7発目 知らない天井

「ガードするなら動じずそのままにしとかんかい!」

「――ッグェ!?」


 また俺の読みの裏を突こう消える師匠を探すため、俺は防御を緩めて辺りを見渡す。


 だが、当然と言わんばかりに師匠は俺の前にいて、激しく腹に掌底を打ち込んだ。


「まだまだ青いのぉ……修行始めて数時間じゃからしかたないか。あの2人が異様すぎただけじゃな」

「あの2人ってミオンとあのお姉さんですか?」


 俺は少し気になった。

 ミオンも同じ修行をしていたのか、していたとすれば何日で完璧にこなしたのか。


「ああそうじゃ、あの2人は他とは違うオーラでのぉ、一目見たときはびっくりしたわい」

「ミオンは何日でこの修行を完璧にこなしたんですか?」


 師匠はニヤッと楽し気に微笑む。


「10分じゃ」

「へー、10分……10分!? 1分が10個の10分!?」


 師匠は俺の反応がツボに入ったらしく、ケタケタと笑っている。


「ライラたんは8分じゃ」

「やっぱあのお姉さんこえぇ」

「油断しすぎてボコボコにされたときは泣いたわい」


 あの2人、いくら師匠が強いといえど容赦なく老人をボコったのかよ……道徳どこ行った?


「さぁ雑談はこれくらいにして続きをするぞい」

「師匠もしかして2人にボコされた憂さを俺で晴らしてない!?」

「はて、なんのことじゃか」


 絶対そうだとは思いながらも、白々しくとぼける師匠をみて、俺もやる気がふつふつと湧いてきた。


 道徳がないと思っていたが、これはまあボコしたくなりますわ。


「ッ!」

「ほっほっほ、初めて避けれたのぉ」


 死角から顔に向けて繰り出された拳を、紙一重でかわすことができ、なんとかかすり傷で済んだ。


 いや、パンチでかすり傷ってなんだよ、バトル漫画かよ。


「師匠今飛んでなかった?」

「浮遊魔法じゃ」


 なにそれ凄い。


 重力を無視した動きで、ふわふわと俺の周りを移動していた師匠。そんな動きだったからか、身長差があっても俺の顔を攻撃できたわけか。


「そしてこれが、重力魔法じゃ」


 宙に浮き、俺を指さす師匠は、ニヤケヅラで詠唱する。


「グラビティスト」

「なっ!? なん……、体……が……?」


 ただでさえ思い俺の体が、深く地面に沈むかのようにさらに重くなっていく。これが重力魔法……、相手に重力の負荷を付与する魔法ってわけか。


 だが、まだこの程度の重みなら耐えれる。

 今までオークの椅子としてバカ重ウエイトに耐えてきた甲斐があった。


「……ほう? これはさほどお主には効かないようじゃの」

「そうですね、俺には重力魔法は無意味ですよ」

「じゃがまだ発想が甘いのぉ」


 へ……?


 俺を潰すように付与されていた重力が急に解除され、今度は重さを何も感じなくなっていた。


 ここに転生して常に寄り添い生きてきた体の重みすらない。


「やっべ……」


 気付けば、師匠や屋敷が小さく見えるレベルで俺が天高く昇って行っている。

 重力魔法は、重力の付与だけでなく、相手の重力抵抗をなくすことができる魔法ってことか。


 だがしかしこの状況はまずい。


 なぜって? 俺は高いところが苦手なんだ。


「おっと……やりすぎたかのぉ」


 ガクッと意識が飛ぶ瞬間、師匠のそんな声が聞こえた気がする――

   

 ――知らない天井、芳醇なコーヒーの香り。


 ここはどこだ? まさか落ちて死んで、また転生とか言わないよな?


「起きたか、すまんのぉ。つい加減せず打ち上げてしもうたわい」


 あ、師匠だ。

 てことは俺はまだ異世界にこの命を燃やしているな。


「ここは?」

「お主用の部屋じゃ。これでも飲んでリラックスせい」


 ここ、新築の屋敷の一室なのか。


 窓からは街並みが見えて、テラス席のような雰囲気がある。


 こんなにもいい部屋で暮らせるなんて、オークに虐げられていた時は想像もできなかったな。


 俺は景色を見ながら、淹れてもらったコーヒーを一口含む。


「師匠、もう大丈夫です。修行つけてください」

「……そうか。ではグラビティストは使わず再開といこうかのぉ」


 部屋に置かれた椅子から立ち上がる師匠は、俺の苦手を察してか、配慮を見せてくれる。


「いや、使ってください」

「お主、高いところが苦手なんじゃろ? 別に無理する必要はないんじゃぞ」

「問題ないです、なんとかなるんで」


 苦手なものも、何度でも体に叩き込めばなにも感じなくなる。俺はいつもこうして苦手をなくしてきた。


 最初は泣くし、喚くし、ゲロ吐くし、散々だ。

 でも、誰かが好きなことを、たいして挑戦もせずに苦手だと片付けるのは俺はしたくない。


 死ぬほどやって、それでも苦手なら苦手だって言うが、そうじゃない限りは向き合っていきたい。


「お主、なかなかいい思考しておるな。魔術師のセンスがあるんじゃないかのぉ」


 まじで?


「魔術師は何度もミスをしてもなお立ち上がるメンタルが一番必要とされる職業でな、お主は素質があるぞ」

「俺に魔法が使えたら……ですけどね」


 魔法には憧れる。

 以前ミオンがオークを討伐するとき、無慈悲にも青く揺れる業火で辺りを掃討していた。ああいうかっこいい魔法を俺も使ってみたい。


 だが、オークに魔法を使う奴らはいなかった。つまり俺も使えないだろう。


「問題なく使えるわい。鍛えればのぉ」


 部屋を出ていく師匠は「じゃがまずは人の姿になることじゃ」と付け足した。


 そうだよな。

 2つ同時にこなせるほど俺は器用じゃない。


 1つずつ確実に完了させていく。

 これが無難だし、最適解だろう。


 幸い、師匠はとことん付き合ってくれるようだし。


「頑張ります!」


 渋い苦みのあるコーヒーで気を引きしめ、俺は大空に舞い気を失った。

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