第39話 神が宿る卵


 大阪にすむ小学生のTくんの話。

 Tくんの実家(父側の祖父)は九州の某県にある。

 そこは地方都市という感じだ。国道の周辺や駅前は発展して大都会のように見える。

 でもちょっと内側に入れば、そこは森や山ばかり。

 そんな場所でTくんのおじいさんは養鶏所を営んでいた。養鶏所の前は食品工場がびっしりと立ち並んでいるが、なぜか養鶏所の後ろは荒れ放題の森がひろがっている。


 Tくんはいつも疑問に思っていた。

 おじいさんに「なぜ森の開拓しないの」と聞くと、しかめっ面でいつもこう言う。


「あそこは昔から神様が住んでいる。伐採のため重機を入れると、かならず大事故が起こる。だから誰も、あの森を開拓する者はいなくなった」


 おじいさんも、おばあさんも、ときにお父さんも、あの森を嫌っていた。


 そんな森に隣接する養鶏所にはときどき不思議なことが起こる。

 真夜中にニワトリたちが狂ったように騒ぎ出すことがある。

 森を見ながら一斉に「こっこっこっ」と鳴きだすのだ。

 それでもおじいさんもおばあさんも気にしないようにしている。


 ある夏休みのこと。

 Tくんが久しぶりに養鶏所のある実家にやってきた。

 朝早く起きたTくんは近くに林にカブトムシを取りにいった。その帰りにTくんも養鶏所のお手伝いをしたいと言った。

 朝いちばんに養鶏所に入り、おじいさんとニワトリの卵を回収してまわる。


 Tくんがニワトリの卵を集めていると、ひとつだけ奇妙な卵があった。

 その卵は動いていた。何かが中から殻を破ろうとしていた。


 Tくんはその卵を持って、おじいさんに見せに行った。


「この卵うごいている。もうすぐひなが生まれるよ」


 Tくんは嬉しそうに言った。

 するとおじいさんは怖い顔をして、Tくんから卵を無理やりひったくった。

 Tくんはびっくりした。

 おじいさんは無言で卵をどこかに持ち去ってしまった。


 あとからお父さんから聞いた話。

 養鶏所の卵は無精卵だから、ひなが生まれることは絶対にない。

 Tくんは「でも確かに卵から何かが生まれようとしていた」と食い下がった。


 お父さんはこう言った。


「この養鶏所は、あの神様が住んでいるという不気味な森に隣接している。

 そのせいか、ときどき変なことが起こる。無精卵なのに中に何かが宿ることがある。そういう卵は羽化すると恐ろしい祟りを起こすと言われている。だから見つけたらすぐに森に返さなくてはならないのだ」


 これを聞いたとき、Tくんはゾクッとした。

 神様が人を祟るなんておかしいと思った。恐ろしいと思った。

 そして何よりも、あのとき、割れた卵の殻の中から、人間の女の髪の毛のような、しっとりとした長い毛が垣間見えたのを思い出して、震えが止まらなくなった。

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