。だから吠えるなよ。お前は今から強者に敗れる弱者なんだから」

「クソッタレがぁぁ!!」


 ヤケクソ、そう言わんばかりに澪に突進していく。

 だが澪は動じず、冷静に首を斬り落とした。


「別に復讐なんて思ってない、ただの憂さ晴らしだ」


 返り血に染まりながら、剣を収める澪を見て俺は確信してしまった。

 この世界の主人公は、俺ではなく澪ってことに。


「仲間が討伐されたわけだがお前はどうする?」

「仲間? 冗談やめろよ、俺の仲間は転生前から澪だけだろ」


 ボロ切れのようなローブで顔を拭う澪は、何度見たってただの美人にしか見えない。

 腰まで伸びる綺麗な金髪が、緑の瞳をより綺麗に表現するように、完璧な配色。


 こいつ、異世界にきて美人に転生した上にチート級で強いのかよ。


「とりあえず1発ヤらせて……?」

「殺すぞクソブタ」

「すみません冗談です、風俗紹介してください」


 異世界の小さな里に転生して、放浪して、ようやく俺を見つけてくれたようで。

 ヤらせてと頼んだらすごく怒られた。


 だがようやく巡り会えた。

 そこからの澪の躍進は凄かった。討伐したオークを街の騎士団に持ち込み、なんと自分も騎士団に入団。


 そこでも活躍し、主人公としての格を磨いていた。

 俺はといえば、荒野に佇み続けている。


 どこから湧いてくるのか、新たなオークたちにすっかり権力を握られ、そいつらをフラッとやってくる澪が狩り尽くしていく。そんな繰り返し。


 そしてついに今日、澪は俺を連れ出し、街へと導いてくれた――

   

「――おい? 聞いてるのかソロ。着いたぞ? 図体デカいんだからボーッと歩くな。誰かを怪我させてしまうだろ」

「ッ! 悪い、回想してた」

「あ? 脳みそまでオーク化してんのか?」


 相変わらず口が悪い。


「美人な顔面に生まれ変わったんだからそれらしい振る舞いしたらどうだ?」

「陵辱怖くて縮こまってるオークに言われたくないんだが」


 ……。

 戦う土俵が悪かった。なんも言えねぇ……。


「ちゃんとフード深く被れよ。あと絶対住人を見るな、目立つから。前だけ向いてろ」

「これから飲食店行くんだよな? 目立たず食べれる自信ないぞ?」

「店の前にお前を人間にする」

「ま!?」


 今確かにミオンは言った。俺を人間にすると。

 ついに……ついに俺は人権を得るんだ! 女騎士の凄惨な姿を見ずに済むし、オークどもにリンチされなくて済む!


「つっても禁忌魔法だから失敗する可能性はあるし、そもそも術師が拒む可能性だってある。というか生きてるかすら怪しい。あいつヨボヨボだからな」

「おいおい……それ大丈夫なんだろうな?」


 失敗やら、拒むやら、生きてるかすら怪しいとか。色々と不穏な要素をサプライズのようにポンポンと出しても平然と歩いているこの顔だけ美人に戦々恐々する。


 そんな不確定要素の塊みたいなことを共に死んで共に転生した唯一の友にぶち当てるか? 怖すぎんだろこいつ。転生して人間性も変わっちまったか?


「別に俺はお前が構わないならそのままでいいと思っている」

「ミオン……」


 なんだ、やっぱり根は友達思いのいいやつなんじゃないか。


「まぁオレの仲間に見つかれば即討伐されるだろうけど」

「この悪魔め!」


 俺たちは、石畳が敷かれた道をひっそりと歩きながら、コソコソと話している。


 まるで中世のような木造建築や、石畳の道。全てが日本とは違うと改めて確信した。

 転生前にこんな光景を見れるとすれば、どこかのテーマパークくらいだな。


「っておい、スーツ着てるやついんぞ」

「あぁ、今から仕事なんじゃないか?」

「あ、ならスーツ着るか。とはなんねぇよ?」


 日本と違う世界だと確信した瞬間に、その確信がものすごい速さで覆された。異世界にもスーツって概念あんのか?


「おい、なんかおかしくないか? どうしてここにマッグがあるんだよ! ティロリ、ティロリ、つってんぞ。異世界でポテト揚がってんじゃねぇか!」

「そりゃ揚がるだろ、揚げてるんだから」


 違和感持てよ! お前が生きたがってた異世界にこんなのあったのか!? お前が夢抱いた異世界は、剣と魔法で魔王を倒して活躍する泥臭い物語だろ!?


 俺を置いて店内に入ってテイクアウトしてる場合か!?


「むでよ、ほりわえずじいすんももこむくお」


 んでよ、とりあえずじいさんのとこいくぞ。だな? 食ってから喋れ、てか俺にもよこせ。


「じいさん? 禁忌魔法使える人か?」

「ああ、死にかけのじいさんだが、腕は確かだ」


 言いながら、ミオンは何かを思い出したように立ち止まる。


「どうしたんだ?」

「家の掃除するの忘れてた、パパっと終わらせてくるからここで待ってて。無駄に広いから面倒なんだけどな」

「家? もしかして俺も住めるようにシェアハウスか!?」


 こいつ、相当いいやつ過ぎないか?


「は? 普通にオレん家。自分の家は自分で探せよ」


 病んだ。

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