第18話 タケルくん
関東で貸しコテージの管理人をやっているSさんの話。
最近Sさんのまわりで、ある男がうろうろしているらしい。名前も顔も知らない謎の男だ。
ことのはじまりはこうだ。
Sさんは貸しコテージの管理をやっている。
東京から近いということで山奥にあるSさんの貸しコテージは数か月先まで予約がいっぱいだ。このコテージはペットと一緒に泊まれる。しかも景色がとても綺麗だとお客さんから人気があった。
Sさんは事務所に挨拶に来てくれる宿泊客とペットの話をするのが好きだった。
あるとき常連客からこんなことを言われた。
「引き出しの中に落書きのメモが隠してありましたよ」
「それはすいません。掃除が行き届なかったようですね。気をつけます」
「いやいや。いいんです。それよりメモを見ておどろきました。誰かと思えばタケルくんのメモだったんですよ」
「タケルくん? 誰ですか?」
「あれ? 知らないんですか? むしろ管理人さんがよく知ってると思ったんですが。だって管理人さんの地元の友達でしょう。昔からの付き合いがあるってタケルくんが言ってましたよ。それでね、そのメモに『もうすぐ会いに行くよ』と書いてあったんですよ」
タケルくんとは誰か?
Sさんにはまったく心当たりがない。
それで首をかしげていると、その常連客がこう言った。
「わかりました。今度タケルくんと一緒に泊まりに行きますよ。タケルくんと俺は友達同士なので。顔をみればきっとタケルくのことを思い出すでしょう」
その人はペットのハスキー犬と一緒に、ニコニコ顔で帰って行った。
しかしその常連客は二度と泊まりに来なかった。
なんでもペットの犬が病気で急死したらしい。
それで精神的に不安定なようだ。
Sさんはタケルくんのことを調べた。
以前の宿泊客かとおもい帳簿を見たが、そんな人物はいない。
同級生かとおもい卒業アルバムをあさったが、やはりそんな人物はいない。
なんだか少し気味が悪い
ある日、法事で実家に帰ったとき、80歳の母親にたずねた。
母親はこう答えた。
「子供のころ、あんたが犬を飼いたいと駄々こねたでしょう。それで近所で犬を飼っているタケルくんの家によく遊びに行ってたじゃない」
そう言われてハッとした。
たしかに子供のころはペットがほしかった。
犬を飼いたいとよく駄々をこねた。
でも結局うちでは犬は飼ってくれなかった。ひどく落ち込んだ。
でもタケルくんという人物は知らない。
母親にそう言われても、まったく記憶にない。
近所にそんな子供がいた記憶なんてない。もちろん遊んだ記憶もない。
「たぶん押入れの中にあんたとタケルくんが一緒に遊んでいる写真があったと思う。あとでちょっと探してみるわ」
と母親が言った。
それでしかたなくSさんは東京に帰った。
それから一週間後。
母親は悪性の腫瘍がみつかり緊急入院した。
Sさんのところに中学の同窓会のお知らせがきた。
ひさしぶりにあったクラスメイトたちとSさんは大いに楽しんだ。
貸し切りのレストランで食事をして盛り上がったころ、Sさんはタケルくんのことをきいてみた。
Sさんの親友が言った。
「子供のころ、よく俺とお前でタケルくんの家に行って犬と遊んだじゃん。そんなことも忘れちゃったのか?」
「すまん、おぼえてない。タケルくんの顔が映っている写真とかないか?」
「あるよ」
Sさんがたずねる。
親友はスマホを取り出した。
「あれ、おかしいなぁ、ごめん、画像消しちゃったみたい。でも電話番号知ってるから今からかけるよ」
そう言って親友は誰かに電話をかける。
「あ、もしもし、俺だけど」
親友が誰かと話をしている。
Sさんの耳にも電話の会話が聞こえてきた。
電話の向こうから、ごにょごにょと誰かの声が聞こえる。
聞いた覚えのない声だ。
しかしタケルくんは本当に存在していたのか。
Sさんはドキドキした。
「でさ、いま俺のとなりにSがいるんだ。お前と話したいって。いいか、ちょっと代わるぞ……」
親友から「はい」とスマホを渡される。
しかしSさんが受け取ろうとしたとき、親友が「あれ」と声をあげた。
「あっ。ごめん。タケルくん、携帯のバッテリーが尽きたらしい。電話切れちゃった」
「タケルくんでどんな顔してる?」
「え? どんな顔って。クセッ毛で、地味な感じで、顔にニキビがいっぱいあって、ちょっと陰気臭い奴だな。たしか中学のとき、お前と同じ陸上部だったぞ」
「ごめん。ぜんぜん思い出せない」
そんな奴の記憶はない。
なんだか気味が悪い。
「次の日曜日にタケルくんが俺の家に遊びにくるんだ。そのときお前に電話してやるから。タケルくんと話ができるぞ」
親友がそう言った。
Sさんは感謝して家に帰った。
しかし親友はそのあと交通事故にあい、全身を複雑骨折した。
入院して会話もできない状況だ。
またある時のこと。
Sさんがコテージの掃除をして事務所に戻ってくると職場の後輩が言った。
「さっきタケルくんがここに来ましたよ。今度、真夜中にSさんの家に行くそうです。Sさんの好きな犬を連れて」
「ここに来たのか?」
「はい。ほんの少し前に」
「すまないが、タケルくんの電話番号とか調べられないか」
「たぶんあると思いますよ。タケルくんは最近よく来るので」
「調べてくれ」
「いま忙しいので後で調べますね」
後輩に感謝した。
昼休みになり、Sさんはコンビニへ弁当を買いに出かけた。
戻ってくると、後輩が首から血を流して倒れていた。
窓ガラスが割れて、破片が首に刺さったらしい。
すぐに応急処置をした。
しかし後輩は入院することになった。
結局タケルくんの電話番号はきけなかった。
でもそんなことはどうでもいい。
おそろしいことにSさんはタケルくんのことを知らないが、周囲の人はタケルくんのことをよく知っている。
そしてタケルくんについてSさんがたずねると、その人はかならず不幸な目にあう。
昨日のことだ。
Sさんがいつも通っているスナック(女性がカウンター越しに接客する飲食店)にいくと、
「さっきまであなたの幼馴染だっていうタケルくんが来てたのよ。あなたが来るちょっと前に帰っちゃったけど」
まだタケルくんはSさんのまわりをうろついているらしい。
それからSさんは夜になるとビクビクしている。
もしかしたら本当にタケルくんが犬を連れてやってくるんじゃないかと。
そしてもしタケルくんが来たら自分はどうなってしまうのだろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます