第10話 赤い毛布をかぶった男
昭和21年(1946年)12月に発生した昭和南海地震のときの話。
昭和南海地震とは四国南方沖を震源に、三重県などで大きな被害をだした地震である。
当時三重県
時刻は午前四時。
奇跡的にも屋根の瓦が落ちるだけですんだ。
妻と2人の子供に怪我はなかった。
しかしFさんのすんでいる
まだ若い医者のFさんはとても責任感のつよい真面目な人だった。
彼は寝る時間もおしんで怪我人の治療をした。彼の献身的なおこないで、子供をふくむ大勢の人がすくわれた。
Fさんは警察や消防士からも、怪我人からも、その家族からも、大勢の人から尊敬され同時に感謝されていた。
地震発生から4日後。
Fさんはその日もずっと怪我人の手当てをしていた。夜遅くに家に帰ってきた。ぐったりして食欲もない。
妻にことわってそのまま布団で
妻も日ごろからFさんの手伝いをしていたので疲れていた。
だから家事の手伝いに来ていた近所のお婆さんに風呂場の掃除と食器洗いを頼んで、自分も寝ることにした。
真夜中の0時ころ。
とつぜん玄関の戸を叩かれた。
家事手伝いにきていたお婆さんが玄関をあけた。
外には赤い毛布を頭からすっぽりかぶった男が立っていた。
その男はお婆さんにこう言った。
「すいません。山奥の小屋に怪我人が大勢います。医者のFさんを呼んでくれませんか」
それは大変だとお婆さんはFさんを起こしにいった。
真面目で責任感のつよいFさんである。それは放っておけないと急いで着がえて寝室から出てきた。
Fさんはお婆さんにむかって。
「すまないが家内と子供たちをたのむ。俺が戻ってくるまで家の番をしておくれ」
といった。
お婆さんは頭をさげてFさんを見送った。
Fさんは赤い毛布をかぶった男と一緒に暗い夜道へと消えていった。
お婆さんは胸騒ぎがした。男の身なりがどうにもあやしかった。もしかしたら強盗かもしれない。嘘をついてFさんをさらったのかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。でもお婆さんは待つことしかできなかった。
しばらくすると妻が起きてきた。子供たちも不安で起きた。
ずっと待っているがFさんは帰ってこない。
それからまた玄関をたたく音がした。
扉をあけると、また赤い毛布を頭からすっぽりかぶった男が立っている。
「すいません。山奥の小屋に怪我人が大勢います。Fさんが手が足りないから妻も呼んで来てくれと言ってます」
男が言った。
妻はお婆さんにむかって。
「夫が心配なので私も行ってきます。子供たちをよろしくお願いします」
妻は赤い毛布をかぶった男と一緒に暗い夜道へと消えていった。
お婆さんは子供たちを寝かせ、玄関の前でFさん達の帰りを待った。
しかしいつまでたっても帰ってこない。
それからまた玄関をたたく音がした。
扉をあけると、また赤い毛布を頭からすっぽりかぶった男が立っている。
「すいません。山奥の小屋に怪我人が大勢います。それでFさんが手が足りないから子供たちも呼んで来てくれと言ってます」
お婆さんはおどろいた。
こんな真夜中に? 子供まで連れていくのか? 本当にFさんがそう言ったのか?
いよいよお婆さんはおかしいと思った。それでこう返した。
「もう夜中だ。子供たちは寝ているから無理だ」
しかし毛布の男はしつこく言う。
「山奥の小屋に怪我人が大勢います。手が足りないから子供たちも呼んでこいと言われました」
お婆さんは
「だめだ。もう夜遅い。子供たちは寝ているんだから行けない」
「怪我人が大勢いる。手が足りないから子供たちも呼べと言われた」
と男は大声をだす。
しかしお婆さんは
「だめだ。夜遅い。子供たちは寝ているから行けない」
押し問答をしているうちにすっかり夜が明けた。
すると毛布の男はあきらめてどこかに去っていった。朝になってお婆さんは警察をたずねた。
怪我人が大勢いるという山小屋は警察も知らなかった。警察が山をくまなく捜索したがそんな小屋はどこにもなかった。
医者のFさんとその妻はいまも行方不明だ。死体もみつかってない。
そのお婆さんがまだ生きていたころに、こんなことを言っていた。
山にすむ
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