第33話 ひさらきさん
学校といえば怪談話。
たとえばトイレの花子さんとか、音楽室の夜にひとりで鳴るピアノとか。きっと一度はそんな怖い話を聞いたことがあるでしょう。
でも私がこれからみなさんにお話するのは、そんなありふれた定番の怪談話ではありません。あまり聞いたことがない、とても奇妙で不気味な話です。
これを話してくれた友人を仮にAさんとします。
彼は自分が体験したこの話のせいで、成人した今も同級生たちと仲が悪いそうです。
Aさんがまだ小学5年生の夏ごろ。
たびたびある怖い夢を見ていました。
Aさんは夢のなかで机に座っています。よく見た机と椅子。どうやらここはいつもかよっている学校の教室です。日が落ちて薄暗い教室のなかに座っています。
不安になってまわりをキョロキョロと見回します。
教室のなかには10人くらい生徒がいます。みんなうつむいて算数の問題を解いています。そこでAさんもあわてて問題集にとりくみます。
夢のなかでAさんはこの算数の問題をぜんぶ解かないと家に帰れないと認識しています。
がんばって勉強が半分ほど終わった頃でしょうか。
きんこんかんこーん!
教室のスピーカーから急に鳴り出します。
Aさんはビクッとしました。それは耳がおかしくなるほどの不調和音でした。あまりにも不自然です。その音を聞くとわけのわからない不安にかられました。まわりの生徒たちも不安そうにスピーカーを見ています。みんな明らかに動揺しています。
「学校に残っている生徒と先生にお知らせします。ただいま二階の廊下にひさらきさんが現れました。生徒のみなさんは見つからないように隠れてください」
それは校長先生の声でした。いつもの陽気な校長先生とは思えない暗い声です。
放送が終わったあと、黒板の前に立っていた先生がこう言います。
「ちょっと先生が見て来るからお前達はここにいろ」
そして先生は教室から出て行ってしまいます。
しかしいつまで待っても先生は戻ってきません。生徒の何人かは教室のドアを開けて廊下をのぞきます。Aさんもドアの隙間から外をのぞきました。
真っ暗な廊下に先生はいません。
「いる!」
「ひさらきさんがいる!」
「見えた」
「ひさらきさんがこっち来る」
他の生徒が真っ暗な廊下の奥を指差します。ひとりが叫ぶと、他の生徒も「ひさらきさんだ!」と叫び始めました。そのときAさんにもはっきり見えました。
非常階段の照らす明かりの下に何か立っているのを……。
そいつは妙に生々しいリアルな形のチンパンジーの着ぐるみでした。
そいつは太い毛むくじゃらの腕でなにか引っぱっています。
よく見るとそれは皮膚が真っ赤に焼けただれている先生でした。
まるでぼろ雑巾のようにぐったりした先生を、そいつは引っ張りながらこっちに向かってきます。
「やばい。あれに捕まったら殺される」
そのときAさんはそう感じました。
窓から外に逃げようとしたとき、Aさんはハッと目を覚ましました。
こういう夢をときどき見るのです。気味わるいですが、しょせんは夢なので、それいじょうのことはありませんし、Aさんもあまり気にしませんでした。
ある日、国語の授業で「自分の関心のあることから題材を決め、自分の考えを読み手が納得できるように工夫して文章を書く」という言語活動のいっかんをやることになりました。
先生としては自分の意見を文章にして他人に伝えることがいかに難しいかを生徒に教える大事な授業でした。
ということで「最近みた夢」を題材に作文を書いて一人ずつみんなの前で発表する、そして先生が一人ずつ作文の感想を言うという授業をすることになりました。
普通なら、友達と遊んでいる夢とか、家族と旅行にいく夢とか、おいしいお菓子をいっぱい食べる夢とか、そういうものを書きますね。クラスの他の生徒はそんなことを書きました。
でもAさんはひょうきんでお調子者の性格をしてました。
あのチンパンジーの着ぐるみの夢を書いてみよう、そしてみんなに茶化されて笑って和気あいあいな雰囲気にしてやろうと考えました。
そして三日後。
国語の授業で発表する日でした。
やはり他の生徒は友達と遊んだ夢とか、家族と旅行にいく夢でした。
Aさんの順番になり、Aさんが発表します。お調子者のAさんはニヤニヤしながら自分の見た夢を語りました。
ところがです。
最初は笑いながら聞いていたクラスの生徒たちが、しだいに無表情になり、やがてうつむいていしまいました。
まだAさんが話している途中だというのに、ひとりの女子生徒がガタンと立ち上がり。
「ひさらきさんのことは言っちゃダメなんだよ!」
と怒鳴り、泣き出してしまいました。
Aさんは「えっ」と思いました。
クラスの生徒がAさんを睨みながらひそひそ話しています。
「チンパンジーの着ぐるみってひさらきさんのことでしょ」
「その話はしちゃダメなのに」
しまいには教室中の生徒が立ち上がり天井に向かって叫ぶます。
「ひさらきさん、ごめんなさい」
「ひさらきさん、ごめんなさい、ゆるしてください」
と叫び出したのです。
いきなり教室のうしろの扉がバンバン叩かれました。
Aさんが振り向くと、よそのクラスの生徒が4、5人いて鬼のような形相で扉をバンバン叩いています。
彼らはAさんを恐ろしく睨みつけながら。
「ひさらきさんの話をするな!」
「ひさらきさんの話をするな!」
とわめいているのです。
Aさんはますます訳が分からなくなりました。
このときAさんは「ひさらきさん」という名前を出していません。お猿の着ぐるみとだけ言いました。
なのにクラスメイトは全員それを「ひさらきさん」と呼んだのです。それのことをよく知っているのです。廊下でわめいている他の教室の生徒でさえも……。
今までだれも「ひさらきさん」のことを一度も話題にしたことないのに。全員それを知っているのです。
自分はしてはいけないことをしてしまった。
Aさんはそう思ってだんだん怖くなり、ひざがガタガタ震えてしまいました。
そのとき。
先生が「みんな静かにしなさい」と叱ります。
先生はパニックになった生徒たちを椅子に座らせています。
他の教室の先生も気づいて、事態の対応におわれました。
昼休みにAさんは先生に呼ばれました。
職員室にいくと、そのまま奥の応接室に通されました。ガラスのてーテーブルをはさんでソファに座りました。
先生はタバコを吸いながらAさんの書いた作文用紙を眺めていました。先生が神妙な顔で言います。
「なんで教室がパニックになったんだろうな? お前は理由わかるか? ほら、お前はお調子ものだから、また何かみんなの恨みでも買ったのかと思って聞いてみたんだけど」
「わかりません」
「そうだよなぁ。先生も分からないんだよなぁ」
といいながら先生も首をかしげています。分からないと言いながらも先生は口元をゆるめてホッとしている様子でした。
Aさんは怒られるのかと思い、ドキドキしていました。しかしそれいじょう何も話はありません。
「わかった。もう戻っていいぞ」
先生にそう言われてAさんは静かに立ちあがりました。
そして応接室から出てドアを閉める瞬間、Aさんは見てしまいました。
先生がAさんの作文用紙をビリビリにやぶって細かくちぎっているのを。
しまいには紙片を集めて灰皿に入れライターであぶっているのを。
それからというもの。
Aさんは軽いイジメにあっています。
なんとなくクラスのみんながAさんによそよそしいのです。声をかけても絶対に目を合わせてくれない。それどころかうつむいて顔も見てくれない。
それは卒業するまで続いたそうです。
そして今も……。
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