第38話 猿の夢を見てはいけない


 この話は知人のまた聞きです。

 山口県の山奥で暮らす女性(二児の母)の話です。


 この女性を仮に尚子さんと呼ぶことにします。


 尚子さんは山口県の田舎の山奥に嫁いできた。旦那さんは大きな土地をもつ米農家である。金持ちで大きな屋敷をかまえている。


 尚子さんは妊娠していた。夫は農作業で家をあけることが多い。尚子さんは一人で家事や育児をこなしていた。


 ある日、尚子さんが諸事情で農作業を一人でおこなっていると、裏山から猿の群れがおりてきた。ここでは猿はめずらしくない。畑を荒らす害獣として人々に認知されている。


 猿はやっかいな獣だが、このときは尚子さんを遠目に見るだけで何もしてこなかった。このとき尚子さんは、お腹のなかの赤ちゃんに情けをかけてくれたのかな、と思ったそうだ。


 尚子さんは森の中に去っていく猿の群れを眺めながら、お腹の中の赤ちゃんのことを考えた。


「赤ちゃんも、きっと大きくなって、あの猿たちのように元気に野原を走り回るんだろう」


 尚子さんは思わずそんな未来を想像して、ちょっと嬉しくなった。


 その夜、尚子さんは奇妙な夢を見た。

 夢の中で尚子さんは畳のある和室にいた。電気がついておらずやや暗い。

 尚子さんは畳のうえに横たわっている。まるで金縛りにあっているように体が動かない。周囲からきーきーと耳障りな鳴き声がする。首だけ動かすことができたので周囲を見た。


 部屋のなかに猿がいた。

 なんと尚子さんは猿の群れに囲まれていた。

 猿は尚子さんを取り囲み、じっと見つめている。その目はとても不気味だった。

 尚子さんは怖くなって逃げようとした。しかし体が動かない。声も出せない。


 猿はお互いにヒソヒソ話をしていた。そして一匹の猿がお腹のあたりに近づくと、すっと手を伸ばして来た。


 赤ちゃんを盗まれた。

 このとき尚子さんはそう思った。

 猿はまるで目に見えない透明な赤ちゃんを抱きかかえるように、両手を曲げて、笑い声をあげた。


 尚子さんは目を覚ましたが、その恐怖は現実でも変わらなかった。

 庭に猿の群れがいた。

 猿はこちらをじっと見つめていた。

 その目は、夢の中で見た目と同じで、とても不気味だった。


 恐ろしさのあまり尚子さんは悲鳴をあげた。

 それと同時に陣痛がきた。ちょうど戻ってきた旦那さんに生まれそうだと説明する。急いで救急車を呼んでもらった。すでに猿の群れはいなくなっていた。


 病院に着いたとき、破水が始まっていた。

 すぐに分娩室に運ばれた。


 しかし残念ながら生まれてきた赤ちゃんは死産だった。

 死んだ赤ちゃんは全身に黒い毛が生えており、まるで猿のような姿だったという。それを見た尚子さんは精神に異常をきたした。


 いま尚子さんは精神病院に入院している。精神が錯乱しており、とても人と話せる状況ではない。


 これは尚子さんの旦那が友人に伝えた話である。

 私の知人がその話をまた聞きしたそうだ。

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