第45話◆光の舞う夜

「ふぃ、やっと夕方かー」

 赤くなり始めた空を見上げ目を細めた。

 睡眠不足の目には夕焼けのグラデーションが眩しく感じる。


「まったく、ドッラ・オ・ランタンなんて捕まえても人の手には負えないというのに、人間とは欲深い生き物だな」

 と言うのは、動物や魔物には優しいが人間の扱いは適当なテイマーエリュオン。

「欲深いのは人間だけじゃないけどね、やっぱゴーレムだよ」

 これはゴーレムを偏愛する変態エルフのキルキル。前半は同意するが、後半は同意しかねるな。

 撤退の時間が近付き、エリュオンとキルキルと合流し一息つく。

 上空をワールウインドが旋回しており、今は空中から巨鳥の目で立ち入り禁止区域に侵入者がいないか見張られている。




 午前中は野次馬やら密猟者やらを見かけていたが、追い払ったり捕まえたりしているうちにその数は減り、午後には立ち入り禁止区域に無理に入ろうとする者はほとんど現れなくなった。

 まぁ、それでも立ち入り禁止区域の外をウロウロする者や、中に忍び込む密猟者はチラホラいたがそのほとんどが、おっかないワンコロや綺麗な顔して岩をも砕く拳でぶん殴ってくるゴーレムにびびって退散していった。

 やっぱエリュオンをキルキルは有能だなぁ。今日もご苦労だった!!


 野次馬は少しお説教という脅しをして解放、ドッラ・オ・ランタンの生態をよく知らずに捕獲を試みた者は、その生態をしっかり教えて治安の方へパス。こちらは治安部でちょーっと怒られて、ちょーっと罰金を払うくらいだろう。

 魔物では人間の都合なんて関係ない、知らなかったでは済まないのだよ。その軽率な行動で町が壊滅する危険に晒されることになるということをよく覚えておくがいい。


 そして軽い気持ちでやって来た奴らに混ざって、プロの魔物捕獲業者――プロならもちろんドッラ・オ・ランタンの扱いも知っているわけで、町への持ち込みはもちろん、町の近くにドッラ・オ・ランタンの群れがいる場合、そこで無闇に捕獲することは禁止されている。

 研究などの正統な目的があり、許可があればドッラ・オ・ランタンの捕獲は合法だが、その許可の発行には冒険者ギルドも関わっている。その場合でも町周辺での捕獲許可はまず下りない。

 それに昨日の今日で許可証が発行されるわきゃねーだろ、仕事が遅いお役所舐めんな!! ついでに一昨日から今日までは休日で役所関係の仕事は全部休みなの!!

 つまり、無許可! 非合法! 密猟! アウトよりのアウトーーーー!!

 そんな奴らに容赦はいらない。アス! ワールウインド! リゼ! やってしまえ!!

 おっと、睡眠不足でつい感情的になってしまった。うむ、明らかな密猟者は死なない程度ならボコっていいぞ。密猟の依頼主がいるかもしれないから、できれば受け答えができる程度に手加減してくれ。

 ついでにこれを期に祭りで町に入り込んでいる、非合法業者を纏めて釣り上げてしまえ。


 祭りの最終日はそんな殺伐とした現場での仕事だったが、夕方が近付きそろそろ魔物達が活発に動き出す時間、そしてドッラ・オ・ランタン達の活動時間になるため俺達も撤退する時間だ。

 ドッラ・オ・ランタンの群れが今夜もここに滞在するようなら、念のため見張りは配備することになるが、まぁドッラ・オ・ランタンの群れが元気な時に手を出すバカはいないだろうし、手を出したら間違いなく袋叩きにされて跡形もないほどに美味しく召し上がられると思う。

 ちなみにドッラ・オ・ランタンの群れがここに残った場合の見張りはテロスである。

 夜のテロスならわりと何でもありだかなら、テロス一人に丸投げで十分だ。そもそも夜のデュラハンに町の門番の仕事は過剰戦力すぎるんだよ。

 何が有能っていざとなったら頭と体が別行動で一人二役できるしな……ホラーだけど。





 夕日が西へと隠れ始め薄暗くなり始めた頃、足音は全く聞こえないのに馬の嘶きだけが聞こえて来た。

「来たか……」

 馬の嘶きが聞こえた方を見ると、真っ黒い馬に跨がった真っ黒い甲冑の騎士。

 町の外だからだろうか、首は小脇に抱えてデュラハンらしい姿のテロスがこちらに向かって来ているのが見えた。


「おまたせ。今日の現場は人の出入りの少なそうな場所だなー」

 俺達の前まで来て馬を止め、死を告げる妖精とは思えない明るく軽い口調で小脇に抱えられた首が言葉を発した。

「人の出入りはほとんどないが、もし人と遭遇した場合はいつもよりもびびってくれるんじゃないかなぁ?」

 深夜の町の外でデュラハンと遭遇なんてもはや死亡フラグである。

 川を渡ったらデュラハンから逃げられるとかいう話もあるが、テロスもテロスの馬も普通に水場に入っていくし、この馬はなにげに水遊びが大好きで町の近くの川でちょいちょい遊んでいるのを見かける。その拍子に頭の被り物が取れて首なし馬になってしまい、たまたまそれを見てしまった人が腰を抜かすなんてこともわりとあるラウルス名物だ。

 テロスが特別なのか、デュラハンは別に水が苦手なわけではないのか……確かなのは、ここは川が近い場所だが川を渡ったくらいでは物理的にテロスから逃げるのは無理だということだ。

 ……暗くなってから、ここでテロスに遭遇してびびり散らかして逃げる密猟者は、ちょっと見物してみたい気がするな。


「見せてもらった地図によるとこの先が立ち入り禁止区域……おっ!?」

「そうだな、この先にロープが――あ……」

 テロスが立ち入り禁止区域を確認するために小脇に抱えた頭部と一緒に馬に乗った体ごと、そちらを向いた時――。

「ドッラ・オ・ランタンの光かな?」

「みたいだな、旅立っていくのか」

 テロスと俺が思わず言葉に詰まったため、キルキルとエリュオンもそちらの方向に目をやり、そしてその光景に気付いた。


 ドッラ・オ・ランタンの群れがいる辺りの木々の上からフワリと舞うように薄い光が現れ空へと上っていった。

 まだ少し明るさの残る空にフワリと舞う淡い光、最初は一つそれを追うようにもう一つ、更にと次々に増え空へと上っていく。

 その光景はあまりにも美しく幻想的で、町の外という安全とはいえない場所だというのに思わず見入ってしまった。


「行っちまうかー、まぁその方が町にとっても安全だし、ドッラ達もこんなとこより人間のいない綺麗な場所の方が安心して暮らせるだろうし」

 俺になついてなかなか可愛い奴だったが、ドッラ・オ・ランタンは人間と共に暮らせる類の魔物ではない。

 フワフワと空に舞い上がっていく光の群れを見上げながら、ドッラが無事に住み処に戻りスクスクと育つことを願う。心の隅っこに少しだけ寂しい気持ちを隠しながら。

「ん? 何匹かこっちにきてないか?」

 空に舞い上がった光の群れから、いくつかの薄い光が離れこちらに近付いてくる。その数は四つ。

 一つは他の三つに比べて少し小さい。


「ドッラか?」


 俺達に気付いて別れの挨拶に来たのか?

 律儀な奴め。礼なら最初に助けたエリュオンに言えよ。チクショウ、別れの挨拶に来られると寂しくなるじゃないか。

 他の三つは両親と……あー、川にいたハグレオッサンかな? オッサンはこの群れについて行くことにしたんだ?

 そうだな、群れが去ったら立ち入り禁止は解除するから、その後にまだドッラ・オ・ランタンが残っていないか探しに来る奴がいるかもしれないからな。一緒に行った方が安全だろう。


 こちらに向かって来ていた四つの光のうち三つは途中で止まり、一番小さい光――ドッラだけがこちらにフワフワと飛んで来た。

「気を付けていけよ。ほら、手土産だ持っていけ」

 なんとなく買って来ていたアントロデムスの竜揚げ。それが入った包みをドッラの方に出した。

「ギッギッギッ!!」

 ドッラが嬉しそうに音を出してそれを受け取った。

「ほら、父ちゃんと母ちゃんが待ってるぞ、達者でな」

 あまり時間をかけすぎてドッラ達が群れに置いていかれたら大変だ。

 いや、仲間意識の強いドッラ・オ・ランタンならそんなことはないだろうが、見送りに時間をかけすぎると寂しさが増してしまう。


 群れに合流するようにドッラに促すと、ドッラは名残惜しそうにこちらを見下ろすような体勢で上空へと舞い上がっていった。

 その手にはがっしりとアントロデムスの竜揚げが抱えられている。落とすんじゃねーぞ、重かったら父ちゃんか母ちゃんかオッサンに持ってもらえ。


 空へ舞い上がっていく光は上で待つ三つの光に合流し、更に上へと上がっていく。

 その先には光の群れ。やはり先に行かず上空でドッラ達を待っていたようだ。

 ドッラ達が光の群れに合流し、住み処があると思われる方向へと向かい始める頃には空はすっかり夜の色になっていた。


 夜の空を無数の淡い光がフワフワと移動していく。

 祭り最終日の町の上を飛び越えて。

 後で聞いた話だが、その光景は町の中からよく見え。その幻想的な光景で終了間際の祭りは大きく盛り上がったという。


 バタバタとして祭りそのものの雰囲気を味わうより、忙しさによって祭りの雰囲気を味わってしまった三日間だったが、最後は誰よりも近くで不意に祭りを締めくくることとなった幻想的な光景の主を見ることができたのは悪くはなかったのかなと思う。


 ドッラ達の光が見えなくなるまで空を見上げ見送った後、冒険者ギルドへと戻った。

 そうだよ、エリュオンとキルキルはこれで終わりだけれど、俺は報告書があるよ!!



 そして翌年からこのラウルス花祭りの時期に、ドッラ・オ・ランタンの群れがラウルス上流の川沿いに短い期間だけ姿を見せるようになり、それがラウルス花祭りの名物となってしまい、その対応のため祭り期間中冒険者ギルドの職員が忙殺されることになるのはもうちょっと先のお話。





 そうだよ、その忙殺されるのは未来の俺だよ!!




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