第6話 猫の死んだ理由


 新潟県にすむ女子高生Tさんの話。

 Tさんは子供のころから霊感が強く、見えないものが見える体質だった。お墓の前に立っている白装束の老婆。深夜の踏切前に座っている子供、公園の桜で首を吊っている男など……。たいていはぼんやりしておりすぐ消えてしまう。そういうのに遭遇するのも年に一度か二度。

 だからTさんはなるべく気にしないようにしていた。


 ある雨の日、高校から帰る途中のTさんは、河川敷に立っているずぶ濡れの女と目が合った。

 Tさんはそれをみてドキッとした。

 あれは生きている人間じゃない。直感でわかった。

 慌てて視線をそらしたが、その日からずぶ濡れの女の霊をたびたび目撃するようになった。それでもTさんは視線をそらして見えないふりをした。

 しかし女の霊は家の中にもあらわれるようになった。

 真夜中に玄関の前に立っていたり。誰もいない風呂場に立って歯磨きするTさんをジィっと見ていたり。ひどいときには家族みんながいる居間のすみっこに立っていた。でも両親も妹もだれもその霊に気づかない。


 ただ飼い猫のハナちゃんはちがった。

 ハナちゃんにはあの霊が見えているようだ。そんなハナちゃんをみてTさん以外の家族は不思議そうに首をかしげていた。


「ハナちゃんは不思議だよね。何もないところをずっと見てるんだもん」


 と妹がよく言った。

 でもその理由を知っているのはTさんだけだった。


 ある寒い冬の日のこと。

 夕食を終えたTさんは居間のコタツの中でウトウトしてしまった。起きたときには夜中の二時。ほかのみんなは眠っている。

 薄情だなとおもったが、まあ自分が悪いとあきらめてコタツの電源を消した。明かりを消して二階の部屋に行こうとしたときのこと。

 廊下につづくふすまがスウッとひらいた。

 もしかして親が起きているのか?

 そうおもったが誰も入ってこない。ただわずかにひらいたふすまのあいだから、真っ暗な廊下が見えるだけ。


 そのふすまのすきまから女の白い手が伸びて来た。

 ゆらゆらして、手招きしているように見えた。

 女の白い腕がろくろ首のようにどんどん伸びてくる。とうとうTさんの足首をつかんだ。Tさんは助けを呼んだ。しかし声がでない。体も動かない。まるで金縛りにかかったように。

 もうだめだ。

 そうおもったとき、その白い腕にむかって何かが飛びかかった。

 それは飼い猫のハナちゃんだった。ハナちゃんがTさんをまもってくれたのだ。

 ハナちゃんは威嚇して、その白い腕を噛みついたり引っかいたり激しく戦った。

 その白い腕は廊下の奥に引っこんでいった。わずかにひらいた玄関の隙間から外にむかって消えていく。それをハナちゃんが追いかけていった。


「ハナちゃん、あぶないよ」


 Tさんはおもわず叫んだ。

 それっきりハナちゃんは行方不明になった。


 家族総出で飼い猫のハナちゃんをさがした。

 みつかったのはそれから一週間後。あの河川敷で倒れているのがみつかった。

 ハナちゃんの体には外傷は一つもなかったのに、どういうわけか内臓がすべて抜き取られていた。

 妹が悲しんでわんわん泣いた。

 両親もどうしてこうなったのか分からず頭をひねるばかり。

 でもTさんだけがハナちゃんの死んだ理由を知っていた。

 それっきりあの女の幽霊はあらわれていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る