4発目 異世界featuring地雷女

「もっと優しくしろよ! 依存させろよ!」

「うっせ、くたばれ」


 ぴえん。


 こいつほんと……日本にいたときはまだ優しさがあった気がする。いや? 俺のためにじいさんとやらのところに連れて行ってくれるだけで十分優しいのか?


 俺を置いて家を掃除しに行ったミオンの背中を見送りながら思いふけっていると、背後から刺すような鋭い言葉が鼓膜を貫いた。


 あれ? ミオンもう戻ってきたのか?


「ねぇ、邪魔なんだけど?」


 いや、違った。


 驚かさないようにゆっくりと首を少しだけ動かして背後を確認すると、ミオンではなく、小柄な女がいた。


 くすんだピンクのフリフリブラウスに、黒のミニスカート。革素材の厚底シューズに、同じような素材の小さいリュック。


 俺はこの系統の服を着た女の総称を知っている。

 地雷女だ。


「この世界にも地雷女っているんだ……」

「あ? なにアンタ、あーしに喧嘩売ってんの?」

「ひぇっ……」


小さなリュックから流れるような素早い動作で警棒を取り出し、俺の腹に軽く突き立てる。


「あーしに喧嘩売ってんのか? って聞いてんの。答えろよ」

「あっ……その、人待ってるだけで……」


 小柄な体躯からは想像できないほどのプレッシャーをかけてくるこの少女。すごく泣きそう。


 早く戻って来てくれよミオン、警棒持った女が絡んでくるんだ。俺が求めてるのは清楚系の大人しいお姉さんなんだ! そもそも異世界に警棒ってあるもんなのか!?


「つーかアンタ。人間じゃなくない?」

「ギクッ!?」


 やばいやばいやばい。

 これ討伐されるやつじゃないか?


「やっぱり……クソブタじゃん。なんで街に入ってるの知らないけど、あんたらモンスターは等しく狩り殺すのがあーしの仕事だから……」


 警棒が徐々に強く押し込まれて行く。

 深く深く突き刺さって今にも貫かれそうだが、その警棒は俺の腹から離される。


 あれ? 助かっ……てないな!?


 見れば地雷女は、大きく振りかぶっている。


「人間に害を与える存在は生きてる価値ない。仲間を惨殺したお前らオークは特に」

「待て! 俺はだれも殺してなんかない!」

「うるさい死ね」


 だから嫌いなんだよ地雷女は。

 自分の話は聞いてもらえないとキレるくせに人の話なんて聞きやしない。地雷女がいる異世界に転生なんてろくなもんじゃない!


 俺は死を悟った。

 その瞬間――


「――ユリリ、待て」


 俺の背後から、おそらくこの地雷女の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「そのブタはオレが連れてきた。文句あるか?」

「いえ! おねーさまの家畜に手を出してしまってすみません! 足の裏でもなんでも舐めます! 許してください! むしろ舐めさせてください!」


 ……?


「ミオン……このやばい地雷女って知り合いか?」


 先程まで尖った殺意を撒き散らしていた地雷女は、ミオンが現れた瞬間地面にひれ伏し、縋るように抱きついている。


「こいつはユリリ・ワイト。一応俺の部下だ。見ての通りやばいやつだ」

「あーん酷いおねーさまぁ! 足舐めさせてくださいよお!」

「うっさいぶっ飛ばすぞ。オレは忙しいんだ」


 雑に地雷女を扱うミオンを見て、俺は驚きを隠せない。

 あのミオンが……、あの女には紳士的な振る舞いができるミオンが……。


 地雷とは言えど女を存外に扱うなんて信じられない……男にはあの程度の扱いは日常茶飯事だったけど。


「まさか……お前、男!?」

「は? あーしちゃんと女だし! ぶっ殺すぞブタが」

「嘘だろ!? ミオンが雑に扱ってるのに女!? うっそだ~」


 殺意を沸々とさせる地雷女を落ち着かせるように俺はニコッと微笑んで見せる。身長差がありすぎて顔見えてるからは知らないが。


「だってこいつ、女には超紳士で、男にはクソ冷酷だぜ? そんなの実は男か女って認識されてないかだろ」

「何言ってるんだよソロ、こいつはどう見ても女だろ」

「認識した上でその扱い!?」


 俺は思わずミオンの正気を疑った。

 男には冷たくても、女を超絶大切に扱うことが長所の1つと言っても過言ではなかったこいつが、転生して長所を失った……?


「あーしは特別だし。取り繕わず自然体で接してくれてるだけ。あの女よりあーしの方が絶対大事にされてるし」

「あの女……?」

「ここでウダウダするのは無駄だからさっさと行くぞ。ユリリは拠点で待機しとけ、これやるから」


 明らかになにかを誤魔化すように話を遮るミオンは、自分の懐から出したハンカチを雑に地雷女に渡した。


「…………」


 渡されたハンカチに顔をうずめて、ハスハスと匂いを嗅いで悶えている地雷女を放置してスタスタと歩いていくミオン。


「おい、あれ。放置してていいのか?」

「いつものことだ気にするな」


 いつもあんなやばい奴の相手してるってことか……。

 ミオンがあの態度なのも納得できるな。


「それよりあの地雷女が言ってた、あの女ってのは誰だ?」

「世の中には知らなくてもいいこともあるんだ。命が惜しいなら詮索するのはやめとけ。マジで」

「お、おう……」


 キレイなお姉さんの予感がしたんだけど、こいつの必死な顔に潜む畏怖を読み取るに、今回ばかりは好奇心を発動してはいけないと悟った。


「さっさと用事済ませるぞ。その姿目立つんだから」


 そう言いながらミオンは、古びた建物に近づいて躊躇なくドアノブに手をかける。


「ちょ、おい! 不法侵入とかにならないのか?」


 いくらこの街を統治する騎士団とは言えど、さすがに限度があるだろ。


「問題ない」

「ほんとかよ」


 ガチャリとドアを開けて大きな声を出すミオンは、躊躇なく中へ入っていく。


「じいさん! ちょっとツラ貸してくれ」

「なんじゃお主は!?」


 ……おいおいおい。全然問題なしじゃねぇ……。


「来るたび聞きやがって、いい加減記憶保管の魔法を自分にかけろよじいさん」

「なんじゃ、ミオンたんじゃったか。相変わらずええビジュアルしとるのぉ」

「うっせ、斬るぞ」


 ん? ただの認知症だったってことか。


「ほっほっほ。そんなことしたら、玄関にいるオークはこのまま他の騎士に討伐されるじゃろうな」

「用件が分かってるなら早く禁忌魔法で人間の姿にしてくれ」

「馬鹿言うでない。禁忌魔法は術者はもちろん対象者にも、へたすれば周りにも危険が及ぶ」


 物騒な会話してんなぁあの2人。


「じゃが、話くらいは聞いてやるわい。じゃから背後で構える剣をしまってやれ、ライラたん」

「――誰だこのお姉さん!?」


 じいさんの言葉を聞いた瞬間、背後から刺すような殺気を感じる。いつからいた? そしてこの美人なお姉さんは誰なんだ!?


 明確な敵意は感じるが、清楚なワンピース姿のポニテお姉さん。


 白い服に映える青い髪も、殺意のせいで仰々しく見えてしまうが、正常時は絶対お洒落だ。


「街にモンスターを入れるのは正当な理由と、団長の許可が下りてからがルールだよね? 君はいつもルールを無視する」


 透き通るような声で淡々と言うお姉さんは、剣をおろし、小さく震えるミオンへと近づいていく。


「剣のメンテナンスよろしくねおじいちゃん」

「承知じゃ」

「しまった今日はメンテ日か……時間ずらすべきだったな」


 まさか、このお姉さんが例のあの女って人か?

 ミオンのあの怯え様、きっと間違いない。


「私たちの恩人に禁忌魔法を使わせようとするなんてなに考えてるの? 後処理するのは騎士団第1部隊長である私なんだよ?」

「恩人だから頼ってるんだよ。こっちにも事情があるから、今回は目を瞑ってくれない……?」


 ミオンより小柄なお姉さんだが、オーラや威圧感は圧倒的にこのお姉さんのほうが厳つい。


「はぁ……今回も。でしょ? 家はちゃんと掃除した?」

「した、料理当番も変わるから。な?」

「分かったよ、責任は私が持つから今回もやりたいようにやっていいよ」


 家の掃除……? 料理当番? もしかしてあいつ……こんな美人なお姉さんと同棲してんのか!?


 でも怯えてるんだよなぁ。

 よっぽど尻にひかれてるんだろう。羨ましさより同情のほうが強い。


「さぁさ2人とも、詳しい話は座ってゆっくり聞こうかのお。この歳になると1分でも立つのが辛いんじゃ」


 3人の声がどんどん玄関から離れていく。

 体格の都合上家に入れない俺は、簡単にはぶられてしまった。


「すまんがオーク君、しばらくそこで待機しててくれんか?」

「あ、はい。お構いなく」


 じいさんの大声が聞こえたっきり、もう誰の声も聞こえなくなってしまった。

 すこし辺鄙なところにある家だから人の目に晒されずに済むが、とんだ羞恥プレイみたいだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る