第26話 豚マスク
山登りが好きな職場の上司Оさんから聞いた話。
Оさんは知り合いからのLINEで、男4人女3人でキャンプに行くことになった。
いわゆる合コンみたいなものだ。Оさんは結婚しているので、合コンには関心がなかったが、テントの張り方とかバーベキューの焼き方とか、キャンプの知識に詳しかったので、ぜひ来てくれとさそわれた。
場所は群馬県の境にあるT川岳。いつもキャンプ客でにぎわう絶景の山だ。ただ深い森と険しい崖がいくつもあり、
いざ出発の日になると、おおいに盛り上がった。
ハイエースの中でみんなで駄弁りながら旅行に行くのは楽しかった。
高速道路に入り、途中のパーキングエリアでトイレ休憩をした。女の子達がコンビニでコーヒーを買ってきてくれるという。
男4人で車内で待っていると、そのなかの
「面白い物みせてやるから、ちょっと後ろに来いよ」
外に出て車の後ろにいく。トランクのドアを開けると広い荷台になっている。バーベキュー機材やテントの用具に混じって奇妙なダンボール箱があった。
「えっ? なにこれ?」
Оさんがたずねる。
するとK太は含み笑いを浮かべて言った。
「今夜、男女ペアになって肝試しするだろう。二人で暗い山道をグルッと歩いているとき、このマスクをかぶって背後から脅かすんだよ。そうすりゃ、女の子がきゃあっと叫んで男に抱き着くだろ。絶対楽しいだろ」
箱の中身は、すごいリアルな造形の
それに赤いペンキをぬって血にみたてた作業用のゴム製エプロン。
おなじく赤いペンキをぬって血にみたてた金属バット。
なんというか映画に出てきそうな殺人鬼の衣装だ。
男女ペアが肝試しに行っているあいだ、男の誰かがこれを着て、背後から驚かすのだという。男は全員これを知っているが、女の子たちは知らない。
馬鹿げているが、それはそれで楽しそうだ。
それから再び高速道路を走って、ようやくT川岳に着いた。
それで男女で良いムードになりたいわけだから、あえて賑わうキャンプ場から離れた場所にテントを張ることにした。
そこは沢と森にかこまれた場所だった。もうこの時点で男女ともに良い関係になっており、肝試しを楽しみにしていた。
シェルターテントと呼ばれる大型テントを二つ持ってきたので、男用と女用で分けて使うことにした。
とりあえずテントが一つ完成した。その頃には夜になり暗くなっていたのでバーベキューを始めようということになった。
Оさんもバーベキューで少し食べてから、続きをやろうということになった。
でもしばらくすると雲行きがあやしくなり、ついに雨が降り出した。
山の天気は変わりやすい。そのことをОさんは知っていたが、これは予想外だった。
バーベキューの機材はそのままに、食材をもってテントの中に避難した。ちょっと寒くなったので温かいコーヒーを飲みたいと一人の女の子が言った。
ガスコンロを取り出すと、肝心の電池が入ってない。
「受付の山小屋のとなりにコンビニがあったよな」
「あったね。電池も売っているね」
「ここからだと、走っても戻ってくるのに1時間はかかるな」
「しゃーない。誰が買いに行く?」
じゃんけんで決めることにした。
その結果、あの
「なんだよ、俺かよ。しょうがねえな。それじゃついでにビールも買ってくるぜ」
ビールが飲みたいというK太の要望にこたえて、多めにお金を渡した。外は夜だし雨が降っており真っ暗だから懐中電灯も一緒に渡した。
K太がテントを出てから30分が経った時だろうか。
テントの外で足音がした。
だれかが雨でぬかるんだ地面をバチャバチャと音をたてながら歩いている。
テントの周りをグルグルと。
「K太なの? 帰ってきたの?」
女の子の一人がたずねるが返事なし。
それから外にいる奴がテントの入り口の前で止まった。
ゆっくりと入り口のチャックが開く。
皆が
チャックの
Оさんは「うおっ」と叫んだ。他の男たちも
女の子たちはみんな顔が引きつっていた。
そいつはすぐに顔をひっこめた。
そしてまたヒョコッと顔を出した。
何度も、何度も、顔をひっこめたり、出したりを
Оさんは気づいた。
あれは本物の豚じゃない。肝試しに使うために持ってきた豚のマスクだと。
そいつは何が楽しいのか、無言で顔を出したりひっこめたりしている。
そのうちに今度は両手を顔の前でぶらぶらさせて幽霊のポーズを取りながら、ヒョコッと現れたり。
その次には両手で顔を隠しながら現れ、バッと手を放して『いないいないばあ』をやったり。
男の一人が怒鳴る。
「おまえ、K太だろう! ふざけんなよ! そのマスクは肝試しまで取っておく約束だろ!」
つづいて他の男衆も。
「そんなことやってないで、早く電池買ってこいよアホ!」
「ぜんぜん笑えねえよ! おめえのせいで肝試しが台無しだ!」
しかしそれを見て、しまいに泣き出す女の子もいたり、テントの中は
「おまえ、まじでふざけんなよ!」
とうとう男の一人が立ち上がり、そいつに
男たちがいっせいにテントの外に出る。雨はやんでいた。
暗闇の中、泥に足をとられながら車を見に行く。
とそのときだ。
「よお、おまえら何やってんだ?」
K太だった。
手にはコンビニ袋をもっていた。
いつものひょうひょうとした顔をしている。
「おい、おまえマスクかぶってテントに来ただろ」
男の一人が問い詰める。
K太は一瞬ぽかんとしたあと、眉をひそめて言い返した。
「はあ? なに言ってんだよ? 俺はダッシュでコンビニに行ってきたんだぞ。そんな
まあ確かにその通りである。
ここからコンビニまで遠い。走っても買って戻ってくるのに50分かかる。
だからコンビニいくふりして車から豚マスクを取り出し、テントにもどってくる。
数分間、テントの中に顔をヒョコヒョコ出して皆を驚かせたあと、またコンビニに行って電池を買ってくる。
この短時間で、そんなことをするのは不可能だ。
もちろん車の鍵はОさんが持っているので、車は使えなかったはず。
だとしたら誰か知らない奴が車内に侵入して豚マスクを盗み、それをかぶってテントに現れたということになる。
皆でその犯人を捜すことになった。
それからすぐに。
テントの周囲の泥に、
大きな岩がごろごろ転がっている沢を散策すると。
K太が前を指差した。
「おい。あの岩の
豚マスクをかぶった人影がうずくまっている。
皆がいっせいに懐中電灯を当てた。そして女の子が悲鳴をあげた。
それは死体だった。
その死体はなぜかОさん達の豚マスクをかぶっていた。
あとから警察がきて、それが滑落事故による死亡者だと判明した。
すでに死亡して数年は経っているとのこと。
なぜならその死体は腐敗が進み、半分骨になっていたから。
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