第1話 電信柱の上にとまっているもの


 新人漫画家Aさんの話。

 Aさんは古いアパートの二階に住んでいる。窓の外にはちょうど電信柱の天辺が見える。そこによくカラスがとまっていた。いつも「カアカア」とうるさく鳴いていた。

 夏のある日、Aさんは編集者のTさんと次に書く連載漫画の相談をしていた。

 エアコンもなく部屋の中は蒸し暑い。しかもカラスがうるさい。

 Tさんは額の汗をハンカチでふきながら。


「カラスを殺す漫画を描いてみないか?」

「カラスを殺す漫画?」

「どうだ。面白そうだろう」


 正直Aさんは気が進まなかった。しかしけっきょく次の連載漫画はそれに決まった。翌日からAさんは必死に原稿を書いた。

 トイレに行こうと立ち上がったとき、ふと窓の外から視線を感じた。


 あの電信柱の天辺にたくさんのカラスが止まっている。

 Aさんをジィッと見ている。

 Aさんは嫌な汗がながれた。それをきっかけにAさんの周囲で不気味なことが起こり始めた。アパートの玄関の先にカラスの羽根が落ちている。台所のシンクの中にも羽根が落ちている。箪笥たんすの中にも。

 真夜中の二時にとつぜん電話が鳴る。出ると受話器の向こうからカラスの鳴き声がする。


 ついにAさんは心を病んでしまい部屋に引き篭もるようになった。

 ある日の夜、編集者のTさんが心配してAさんをたずねてきた。

 鍵はかかってない。中は真っ暗だった。窓には新聞紙がびっしりと貼りつけてある。Aさんを呼ぶ。押入れから音がした。

 Tさんがガムテープの貼ってあるふすまをこじ開けると、中にAさんがいた。


「どうした? 連絡がないから心配したんだぞ?」


 Tさんが怒った。

 しかしAさんは黙ったまま震えている。

 押し入れから出そうとしても激しく抵抗する。

 やがて観念したAさんが新聞紙でふさがれた窓を指差して言った。


「真夜中の二時頃になると、いつも『ぐわあ、ぐわあ』と野太いカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 ちょうどあの電信柱の天辺から。

 最初は俺も無視していたんだけど……それが毎晩きこえてくるから気になって……。

 昨日の夜、とうとう俺は窓の外を見た。

 そしたら居たんだよ、あれが! 電信柱の天辺に子供が立っていた!

 いやちがう……子供かと思ったんだけど……あれは子供じゃない……。

 あれは裸で全身にびっしりと隙間なく黒い羽根が生えていた。顔にも隙間なく黒い羽根が生えていた。目も鼻も口もない。だけどそいつはじっと俺を見ていた。

 いまも窓の外にへばりついて中をのぞいているんだよ……」


 そのときTさんはガムテープが貼られた窓の外から、何かがコンコンと叩く音を聞いたという。

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