第13話 炎と蛇の夢


 大阪の劇場でミュージカル女優をやっているMさんの話。

 Mさんは幼いころから不思議な力があった。


 それは予知夢の能力だ。


 一番最初にその夢に気づいたのは中学生のときである。

 80年代、父の働いている商社がバブル崩壊で破綻した。そのときMさんの夢のなかにへびがあらわれた。

 そう。あの細くてニュルニュルしたへびだ。

 夢のなかで黒い蛇が自分の尻尾を食べていた。


 Мさんがその黒い蛇の夢をみると、数日以内に身の回りでよくない事が起こる。

 近くで火事が起こったり、友達が事故にあったり、近所の家に泥棒が入ったり。

 リーマンショックで世界中が不景気になったときも、Мさんは黒い蛇が自分の尻尾を食べてる夢を見た。


 逆に夢の中に白い蛇があらわれるときがある。

 その夢をみたときは、ちかく幸せなことが起こる。

 たとえばМさんがW稲田大学に合格したとき、片思いだった相手にデートにさそわれたとき、宝くじで100万円が当たったとき。

 かならず夢のなかに白い蛇があらわれた。


 だからМさんは白い蛇の夢をみたら、いろいろなことにチャレンジした。

 それでミュージカルに興味があったМさんは、大阪駅に出かけたら有名なプロディーサーに声をかけられ、彼が所有する劇団付属の養成所にいれてもらえたのだ。

 そのあともたびたび白い蛇が夢のなかにあらわれた。Мさんはとんとん拍子で出世した。


 でもときどき夢の中に黒い蛇が現れた。

 そういうときはあまり外出しない。仕事があるときも、できるだけ仮病をつかって休む。

 その夢をみた場合、たいてい劇場付近で事故や火事あるいは窃盗せっとう事件が起こるから。いつもそれで危険を回避できた。


 でも最近になってМさんは悩んでいる。

 これまでにないまったく新しい蛇の夢を見るようになったから。


 夢のなかでМさんは自分の住んでいる町をねり歩いている。

 目の前を赤い蛇がするすると這い進んでいく。Мさんはそれを追いかけている。

 なんだか背中が熱い。焦げ臭い。

 そうおもってМさんが振り返ると……。

 ビルなどの建物がごうごうと燃えている。道路も燃えている。炎のせいで空は真っ赤だ。

 だれもいない炎の町をМさんは赤い蛇を追いかけながら進む。

 赤い蛇は町のなかを迂回うかいするようにジグザグに進んでゆく。

 不思議なことに蛇のとおった道はなんともないのに、蛇のとおらなかった道は、空から火の玉が落ちてきて激しく燃えだす。建物が破壊され、道路が瓦礫がれきもれてしまう。


 やがてある場所にたどり着いた。

 赤い蛇は止まってこちらをかえった。Мさんと目があった。

 Мさんはそこがどこなのかすぐ分かった。

 そこは明治時代に建てられた水害の慰霊碑の前だった。


 そこで目が覚める。

 この夢は何度もみるので、細かいところまで鮮明におぼえている。


 これは水害の予知夢なのか。

 たしかに白い蛇は神様の使いだと聞いたことがある。川の守り神であるとも聞いたことがある。


 でも分からない。

 それならなぜ白い蛇でなく赤い蛇が夢にでてくるのか?

 水害の予知夢なら、なぜ夢のなかにそれらしい水がでてこないのか?

 そして一番の疑問は、なぜ夢のなかの町はあんなにも激しく炎に焼かれ破壊されているのか?


 Мさんは多くを語らない。

 でもあれは予知夢だと確信している。

 そして今もその町で静かに暮らしている。

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