14発目 代償

 ***


   

〈ミオンサイド〉

   

 ソロが自室に戻り、ある程度腹を満たした俺もじいさんが用意してくれた客室へと行く。


「おねーさまおやすみなさい!」

「おう、おやすみ」


 移動した客室には、机とベッドくらいしか置かれていないシンプルな部屋。寝るには最適なシンプル設計に感謝しながら入眠して15分程度経ったころ。


 来たか。


 禁忌魔法を使用したことに対する代償。

 それは睡眠時にやってくる。


 悔いを加速させる悪夢。それがオレの禁忌魔法の代償だ。


 だが何度も経験するとさすがにある程度なれるもので、オレはどっしりと構えて夢に苦しむ――

   

 ――消毒液の匂いが鼻に来る保健室。


「えーっと、保健室に運んでくれたのはありがとうだけど……この子を気絶させたのは君ってことは後で絶対先生方にお説教されるよ」

「別にどうでもいいですね、そいつのこと頼みます。オレは帰るんで」

「あ、ちょっと……もう少し詳しく状況を」


 唯我と喧嘩した直後、オレは責任をもって保健室へ運んだ。


 理由を聞かれ、ごまかすこともなくオレが気絶させたと伝えたら保健室の先生は非常に混乱していた。悪いことをしたな。


「先生、事情は私から。獅童くんを今はそっとしてあげてください」


 詳しく事情を聞こうとオレを引き留める保健の先生を黙らせるように、保健室の入り口から声が聞こえた。


 そこには佐々木が心配そうな瞳でこっちを見ていた。


「彼は喧嘩ばかりで野蛮に見えますが、根はやさしい子です。なので今はそっとしてあげてください。友達を傷つけるのは、それ以上に自身が傷つくでしょうから」


 佐々木の言葉を聞いて保健の先生は納得したらしく、「行きなさい」と一言オレに投げかけた。


「佐々木、ありがとな」

「お礼を言われることじゃないよ、私はやさしい人が損するのが嫌なだけだから」


 まぶしいくらい無垢な笑顔で言う佐々木。

 信じられるか? 高校生なんだぜ? 今どきこんなにも無垢に笑えるティーンエイジャーいるか?


「今度飯でも行こうぜ、礼はさせてくれ」

「うん!」


 普段から佐々木には細かなことで世話になってるしな。

 高校生にしては珍しく気がきき、視野が広くて頼れるお母さんみたいな位置付けにいる。


 流石に年頃の女子高生に直接「お母さんみたいだね!」なんて言う神経の腐り切ったやつはいないが、他クラスのやつでさえ口を揃えてそう言う。


 きっと本人の耳にも届いてるんだろうな。気を病んでないといいけど。


「青春だねぇ、先生ちょっとノスタルジックな気分になっちゃう」


 過去のアオハルを思い出してしみじみとしている保険の先生を佐々木に丸投げしてオレは保健室を後にする。


 思えば、ここからが佐々木との関係が進展していった気がするな。

 そんなことをしみじみと思ったら、毎度このタイミングで夢の場面がスッと切り替わる。

   

「――愛してる。佐々木光さん、オレの恋人になってください」

「はい……! 喜んで! 私も澪くんのことを愛してます!」


 これは、オレたちが高校を卒業してしばらく経ったころのクリスマスの思い出だ。


 卒業しても細々と続いていた友情関係が、この日を境に恋人にクラスチェンジした。お互いが初の恋人ということで、しばらくはぎこちなかったなそういえば。


「やっと言えてよかった、本当に」

「私もずっと言いたかったよ。ごめんね、先に言わせちゃって」


 指先だけが触れる状態で、都内に大胆に生えるクリスマスツリーを見ながらそんなことを言っている。


「いいんだよ、いくら男女平等になりつつあるって言っても、こういうのは男から言うもんだろ」

「考えが古いねえ、今は女の子からも普通に言うよ? 私は恥ずかしくて言えなかったけど……」


 雪が降る寒空のもと、冷えた手を次第に絡めて、周りのカップルたちに俺たちも溶け込んだ。


 白く消えていく吐息が混じり合い、交際開始5分で俺たちはネオン煌く夜のもと、初めての口づけをした。


「しちゃった……ね。キス」

「悪い、雰囲気に流された」


 元々、友達以上で恋人未満。みたいな関係性だったこともあってか、雰囲気に流されて唇を交えてしまった。


 相手の気持ちも考えずに、雰囲気だけで行動する無責任な男には絶対なるものか。そう思っていたのに、いざ初めて彼女が出来たことに舞い上がって無責任な男になってしまった。


「謝らないでよ。私、ずっとしたいって思ってたんだよ……? あ、引かないで! 引かないで!」

「まじ……? いつから」


 こっちに顔を向けない光だけど、耳まで真っ赤に染まってることだけは後頭部だけを見てても分かる。


「言わないよ! 恥ずかしいし」

「えー、気になるだろ」

「ダメなものはダメ! 人増えてきたし寒いから帰るよ!」


 繋がるオレの手を引いて、強引に歩いていく光。


「今日さ、誰も家にいないんだよね……来る?」

「行く」


 オレの人生の中で、1番ドキドキした瞬間を目の当たりにして、また場面が切り替わる。


 ここが1番、心に来る。


 オレの記憶にない記憶。禁忌魔法を使った日に見るこの記憶だけで、オレの脳裏にはすっかりこべりついている。

   

「――澪……どうして! ねぇ! 澪! 私を……置いていかないで!」


 真っ暗な部屋。見ていないのに流れるテレビ。

 マットレスの上で泣きながら包丁を握る女の姿。


 その女は、オレの初めての恋人の佐々木光。部屋も何度も行ったからわかる、光の自室だ。


 テレビには、マンションの14階から飛び降りた成人男性2人のニュースが流れている。


 報道の内容は、酔った2人の男が口論になりベランダで乱闘の末、バランスを崩して2人とも落下した。こんなめちゃくちゃな内容だった。


 ずいぶん好き勝手に的外れなことを言ってくれるな。


「澪、会いたいよ……」


 ボソリと溢す言葉の後、オレは覚悟を決める。


「今、そっちに行くね」


 目を逸らしたくても逸らさない、視界を遮りたくても遮れない。

 禁忌魔法の代償とは言え、これはあまりにも残酷すぎる。


 光が右手に握ったナイフを左手で支えて、刃の先を自身の胸部へ向ける。


 腕を伸ばして息を整えた後、光は空な目でその刃を心臓へ突き刺した。


「……ッ! 澪、今会いに行くね。あの世で幸せに暮らそ……」


 飛び散る鮮血がマットレスに染み渡り、完全に赤く染まるころには、光の脈は完全に停止する。


 ピクリとも動かなくなった光に向けて、オレは何度も呼びかける。


 でもその声は決して届かない。とても苦しいこの夢は、眠りについたオレの肉体に嫌な汗を滲ませる。

   

「――うわぁあああ!!??」


 オレの無責任な死が、愛する彼女を死に追いやったかもしれない。そんな最悪な想像がオレの安眠を妨害して、心を壊しにくる。


 オレが死んだ後の出来事で、オレはオレの目で確かめれていないから、ただの悪夢かもしれない。でも、これは実際に起こった出来事で、神がオレに戒めとして教えてくれているのかもしれない。


 ただ、どんな想定でも、苦しいのに変わりはない。


「大丈夫、怖くないよ?」


 息が切れ、嫌な汗が流れるオレの頭を、隣で優しく撫でる人物がいる。


「ライラ……悪い、起こしたか?」

「ううん、夜トレしてて今部屋に来たとこ。禁忌魔法使ってたから一応様子見にきたんだけど、来てよかったよ」


 優しく包み込むような声で囁くライラの言葉は、オレにどこか懐かしさすら与え、どんどんオレの気持ちが落ち着いていく気がする。


「今回もまた同じ夢?」

「うん、違う夢は見たことがない」

「そっか……」


 特に詮索することもなく、ライラはただオレのそばに寄り添って、優しく抱き寄せてくれる。これオレの性別が男のままなら間違いなく惚れてた。


「ライラ見てたらほんと彼女のこと思い出す」

「へー? 転生する前はずいぶんハイスペな彼女をお持ちだったようで」

「ずいぶんと自己評価の高い隊長様だな、まぁ否定はしないけど」


 ふふんと胸を張るライラに抱き寄せられたまま、オレはライラの顔を覗き込む。


「てか上司にこんなことさせて大丈夫?」

「えー? 今更じゃない? いつも素行悪いのにこう言う時は弱気だねぇ、可愛いねぇ」


 ツンツンとオレの頬を突いたり、モニュモニュと握ったりしてくるライラの手を払いのけるも、何度もその手は伸びてくる。


「もっと頻繁に弱気になってもいいんだよ?」

「別に今も弱気じゃないし」


 反論しながらも、悪夢でうなされてまともに寝れなかったせいで、今にも瞼が完全に閉じてしまいそうなほど意識が朦朧としてきた。


「もう今日は寝ちゃおっか」

「そう……だな。おやすみ、ライラ」

「うん、おやすみミオン」

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