第8話 猫女坂


 毎晩ジョギングしている会社員Aさんの話。

 Aさんはダイエットのために、夕食後にジョギングをしている。職場にいけば昨日は何キロ走ったと自慢していた。


 会社の同僚Bさんもジョギングが趣味だ。Aさんと気が合う。

 そんなBさんが面白いことを言ってきた。


「うちの娘から聞いたんだが。この先の山に神社へ続く坂道があるだろう。そこにお化けがでるって噂だよ」


「なんの話ですか、それ?」


「いや俺も初めて聞いたよ。裏山の坂道だよ。お前も知ってるだろう。あそこはかなりの確率で遭遇する心霊スポットらしい」


「やめてくださいよ。俺、怖い話は苦手なんですよ」


「いや、だからただの噂だよ、気にすんな。それで面白いんだよ。その坂道には猫の顔をした幽霊がでるらしい」


「猫の顔をした幽霊?」


「俺も詳しくは知らないけど。本当にでるらしいぞ」


「ちょっと興味がありますね。今夜見にいこうかな」


 これは楽しみだとAさんは思った。

 仕事が終わり家に帰ってきたのは夜の10時すぎ。

 風呂に入り夕食を終えた頃にはすでに11時をこえていた。

 まだ寝るのは早い。ジョギングにいこうとAさんは思った。

 ジャージに着がえて家を飛び出す。町をぐるっと走った。それからAさんはあの裏山にやってきた。目の前に細い坂道がある。林道で人の気配はまったくない。


 Aさんは昼間のことを思い出した。

 夜になるとこの坂道には猫の顔をした女の幽霊が出るという噂だ。

 おもしろい。

 Aさん息を整えて軽いフットワークで林道に入っていく。もちろんあたりは真っ暗だ。街灯はない。


「懐中電灯を持ってこれば良かったなぁ」


 とAさんは後悔した。

 しかし今さら帰って取って来る余裕もない。真っ暗だがこのまま走ることにした。


 ふと前を見ると。

 数メートル先に誰かいる。

 Aさんは目を凝らした。

 紫色の着物をきた女が背中をむけて坂道に立っている。

 こんな時間になんだろう。Aさんはその女性に声をかけた。

 その顔をみてAさんは悲鳴をあげた。転げるように家に走って行った。


 翌朝。

 Bさんが会社の事務室でコーヒーを飲んでいると、げっそりとした顔のAさんがやってきた。挨拶をするがAさんはうつむいて震えている。


「おまえ、もしかして神社の坂道に行ったのか?」


 Bさんがたずねる。

 Aさんは黙ってうなずいた。


「それで猫の顔をした女の幽霊を見たのか?」


 またBさんがたずねる。

 Aさんはこう言った。


「真夜中の11時すぎにジョギングにいきました。

 それで昼間の話を思い出して神社の坂道に行ったんです。

 そこに紫色の着物をきた女がこちらに背を向けて立ってました。

 声をかけたら女が振り向いて。見たらその顔は猫でした。

 いや、すべて猫でした。

 数十匹の猫がたがいにおり重なり、からまり合って人間の姿形すがたかたちをしていたんです。

 それから猫たちはわあっと崩れていっせいに逃げていきました。

 蜘蛛の子を散らすように四方に散らばって。

 あとには紫色の着物だけが坂道に落ちてました……」

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