第34話 漂着物


 私の知人に北海道で観光業をやっているAさんという方がいます。

 Aさんとはたまたま北海道に旅行にいったときに知り合いました。

 すっかり気が合い居酒屋に飲みに行って、そこでAさんから聞いた話です。


 いまから30年くらい前の話です。

 Aさんは根室で観光船の操縦をする仕事をしていました。


 観光船は根室から沿岸沿いに知床半島まで行きます。

 知床半島をぐるっと回って、ふたたび根室の港に戻るコースでした。なまのアザラシを見ることができるので、そこそこの人気がありました。


 その日もお客さんを十数人ほど乗せて観光船を操縦してました。

 海岸にアザラシの群れがいて、お客さんも盛り上がっています。

 波もおだやかでなんの問題もなく根室から知床半島に着きました。

 半島の裏側にまわります。


 このあたりはオホーツク海からいろいろな漂流物が流れてくるそうです。

 コンブの残骸とか、大きな魚の死骸とか。

 なかには死んだアザラシの骨まで流れてくるとか。


 その日も岩だらけのゴツゴツした海岸に、アザラシの骨が漂着していました。その死骸は完全に肉や内臓をフナムシやカニに食い荒らされており、ほとんど骨だけだったそうです。


 実際に調べてみれば分かるんですが、アザラシの骨格は犬に似ています。


「あー、犬の死骸が落ちてる」


 なんてお客さんも言ってたくらいです。

 アザラシは後ろ足が魚の尾びれみたいになってますが、ちゃんと足の骨格があります。後ろ足は犬よりは短いし、アザラシの足には長い指の骨があります。

 それは手足がヒレになっているためです。


 分かる人が見れば、すぐにアザラシの骨だと分かります。

 Aさんもアザラシの骨を何度か見たことがあります。


 すると。

 とつぜん生きているアザラシが水中から現れました。

 例の骨がある海岸をよじのぼっています。お客さんが喜ぶので、船を海岸に寄せました。


 そのアザラシは、死んだアザラシの骨をくわえると、海中に引きずり込んで行ってしまいました。


 そのときAさんはアザラシの骨をハッキリと見ました。

 そして心臓が跳び上がりそうになりました。


 頭蓋骨が異様に丸くて大きい。

 ふつうアザラシの頭蓋骨はたいらで犬に似ています。


 しかしそれは頭頂部がふくらんだような感じの頭蓋骨でした。


 一言でいうとそれは、人間の頭蓋骨にとてもよく似ていました。

 眼窩の大きさも、顎のかたちも、歯のかたちも、人間にそっくり。

 それに左側の前足は、ヒレの骨というより、人間の指の骨に見えたそうです。

 しかもその肋骨の一本はボルトで固定されています。それはまるで骨折を治した痕のように見えました。

 むろん野生のアザラシが何らかの理由で、人間に治療してもらった可能性がないわけではありません。

 しかしAさんは言います。そんなのはあり得ない。今まで見たことがない、と。

 

 しかもその死骸はよく見ると前足と後ろ足がそれぞれ縄で縛られていました。

 骨格は確かにアザラシのそれですが奇妙な痕跡が多い。

 それからAさんは無言で船を操縦しました。気持ちが悪くなり、急いで根室まで戻りました。


 Aさんには漁師をやってる伯父がいます。

 Aさんはあるとき伯父にその話をしたことがあります。

 伯父もかつて若い頃に、そういう奇妙な死骸を見たことがあるそうです。

 伯父いわく、そういう奇妙な死骸はオホーツク海の北から流れてくるのだとか。

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