第15話 すべて逆に曲がっている


 大学生Kさんの話。


 ある晩のこと。

 Kさんのアパートに子供時代からの友人Hが訪れた。

 Kさんは歓迎して彼に「中に入れ」といった。

 しかしHは中に入らない。

 すぐに帰るからといって玄関先に立ったままだ。

 このHという男は痩せたノッポな体形。体力がなく億劫な性格をしていた。

 だからHは遊びにきたときはいつもだるそうに玄関先で会話するだけ。

 だからKさんはとくに気にしなかった。

 それにKさんの部屋はアパー三階のはし

 どうせ誰の迷惑にもならないから良いだろうと思った。


 外は暗い。

 築40年以上の木造アパートだ。外廊下の蛍光灯は壊れてKさんの部屋の前は、とくに薄暗い。


「おい、暗いから中に入れよ」

「いいんだよ、すぐに終わるから」


 かたくなに中に入ろうとしない。

 

 それでしかたなく暗い玄関先でHと会話することになった。

 Hがこんなことを言い出した。


「おいK、おまえさぁ今日、心霊スポットに行ったか?」

「いや、いってねえよ」


 もちろん行っていない。

 Kさんは朝から大学で講義を受けていた。

 意味不明なことを言われてKさんは面食らった。


「本当か? 本当におまえ、そういう変な場所に行ってないのか?」

「だから行ってねえよ。なんなんだよ」


 まったく身に覚えがない。からかわれてるのかと思い、つい怒ってしまった。

 しかしHは淡々とした男だった。怒られても彼はひょうひょうとしていた。

 そこからHはこう言った。


「そうか。すまんな。実は俺さ朝バイクで河川敷を走っていたんだ。そしたら高架下にお前がいたんだよ。だから「よお」て挨拶したら、お前がえらいニヤニヤ笑った顔で俺にむかって手を振ってんだ。近づいたら本当にゾッとしたよ。その振っている手がさ、関節がぜんぶ逆に曲がっているんだよ。腕の関節も反対側に曲がって、指の関節も逆で手の甲の方に曲がってるんだ。ゾッとしたよ。だから俺は黙ってまたバイクにのってそこから逃げ出したんだ」


 もちろんKさんは河川敷には行ってない。

 しかしHは嘘をついているようには見えない。というより彼は嘘をつくような男じゃない。

 それを聞いてなんだか気味が悪かった。

 自分と同じ顔の人間がいて、それが関節を逆に曲げて手を振っていた。

 その光景を想像してKさんはゾッとした。

 Hがニヤニヤと薄笑いをうかべている。失礼な奴だなと思った。

 こいつは空気が読めない奴だ。こんな時にニヤニヤするなどいかにもHらしい。


「それからどうなった?」


 Kさんがたずねる。

 Hが話をつづけた。


「あれはお前じゃない。偽物だってすぐに分かった。だから今度は大学に行ったんだよ。お前がいると思って。お前のことが心配だったから。そしたら誰もいない講義室にお前がだけがぽつんと座っているからよ、声をかけたんだ。そしたら座っていたお前が急に立って、ニヤニヤ笑いながら近づいてくるんだよ。びっくりしたぜ。足の関節が逆に曲がってるんだよ。なんていうかな。鳥の足の関節といえば分かるか。足が逆に曲がりながら走ってくるんで俺は怖くなって逃げたんだよ」


 一度だけじゃなく二度までも。

 自分と同じ人間に会ったというのか。しかも関節が逆にまがっている。

 ありえない話だ。しかし彼が嘘をついてるとは思えない。そもそも彼はそんなホラ話をして周囲をおどろかせるタイプじゃない。


 関節が逆に曲がっている自分を想像して、Kさんはなんだか急に怖くなった。

 それをみてHがまたニヤニヤ笑っている。彼は話をつづけた。


「それで落ち着いてから、ふと思ったんだよ。あれはお前の行動に関係があるんじゃないかって。だからお前そういう変な場所に行ってないか? 心霊スポットに行ってないか? そういう場所で地縛霊をひろってしまったんじゃないか? 呪われてしまったんじゃないかって。そういうのを心配してるんだよ」


「いや、俺はどこにも行ってない」


「本当に? 本当か? だってほら、この町は小泉八雲の「むじな」とモデルにもなってる場所だろう。昔からこの町には出るんだよ、のっぺらぼうとか、お化けが。むじなってたぬきのことらしいぜ。いまでも出るんだよ狸が、人間を化かすために。お前さあ、心霊スポットに行って、そういう狸に恨まれるようなことしたんじゃないか?」


 とHはニヤニヤ笑いながら言ってくる。

 なんだこいつは? 俺を怖がらせているのか?

 そもそも大学生が狸なんかで怖がると思っているのか?


 確かにHのいうとおり。ここは小泉八雲の有名な怪談「むじな」のモデルとなった町だ。では昼間に見たという関節が逆のKさんは狸が化けたものだと言いたいのか?


「いや、何もないなら、それでいいんだ。ばいばい」


 そういってHは帰った。

 Kさんは玄関をしめてフウッとため息をついた。

 お茶を飲みリラックスした。ふとHの様子を思い出す。

 そしたら急に震えがとまらなくなった。


 最後のころにはKさんも暗闇に目が慣れていた。

 それで帰る間際にHさんが手を振っているのがはっきりと見えた。

 腕の関節は逆にまがっていた。

 指の関節も逆にまがっていた。

 足の関節も逆にまがって……。

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