第24話 オウム
これは広島県に住む中学三年生のHさんの話。
Hは野球部に所属している。
この学校では夏休みに部活の合宿がある。Hはその合宿を楽しみにしていた。
合宿の日は山奥の別荘に現地集合。ゲームでも本でも好きな物をもってきてよい。
三日間泊まって、部活員同士が先輩後輩ふくめて親睦をふかめるイベントだ。
その別荘の管理者が一緒につくるビーフカレーはとてもうまいし、四人部屋が8個ある。部屋選びは自由だし、好きな友達と泊まってよい。気の合う友達と徹夜で枕投げ合戦ができる。しかも二日目の夜には肝試しなどの楽しいイベントもある。
Hの同級生にIという同じ野球部の部員がいた。
Iは地味だし、痩せて体力もない。野球がうまいわけでもない。
だからHとIはあまり仲が良くなかった。
そんなIが「おもしろいものを見せるから、僕も同じ部屋に入れて」とたのんできた。
興味があったのでHは彼を同じ部屋に入れた。
それで合宿一日目の夜。
Iは着替えの鞄のほかに中身がぱんぱんの大きな
なるほど。それが例のおもしろいやつか。
さっそくHは「中身を見せろ」とねだる。
鳥かごの中には赤色のオウムが1羽いた。
「おもしろいものってそれか?」
「うん。このオウム、父さんの書斎で飼っていたんだけど、おもしろい声で鳴くんだ」
その鳥かごを部屋の真ん中に置いて、半信半疑で待つ。
やがてオウムがしゃべりだした。
『なんでだよ……ふざけんなよ……』
それはオウムとは思えない低い中年男のような声だった。
Hはぎょっとした。
もしや部活のコーチが見回りに来て、怒ってるんじゃないかと錯覚するほど。
おもわずHはハラハラした。
それほどオウムの声には迫力があった。
『なんでだよ、ふざけんなよ、いつも、おればっかり、こんな、ひどいめにあって、ちきしょう、もうなんでだよ』
すごい。
意外なオウムの言葉にHはおどろいた。
「オウムってもっと単純に『おはよ』とか『ばいばい』とか一言だけしゃべるもんだと思っていたよ。こんなに長くしゃべるなんてすげえな」
「うん、でも、おもしろいのはこれからだよ」
とIが言う。
部屋にいる皆が耳をすましてオウムの言葉を聞く。
そのあともオウムは。
『ちきしょう、おればっかり、いつも、こんなめにあって、ふざけんなよ、ちきしょう、もう、いやだなあ、このやろう』
としゃべり続けた。
そして。
ちょうど夜の9時にさしかかったころ。
急にオウムの鳴き声が変わった。
『がたん……ぎし……うー……ぎし……うー……ぎし……うー……』
オウムはそれまでの
「お、おい。なんだよこれ?」
Hが問いかける。
Iはじっとオウムを見たまま答えた。
「僕の父さん、一年前に首吊り自殺したんだ。たぶんこれはそのときの音をオウムが真似ているんだとおもう……」
Iの父親は自分の書斎に閉じこもって、夜の9時に首吊り自殺した。
その事件は近所でも騒ぎになっており有名だという。それは確かなようだ。
このオウムは鳥かごの中から自殺の一部始終を見ていた。
オウムがしゃべっている『がたん、ぎし、ぎし』というのは……。
Iの父親が自分の首に縄をかけ、踏み台を蹴っ飛ばして、首を吊った時の音だ。
ところどころに聞こえる『うー』というのは、首を吊った父親の
『……うー……ぎし……うー……ぎし……うー……ぎし……ぎし……』
『ぎし……ぎし……ぎし……ぎし……』
10分が経過して、とうとう
Hと仲間たちはただじっと無言でそのオウムを見守った。
『ぎし……ぎし……ぎし……ぎし……』
それからまた10分が経過して。
『ぎし……ぎし……ぎし……う、うううぅぅぅぅ」
『うああああああああああ……がたん、ばた、がたん、ばた、がたん、ばた、がたん、がたん……』
オウムが狂ったようにけたたましく鳴き始めた。
一同が
「なんだこれ? 叫び声か? まさか、おまえの親父って生きてるの?」
Hは混乱した。
しかしIは首を横にふった。そしてこう言った。
「20分も首を吊ったままだったんだよ。生きているわけがないよ。しかもあの時は家に父さんしかいなかった。父さんの死体が発見されたのは次の日の朝なんだ」
つまりIの話まとめると。
Iの父親は誰もいない家のなかで書斎に閉じこもって首を吊って自殺した。
たまたま書斎で飼っていたオウムがそれを見ていた。
そしてIの父親は首を吊ってから20分後に『うあああああ』と叫びながら暴れ出したということになる……。
まったく意味がわからない。
それから。
もうこの話はやめようとなった。
合宿は無事に終わり、夏休みも終わって二学期がはじまった。
Iとは何度か話すことがあるが、あの話だけはもう二度としてない。
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