第29話 舐められた手


 これは広島で暮らす女子大生Aさんの話。


 あるアパートの3階に女子大生Aさんが住んでいました。

 Aさんは二十歳の女性でひとらしで、なにかと不安の日々を送っていました。

 そんなある日のこと、大学のサークルの友達Bさんに、旅行に行くから飼い犬を2日間あずかってほしいとたのまれました。

 Bさんが飼っているのは可愛らしい小さなトイプードル犬です。

 動物が好きなAさんは、こころよく引き受けました。


 その晩のこと。

 季節外れの嵐で窓がガタガタれています。トイプードル犬は、その音におびえて、しきりに窓に向かってワンワンとえています。

 しかし犬にかまってやる時間はありませんでした。

 Aさんは今晩中に終わらせなければならないレポートがたくさんあったからです。

 とにかく必死でレポートを書きました。


 ようやく書き終わったころには、真夜中の1時を過ぎていました。

 明日は朝いちばんに講義があります。レポートの発表もあるので寝過ごすわけにはいきません。とりあえず玄関に鍵をかけて寝ることにしました。寝る前にトイプードル犬の頭をなでると、甘えたように、その手のひらをペロペロとなめてきました。


 Aさんは「可愛いなぁ」と心の底から思いました。

 それから疲れ切ってベッドに横になりますが、なかなか寝つけません。

 しかたないのでスマホでネットニュースをながめていました。


 おどろいたことに……。

 この近くで通り魔事件があったようです。

 女性が何人か刃物で切り殺されたとのこと。犯人はナイフを所持しており、いまだ見つかっておらず。警察が捜索中。

 急に怖くなったAさんはベッドの下を見ました。

 トイプードル犬が丸くなって寝ています。

 それを見て安心して、Aさんもいつのまにか寝てしまいました。


 ガタン!!

 どれくらいったでしょうか。

 大きな音がしてAさんはハッと目が覚めました。

 部屋の中は真っ暗。外はあいかわらず風がごおごおとうなっています。大きな音がしたのも、きっと風のせいでしょう。

 枕の横の目覚まし時計をみると、まだ夜中の3時。

 ふとトイプードル犬のことを思い出し、Aさんはベッドの下に手を伸ばしました。




 真っ暗で何も見えませんが、そこにいるはずのトイプードル犬が、ペロペロと手をめてきました。

 Aさんは安心して、ふたたび眠りにつきました。




 それから朝になりAさんは目を覚ましました。

 トイプードル犬がどこにもいません。

 Aさんは犬を追ってあちこち探しました。

 そして最後に浴室を見に行ったAさんは、おもわず悲鳴をあげました。

 バスタブの中にトイプードル犬の死体があったからです。

 かわいそうに刃物で首を切断されていました。浴室は壁も床も血まみれでした。


 Aさんは近くのコンビニに走って逃げて、警察を呼びました。

 けつけた警察と一緒に部屋に戻ると……。

 警察がクローゼットに隠れている不審な男を見つけました。

 その男は刃渡り30センチの大きなナイフを持っていました。

 あの連続通り魔事件の犯人だったのです。

 その男は台所の窓を割って中に侵入したとのことでした。


 もしもクローゼットを開けていたら、犯人と目が合って、Aさんは間違いなく殺されていたでしょう。


 警察に手錠てじょうをかけられ、パトカーに乗せられる瞬間しゅんかん、その男はAさんにむかって言いました。


「人間だってめるんだよ」

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