第43話 獏の置き物

 ある30代OLの話。

 彼女のことを仮にCさんと呼びます。


 Cさんは骨董品を集めるのが趣味だ。ネットで県内外をとわず、骨董品店を調べて訪問する。そして気に入ったものを買いまくる。

 その日もCさんは県外のある古い骨董品店をおとずれた。

 その一番奥の棚に、ぽつんと置かれている古い木彫りの置き物に目が入った。


 置き物といえば鮭をくわえた熊の木彫りの置き物が有名である。


 だがその置き物は違った。


 熊に似ているがまったく違う。

 長い鼻と細い体。目を細めてまるで笑っているようにも見える表情の動物。

 店主に聞くと、それは獏の置き物だという。獏とは空想上の生物である。悪夢を食べてくれるという言い伝えがある。大変縁起の良い動物だ。


 一目惚れしたCさんは、その置物を購入した。


 その夜、長旅で疲れたCさんは早めにベッドに入った。


 Cさんは大空を飛ぶ夢を見た。とても気持ちの良い夢だった。

 朝になり目を覚ますと、部屋の隅に置いた獏の置き物がじっとCさんを見つめている。


「あれ、おかしいな」と思ったそうな。


 寝る前は獏を横向きに置いていた。

 なのに朝になったら、獏は正面を向いている。じっとCさんを見ている。


 次の日もCさんは夢を見た。

 空を飛ぶ夢だ。いま自分が住んでいる町を空から眺める夢。とても楽しかった。


 しかし、目が覚めると、部屋の隅に置いた獏の置き物が、またもやCさんを見つめている。それがなんだか気持ち悪かった。


 それからも毎晩、Cさんは同じ夢を見た。夢の中でCさんは空を飛んでいた。美しい夜の街を眺めながら。気分が高揚した。しかし、目が覚めると、獏の置き物が自分を見つめている。


 Cさんは、獏の置き物が自分に何か訴えているのではないかと思うようになった。


 そして、ある日、Cさんは置き物を手に取って、よく調べてみた。すると、置き物の底に小さな文字が刻まれていることに気がついた。


 それは見たことのない文字だった。

 漢字のようにも、カタカナが合わさっているようにも見える文字。目や呪という漢字がいくつも合わさっているように見える文字列。判読不能。



 Cさんはそれが不吉なものに見えた。そこには何か恐ろしいことが書かれているように感じた。


 その文字がずっと頭の片隅に残り、Cさんを苦しめた。だんだん気味が悪くなってきた。



 そしてある日、Cさんは置き物を捨てることにした。

 新聞紙に包んでガムテープでグルグル巻きにしてゴミ袋に詰めた。

 ゴミ捨て場に持って行った。




 この話を私にしてくれたあと、Cさんは深いため息をついた。

 彼女の顔はやつれていた。

 獏の置き物を捨てたその日から、Cさんは悪夢を見るようになった。悪夢の中で、Cさんは血走った目の大きな獏に追いかけ回される。そしてついには噛み殺されてしまう。


 最後にCさんはこう言った。



「私は、もう獏の置き物のことは思い出したくありません。しかし、あの置き物を捨てたあの日から、私は毎晩悪夢に苦しめられています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

動物にまつわる怖い話〈祟〉 淵海 つき @Sinkainolemon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ