第37話 電車の窓の外に


 これはSNSで知り合ったAさん(35歳・男性)の話です。


 Aさんは東京都内のIT企業に勤めている。

 Aさんは新しく発注した製造工場の機械の制御をするプログラムの仕事をしていた。納期が近くなると残業は当たり前。深夜遅くに帰るのが日常になっていた。


 その日もAさんはくたくたで終電に乗った。周囲に人はいない。静かな電車の中にAさんだけ。


 電車は暗いトンネルの中を走っていた。窓の外は真っ暗で何も見えない。

 Aさんは強い眠気に襲われてウトウトしていた。


 ドンドン。


 窓の外から音がした。何かが窓にぶつかっている音がした。

 ふと目が覚めて、窓の外を見た。

 暗いトンネルの中を、電車に並行して何かが泳いでいた。

 見間違いだろう。Aさんはそう思った。トンネルを抜けると何も見えなくなっていた。


 また電車がトンネルに入る。今度は長いトンネルだ。

 そして窓の外から「ゴンゴン」と音がした。

 Aさんはまぶたをこすって、もういちど窓の外を見た。


 やはり何かが泳いでいた。

 それは大きな魚だった。


 魚は電車と同じ速さで空中を泳いでいた。その魚の姿はとても不気味だった。


 Aさんは思わず息を呑んだ。


「なんだあれは?」


 Aさんは不安な気持ちになりブルブル震えた。

 魚は電車の窓にぶつかる寸前で姿を消した。電車はトンネルを抜けて地上に出た。Aさんはふたたび窓の外を見た。

 魚の姿はなかった。やはり幻覚だ。疲れているんだ。

 Aさんは電車をおりて家にむかった。Aさんは家につくと、そのままベッドの中にもぐりこんだ。


 そして目を閉じて魚のことを考えた。


「あれは本当に魚だったのだろうか?」


 Aさんは眠りに落ちるまで魚のことを考えていた。そして思い出した。よく見るとあれは魚ではなかった。背びれと腹びれに見えたのは、べろんとめくれた皮膚。尾びれに見えたのは、肉が削げ落ちた人間の足の骨。一瞬だが、確かにそう見えた気がした。


 Aさんはその日から電車に乗るのが怖くなった。

 深夜の電車に乗る時は、いつも窓の外を気にしてしまう。

 またあの魚に会ったらどうしようと恐怖を感じている。

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