第3話 猫の棲む家


 戦時中の話。

 まだ12歳の少年だったKさんは両親が戦争で亡くなったため、九州の田舎にいる叔母Ýさんの家に疎開することになった。貧乏であるが叔母はそんなKさんを優しく受け入れてくれた。東京から引っ越して来たKさんは九州の田舎の生活が珍しくて楽しかった。

 叔母のÝさんは昼間は畑仕事、夜は伝統的な技法で三味線をつくる職人さんだった。Ýさんは三味線をつくるのがとても上手だ。Kさんもよく三味線をつくる作業を見せてもらった。

 でも高級な三味線をつくるときは猫の毛皮を材料にする。Kさんはそれが気持ち悪かった。いつのまにか叔母を敬遠するようになった。


「仕事があるからちょっと家を出るよ。Kちゃんは先に寝てなさい」


 最近Ýさんは夜になると家を出る。三味線を作りに行くようだ。Kさんも特に何も思わず家でおとなしく寝ていた。

 それから二週間がすぎた。叔母のÝさんはあいかわらず優しい。それには感謝している。Kさんも三味線について問うことはなかった。

 それにあかるい性格のKさんはすぐに田舎の子供たちと仲良くなった。

 ある夕暮れのこと。

 ガキ大将の友達がKさんにこう言った。


「山奥にボロボロの空き家があって、夜になるとそこに化け猫がでるらしい。今夜それを見に行かないか?」


 そこは山奥の廃墟で子供たちから『化け猫小屋』と呼ばれている。

 度胸のあるKさんは面白そうだなと思った。

 それで夜中に叔母が出かけてから、こっそりとKさんも家をでた。

 空き地で友達六人と合流した。

 歌をうたいながら意気揚々と化け猫小屋を目指す。

 1時間ほど山道を歩いて、ようやくその小屋をみつけた。そこはおもっていた以上にボロボロの掘っ立て小屋だった。

 ガキ大将の友達を先頭に、Kさんたちはゆっくりと小屋にちかづいた。それで分かったが小屋の中から『にゃあにゃあ』と猫の鳴き声がする。

 まさか本当に化け猫がいるのか?

 Kさんの胸は期待で高鳴った。

 扉の前までくると今度は中から『ぎしっ、ぎしっ』と縄のしなる音がした。


「もしかして化け猫が俺達を食うために縄を用意してるのかな」


 と誰かが言った。


「そんなわけあるか」


 ガキ大将の友達がきぜんと言い返す。

 それでKさんも勇気が湧いた。

 Kさんが扉を開けるから、みんなでいっせいに中を見ることにした。


「いち、にい、の、さん……」


 Kさんが勢いよく掘っ立て小屋の扉を開けた。

 そのとき皆がぎょっとした。何も言えずに固まっている。Kさんも中を見た。

 小屋の中には何十匹もの猫がいた。

 どの猫も二本足で立っておどっている。楽しそうに三味線を弾いている猫もいた。

 その音楽にあわせて猫たちがおどっている。

 それをみて子供たちはめいめいに叫びながら、暗い山道を転げまわり逃げていった。


 ただひとり。

 Kさんは小屋の前で膝をついて放心していた。

 おどっている猫たちの輪の中で、人が首を吊っている。

 天井のはりから垂れさがる縄が死体ごと揺れて『ぎしっ、ぎしっ』と鳴っている。


 首を吊っているのは叔母のÝさんだった。

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