5発目 会議終わったら遊びに行こうよ
***
〈ミオンサイド〉
「で? あのオーク、ただのオークじゃないんじゃろ?」
「オーク特有の殺気、オーラを感じなかったね。まるでただの人間みたい。ミオンの方がよっぽどモンスターみたいな強さしてるもんね」
古びたテーブルに、革の破けたアンティークなソファーに座り、オレは2人に事情を説明する。
俺の隣に座る青髪の女は、アンビジョン騎士団の第1部隊、部隊長のライラ。
第1部隊副隊長のオレは何かとこの人の怖さというか腹黒さを確認している。だが美人だ。
美人で、クール。あのバカにオレたちが同棲していることがバレたら色々絡まれそうで面倒だからと思って隠ぺいしようと思っていたが、秒でバレたな。
まぁ……なぜか同情の眼差しを向けられたが。
「ミオンたんもライラたんも、加減なしに鍛えすぎたからのぉ……。すまんな、人間離れした能力を身につけさせてしまって」
「謝らないでよ、おじいちゃん。強くなりたいって言ったのは私たち自身なんだから」
「そうだ、感謝してるぞじいさん」
オレたちの前に1人掛けのソファーでくつろぐじいさんは、白髪の短髪を撫でつけるように整えている。
「照れくさいわい」なんて照れながらも、このじいさんはきっとまんざらでもないんだろうな。
「で、あのオークについて説明してくれる?」
「あいつはオレの友人だ。って言えば伝わるか? 多分ごくまれな現象だと思う」
「つまり、彼も転生者。と言うわけじゃな?」
「ああ、だからこの街に住ませたい。だがあの姿は目立ちすぎる」
それには禁忌魔法を使ってでも人間の姿にする必要がある。
「ワシとしても、その意見には賛同じゃが、彼が禁忌魔法に耐えうる肉体と精神を持ち合わせておらぬ点が問題じゃ」
「……それはなんともならないのか?」
「なるにはなる。じゃが、時間がかかるうえに、失敗すれば彼は死ぬ」
楽に事は運ばないか。
「時間はいくらかかってもいい、この辺鄙な場所ならあいつの巨体も隠ぺいできるだろ」
「ああ、可能じゃ。じゃが本当にいいんじゃな?」
「なにが?」
いつになく真剣な表情のじいさん。いいに決まっている。時間がいくらかかろうとも、あいつが人間になってこの街で平穏に暮らし、リンチされない人生を歩めるなら。
「なにがじゃないよミオン! お友達死んじゃうかもなんだよ?」
「行動にはリスクが伴う、当たり前のことだ。そこは受け止めるしかない」
1度は死んでるんだあいつも俺も。死ぬことくらい大したことないだろ。
「それでいいの!? お友達と会えなくなるんだよ?」
「いいんだよ別に。また転生先被ればいいだけだ」
「ほっほっほ、相変わらず前向き思考というか、夢みがちというか。いいじゃろう! ワシが彼を鍛え、禁忌魔法に耐えれる戦士にしてやるわい!」
ズズッとコーヒーをすするじいさんは、気前よく返事をくれる。
「おじいちゃん、ほんとにいいの? おじいちゃんだって、なんならミオンも死ぬかもしれないんだよ?」
「ミオンたんは覚悟ができているようじゃし、ワシの命なんざ、可愛い弟子の頼みに比べれば軽いもんじゃ。一向に構わん」
どうやらじいさんもすでに覚悟を決めたらしい。
そんな姿を見てライラは、はぁ……とため息をこぼす。
「やりたいようにやっていいって言ったもんね……分かった。私も出来ることあれば手伝うよ」
「ライラならそう言ってくれると思ってた」
「ミオンたんに甘いからのぉ」
甘くはないと思うが、根本的な優しさを兼ね備えた人だとは思う。
「ワシは今から彼を鍛えようと思うが、お主らはどうする?」
「私たちはこれから突如現れた建造物について会議があるからもういくね」
「え、あれオレも参加なのか?」
「当たり前でしょ、副隊長なんだから」
隊長だけでいいだろうよ。
北方に突如として現れた城のような建造物。
騎士団はそれを危険視して、対策会議を行う。
そんな噂を前に聞いた気がするが、まさかオレも参加する会議だとは思っていなかった。今からでも肩書きを捨てれば不参加に出来るだろうか。
「ほら行くよ」
「……強要は良くないと思う」
オレの鎧の首元を掴み、強引に引きずって外に出るライラ。
玄関で待機していたソロは、異様な光景を目にしたかのような表情で硬直している。
「ソロ、しばらくはじいさんの言うこと聞いといてくれ。話は通してるから」
「へ? どゆ状況!?」
困惑するソロに目もくれず、ライラはオレを引きずってそのまま街の方へと歩いていく。
「マジで会議?」
「当たり前でしょ、会議に参加して、有用な働きをすれば評価は上がって騎士団長への道が開ける。約束したでしょ? トップに立って願いを叶えるって」
この国――レイグレットでは騎士団が統治権を所持している。そのため、騎士団のトップである団長は全ての権利がある。
そして同時に、騎士団のトップはなんでも願いが叶うという言い伝えもある。
もしかすると、日本に戻れるかもしれない。
あいつには格好をつけて気にして無いふりをしてたが、日本に残してきた彼女が不安だ。
憧れの異世界から離れるのは名残惜しいが、彼女に別れを告げずに死んでしまったのが心残りで仕方がない。
突如いなくなったオレを引きずって、新しい出会いができてないんじゃないか。
なにかするたびにオレが頭に浮かんで気持ちを沈めてるんじゃないだろうか。
そんなことを考えて、とても良心が痛んでいる。
自分の存在が彼女の中でどれほどの大きさだったかは分からないが、自意識過剰と言われようとも心配なものは心配だ。
「分かったよ、出ればいいんだろ。だから鎧掴むのやめて、おっぱい痛い」
引っ張られ、鎧が胸を押し上げてなんとも言えない痛みを炸裂させている。男の時ならただエロいなぁとしか思ってなかったが、性別が変われば一転、ただの弱点としか思えなくなっている。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
「問題ない、それより今から会議なのに私服で大丈夫か?」
騎士団の拠点へ入るときは、必ず騎士団員と証明するために鎧を着用しなければいけない。
「クローゼ」
そう短く詠唱するライラの首元で揺れる魔法石のネックレスが、少し発光したのち鎧を身に纏う。
これが、異世界の醍醐味。魔法。
この世界では魔石という秘宝に、体内の魔力を流して奇跡を起こすことを魔法と呼ぶらしく、オレたち2人はじいさんから魔石をもらっている。
それもあってか、短期間で騎士団の中である程度地位を得ている。
魔法が使えるってだけである程度のアドバンテージにはなるらしい。
「会議終わったら遊びに行こうよ」
「どうせ仕事振られて帰れなくなるのがオチだから下手なこと言うのはやめとこうぜ」
複数の分隊がある中で1番の隊長と副隊長ともなると、騎士団長たち上司からの仕事や部下からの仕事で山積みになる。
特に多いのが討伐。これは遠くまで行くこともあるため極力まとめて行きたい。
「みんなに頼られてるもんね、私たち」
「いい言い方をしたらそうだな」
あえて悪い言い方をするなら、都合よく利用されているだけ。
上司からは「お前たちなら大丈夫だ」なんて信頼。
部下からは「僕たちは無理でも隊長たちなら出来ますよね?」なんて信頼。
どちらも自身の能力を買われているようで、面倒ごとを押し付けられているだけ。
これは日本でもそうだったな。異世界に来ても面倒な縦社会に巻き込まれるなんてな。
「すーぐマイナスに捉える」
「マイナスでしかないだろこれは」
ライラは比較的ポジティブだ。
だからか、オレをよく励まそうとしてくれる。
別にオレがネガティブすぎるってわけでもないんだけどな。
「頼られることはいいことだよ。信頼と経験値を得れるからね。ということで拠点までおんぶで運んで?」
「利用してんな」
ニヤッと笑うライラを背負い、ガシャガシャと鉄を鳴らして街を歩いていく。
住人は、微笑ましそうにオレたちを見学している。
鎧でおんぶするのなんて、この街ではオレたちだけらしく、好奇の目によく晒される。
「目立つんだから鎧脱げよ」
「文句言いつつもしてくれるミオン大好き。それに、さっき着替えたばっかだもん」
この女、絶対性根が腐ってると思う。オレは道具じゃないぞ。
なんて思いつつも、毎度拠点まで運んでしまうのはなぜだろう。
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