第5話 ベランダの鳩


 東京に住む大学生Sさんの話。

 Sさんはテニスサークルの先輩Wさんと仲が良かった。

 よく先輩のアパートに行って朝まで麻雀をした。先輩は古い木造アパートの二階の隅に住んでいる。となりと下の部屋は誰も住んでないので大騒ぎしても怒られない。

 夏休みのある日、先輩にあることをたのまれた。


「俺は急用で三日ほど実家に帰らないといけない。でも今日か明日に宅配便が来るんだ。頼むから俺の部屋にとまって荷物を受け取ってくれないか? 冷蔵庫の中のものは好きに飲み食いしていいから」


 能天気なSさんはあまり深く考えずに承諾しょうだくした。

 先輩はにっこり笑った。


「エアコンがないから暑かったら窓を開けてくれ。でもくれぐれも窓を開けたまま寝ないでくれ。よくベランダに鳩がいて、窓を開けると中に入ってくるんだ」


 と先輩から忠告された。

 先輩はすぐにバイクに乗って行ってしまった。Sさんは渡された鍵で先輩の部屋にはいった。

 すでに夕暮れ。腹がへったので冷蔵庫の中のビールを飲んだり、ピザを食べた。その日は夜中の二時まで起きていたが宅配便は来なかった。


 いつの間にか畳のうえで寝てしまったらしい。

 窓から柔らかい朝日が差しこむ。温かくて気持ちの良い朝だ。ベランダに鳩が集まっているのかバサバサと羽根の音がする。


 くるっく、くるっく、くるっく……


 鳩が鳴いている。

 かわいいなと思った。

 そういえば窓を開けたまま寝てしまった。

 鳩が入ってきたらどうしようか。ちょっと不安だ。

 しかし眠気がつよくて起きあがれない。


 ボトッ。


 重いものが畳に落ちる音がした。

 もしかして鳩が部屋に入って来たか。

 でもSさんは深く考えなかった。


 くっ、くるっ、くっ、くるっ、くっ、くるっ……


 鳩が寝ているSさんの近くにきた。うるさく鳴いている。

 たまらない。いますぐに起きて追いだす。

 そう思うが、二日酔いで頭がぐらぐらして起きあがれない。

 すると鳩が耳元で。


 くくるぞ、くくるぞ、くくるぞ、くくるぞ……


 あれ?

 おかしい。鳩の鳴き声にしては妙だ。

 鳩だとおもっていたが違った。

 これは女の声だ。細い女の声だった。


 くくるぞ、くくるぞ、くくるぞ、くくるぞ……


 今度ははっきり聞こえた。

 Sさんの耳元で「くくるぞ」と言っている。

 びっくりして起きあがろうとしたとき、Sさんは誰かに首をめられた。

 Sさんはバタバタと暴れた。あお向けに眠っているので見えないが、自分の頭の上になにかいる。そいつが針金で首を締めてくる。Sさんは必死に両手でそいつにつかみかかった。そいつのぐっちょりとぬれた髪の毛にふれる。そいつの首をふれる。それから酷い臭いがした。


「うわあっ」


 たまらずSさんは叫んだ。

 そのとき首をめる力がよわまり、Sさんはガバッと起きあがった。

 まわりを見たがなにもいない。

 Sさんは急いで洗面所に行った。鏡で自分の首をみる。首にはめられたあとがくっきりと残っていた。

 それからすぐに宅配便が来た。荷物を受け取ると、Sさんはすぐ部屋から逃げた。


 Sさんは知っていた。

 あのとき自分の手が誰かのぬれた髪の毛と首にふれた。

 でもそいつは首から下がなかった。

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