35発目 英雄様

 ――オオカミ肉祭りをして、一夜が明けた。


 オオカミ肉の多少の臭みが口内に残るのと、テントの個数上、俺と師匠が一つ屋根の下でぐっすり寝れなかったことを除けば、俺たちは順調に目的の里まであと数百メートルのところまで来ていた。


「里の人々は大丈夫かな? 騎士団の駐屯部隊の連中がやられたのもそうだし、団が所有してた施設は里の水源やら食料源なんかのライフラインなんだろ? ピンチじゃね?」

「そうねぇ、万が一ライフラインが壊れているのであれば、確保は最優先になりますねぇ」


 ミオン達を見つけるより先に、ライフライン確保に時間を割かないといけない可能性があるな。


「コブタちゃん、魔法通信器具でジャミルにインフラ整備が必要かもって連絡入れといて」

「いいけどなんでジャミルさん? あの人鍛治師だろ?」


 鍛治師とインフラ整備がうまく結びつかないんだけどな。


「ジャミルは鍛治師だけど工具を扱うことなら大半できるから」

「なるほどね、となれば専門職を雇うより融通が効くからか」


 ユリリはにっこりと、「そういうこと」と笑った。


 状況が状況だし、うちの隊長、副隊長が壊したんで修理お願いしますなんて依頼できないしな。


「……ん? なんか聞こえないか?」

「確かに、なにか……賑やかな声が聞こえますねぇ」

「なんじゃろうな、もしやまだミオンたん達が暴れとるのかのぉ」


 里に近づくにつれて、なんだか賑やかで、まるで祭りでもやってるかのような賑わいを感じる。


「これ普通に祭りじゃない? 笑い声きこえんだけど」


 地雷女が言う通り、人々が笑う声が聞こえる。

 辺りを見渡せば、ライフラインが破壊されたとはおもえないほど盛り上がっている。


「出店まであんじゃん……! あーし唐揚げ食べたい! ビールあるかな!?」

「あ、ずりぃ! 俺も食いたい!」


 子供は元気に駆け回り、大人達もにこやかに笑っていて、中には嬉しさからか涙を流すものもいた。


「これこれ2人とも、まずはミオンたんとライラたんの調査じゃ」


 出店の料理を食べたくてうずうずする俺と地雷女は、師匠に軽く怒られた。


「あの、つかぬことを伺うんですけど……」


 視線が出店の唐揚げ屋にいきながらも、地雷女は近くにいた女性に聞き込みを開始した。


「はい? なんでしょうか」

「あーし、この里で騎士団が管理する施設がうちの人間に破壊されたときいて訪れた騎士団員――ユリリです。このお祭りは一体……?」


 おずおずと聞く地雷女の視線は、依然唐揚げ屋のほうへ向いている。


「ああ、あなたたち、もしかしてライラ様とミオン様のお仲間ですか!?」


 ユリリが名乗ると、女性は嬉しそうに目を輝かしていた。


「へ……ま、まぁそうですけど……"様"?」

「はい! 颯爽と現れて私たちを助けてくれた英雄様です!」


 ……なにがどうなってる?

 俺は思わず師匠とママを見たが、うんうんと頷いて予想通りと言わんばかりにドヤ顔している。


 女性の話を要約するとこうだ。


 もともとこの里は駐屯する騎士団が里の資源を独占して管理する施設を要していて、里の人間が生活するには重労働を課せられていた。

 だが、ミオンたちが颯爽と現れ、施設の破壊と駐屯騎士団員の制裁を行ったらしい。

 そして、資源を解放。満足に食べられなかった人たちを労う祭りを開いてから旅立ったらしい。


「この祭り、おねーさまとライラが一瞬で用意したんだ……バケモンじゃん」


 この規模の祭りを短時間で用意したのはマジでバケモン。


「……あの、あなたがダートル様でしょうか?」

「いかにも、ワシが英雄の育て親。ダートルじゃが」


 突如現れた1人の少女。


 少女は、俺や地雷女、ママを見てから、おずおずと師匠に話しかける。

 そして1枚の手紙を手渡す。


「ミオン様が、ダートル様おひとりで読んで欲しいと預かっております」

「……ワシだけかのお」

「はい、そうおっしゃってました」


 なんだなんだ? 俺たちは仲間はずれか? なんて思ったが、ポジション的にそうか。俺たちはあいつにとって部下だもんな。


 友達だとは思ってくれてる。そう思う。

 けど、こういったことは流石に権威ある人間に連絡するよな。


「あいわかった。しかと受け取ったわい。ありがとうお嬢ちゃん」


 師匠は笑顔で少女を見送ると、俺たちに祭りを楽しんでくるように言って、1人で里の入り口に残った。


 手紙に目を通すそうだ。


「――なあ地雷女、もしかしてだけどさ」

「うん、あーしもそう思う」


 地雷女は、俺がみなまで言うまでもなく、自身も俺と同意見だと主張した。


「この唐揚げ作った人絶対酒豪だよ。ビールに合いすぎるしやばい」

「それな! ビールの苦味と炭酸の爽快感でリセットされることを考慮したような、この溢れるじゅわっとした肉汁。少し脂っこいくらいがビールに合うんだよなぁ」


 お互い片手にビールを持ち、2人前の唐揚げを俺が空いてる手でもって食べ歩くこの状況。


 側からみたら俺たちは恋人に間違えられるだろう。


「コブタちゃん、焼き鳥もあるよ」


 お互いを蔑称で呼んでなければだが。


「いいじゃん、買おうぜ」


 唐揚げもそろそろ無くなるし、ビールもたった今飲み干した。

 おつまみの買い足しと同時におかわりだな。


「そういえばママは祭り見て回らなくてよかったんかな」

「あーしも聞いたんだけど、施設見てくるって言ってたよ。まさか資源を独占する施設だとは考えてもなかったけどね」


 そうだよな。

 まさか人々を守るはずの騎士団が、私利私欲を満たすために人々を傷つけてるなんて思わないよな。


 異世界でも、汚い人間はとことん汚いな。


「まさかおねーさまはそんな連中潰すためにあーしらに黙っていなくなった?」

「かもな。でも、黙って行く必要あったのか? 俺ら使ったほうがスムーズかつ効率的に解決できると思うんだよな」

「あーもう! 考えてもわかんない! 今日は飲むぞー!」


 まったく、しかたないやつだな。

   

 ――飲み過ぎた。


「ソロ、ユリリたん。加減を覚えるべきじゃの」

「はい、ごめんなさい」


 飲みすぎて俺たちは今から拠点へ戻る気力は残ってなかった。


「里の人のご好意で今夜は宿を貸していただけることになったが、今後はこのようなことがないように」

「はい、次からは気をつけます」


 割と低いトーンで叱られたからか、少し酔いが覚めた気がする。


「お嬢さんすまないのう。この借りは必ず倍にして返すし、里にちゃんと信頼のおける者を配置させるからの」

「いえお気遣いなく! 私達は助けていただいたお礼をしているだけなので! まぁちゃんとした騎士団の方を配置してくれるのはありがたいですが」


 おちゃめな笑顔で言う宿屋のお姉さんは、てへっと笑った。


「さ、酔っ払いさんは早く寝て明日からミオンちゃんとライラちゃんの捜索を再開しますよぉ」

「「はーい」」

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