第28話 ドッグセラピー
セラピー犬は学校や病院などに
これはセラピー犬の育成と派遣の仕事をしているYさんの話だ。
Yさんは黒いラブラドール・レトリバーをセラピー犬として育成している。
このラブラドール・レトリバーはマロンという名前の二歳の
マロンは
これまで100回を超える
そのためYさんとマロンはドッグセラピーを
その日、Yさんはがん患者の病棟の慰安活動のために東京のある病院をおとずれた。
さっそくマロンを連れて病室をまわる。患者は黒いラブラドール・レトリバーが珍しいのかニコニコ笑いながら背中をさすっている。
もちろん触られてもマロンはおとなしくいる。ラブラドールはもともと静かな犬であまり鳴かない。
そして最後に70歳になる高齢な患者の病室を訪れた時のことだ。
病室の扉の前に来ると、おとなしいマロンが急に吠えはじめた。
Yさんはとても驚いた。今までこんなことはなかった。人間を見ても吠えないようにしっかりとセラピー犬として躾けてきたのに。
だがマロンは激しく吠えている。
そのうちにマロンは
それはまるで中年男性がだみ声で笑ってるような鳴き声だった。
とても犬の鳴き声とは思えない。いつもならマロンは『くうん、くうん』と上品に鳴く。今まで決してこんなふうにだみ声で鳴いたことはない。
しかもマロンの顔は鼻のうえにシワがよって、正面から見るとまるで人間の老人のような顔になっていた。
もうYさんは心からびっくりして、マロンを止めようとした。
しかしマロンはYさんを振り払って『げへへへ』と下品なだみ声で鳴くばかり。
結局その日は慰安活動は中止になった。かわりに他のセラピー犬がやってきた。
Yさんは仕事が終わってからすぐに動物病院をおとずれた。
何か異物を呑み込んでしまったのかもしれない。そう思ったからだ。
しかし獣医に診せても何の異常も見当たらなかった。
あとから聞いた話だが、あの病室にいた70歳の患者はその日の夜に急死した。
それから一週間後にまた別な病院の慰安活動が依頼された。
Yさんは気を取り直してマロンと関東のある病院にむかった。そこは古くてこじんまりとした病院だった。
そこのがん患者の病棟をいつものようにまわる。
するとある病室の前で、またマロンが激しく吠えた。
そのうちに喉が枯れて『げへえ、げへへほ』とだみ声で笑い始めた。
そのときもマロンは鼻のうえにシワが寄って、正面から見るとまるで人間の老人のような顔になっていた。
Yさんは驚いてマロンを止めようとした。
しかしマロンは病室の扉の前で下品に笑い続けている。
結局その日も慰安活動は中止になった。他のセラピー犬がやってきた。
これもあとから聞いた話だが、その病室の女性は数時間後に容態悪化で急死した。
Yさんはひそかに怯えている。
今までマロンは100回以上も問題なく慰安活動を続けてきた。なのになぜ急にあんなだみ声で鳴くようになったのか。なぜあんな変な顔をするようになったのか。
マロンは普段は大人しくて可愛らしい犬だけど……。
また病院に慰安活動にいった時に、あのだみ声で笑いだしたらどうしよう。
あのシワくちゃな老人顔になったらどうしよう。
そしてなによりも。
いまマロンがシワくちゃな老人顔でげらげら笑いながらこっちを見ているのなぜだろう……。
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