第46話◆それでも仕事は降ってくる

「はいはーい、おつかれさまでーす。あ、これ差し入れな、経理にみなさんで食べてくれ。最近人気の菓子屋のマカロンってやつらしい」

「あら、ユーグさんいつもありがとうございます。ここのお店人気過ぎてなかなか買えないんですよね」

 はっはっは、そうだろそうだろ?

 これでも俺は一応そこそこの身分のある貴族の坊ちゃんだからな、その気になれば人気商品の取り置きくらいお願いできるのだよ。

 今はぼろ雑巾のように現場でコキ使われているけれど、いつかは幹部になってフカフカの座り心地のいい椅子でふんぞり返る仕事をする予定だから。


 昼休憩の時に昼食を食べにギルドから出たついでに、最近人気の菓子屋で買って来たカラフルなお菓子が詰まった箱を、経理担当の女性職員に渡す。

 その陰で領収書の束を、未処理の伝票を入れる箱の中にポイッ!!


「マカロンはとても嬉しいのですが、今領収書を未処理伝票入れに入れたのは見えてますからね」

 く……、さすが経理とはいえCランクの冒険者相当の職員、目敏いな。

「ははは、さすがだな。ちょっとバタバタしてて領収書の提出が遅れて申し訳なかった。ほら、祭りの時の鶏騒動から始まった、魔物の不正取り引き業者やら密猟者やらが芋づる式で捕まったやつ。あれの対応ではあちこち行ってて、気付いたら提出期限を過ぎてたんだよ」

「あー、あれユーグさんの担当でしたっけ、大層なお手柄みたいでしたけど大変でしたねぇ。このマカロンはそのボーナスからですか、ありがとうございます」

 さすが経理、鋭いな。


 祭りの時は睡眠時間を削りながら頑張ったからな。悪徳業者をガッツリ捕まえて、領主から冒険者ギルドにガッツリ謝礼も入ったから、その対応に当たった俺とエリュオンにはガッツリとボーナスが出た。

 それと奴らを捕まえるきっかけになった情報を提供してくれ、ドッラを無事に群れに返すことにも協力をしてくれたコカシャモ好きの少年にも謝礼が支払われた。

 あの子めちゃくちゃ有能だからうちで働いてほしかったなー。コカシャモが好きだって断られたけれど。


「お、おう。ちょっとボーナスが出たからお裾分けだな」

 うむ、事務とか経理とか総務担当には真っ先に差し入れをしておかなければいけない。業務を潤滑に行うために、裏方の仕事のみなさんには日々の感謝を忘れてはいけないのだ。

「もー、しょうがないですねぇ。次からは早めにお願いしますよー」

 よっしゃ、領収書の提出期限を大幅に過ぎてから持って来たけれど怒られずにすんだぞ! さすが甘い物パワー!!

「はーい、来月は早めに持ってきまーす!」

 よし、新たなお小言が出てくる前に仕事に戻ろう。冒険者ギルド職員は忙しいのだ~。


「あっ! ちょっとユーグさん!? なんですかこの"ペットサロン代、接待費"とか"竜揚げ代、資材費"とか!?」

「えーと、あの騒動の時の経費かな~? あ~、そろそろ打ち合わせの時間だ~、後の処理適当によろしく~」

 よし、逃げよう。今日はカラフルなマカロンで許してもらおう!!

 来月は頑張って早めに持って来るつもりだから、今日はこのくらいで勘弁してくれたまえ!!




 ドッラ達が去って行った後、ドッラ・オ・ランタン達が滞在していた場所で捕まえた密猟者から、芋づる式に魔物の不正取り引きに関わっていた奴らを捕まえることができた。

 しかも、最初にコカシャモの捕獲を依頼してきた業者――少年君の村からコカシャモを連れ去った業者と、ドッラを町から持ち出そうとして捕まった運び屋も繋がりがあった。

 コカシャモを取り扱っていた業者と、ドッラを群れから連れ去り町に持ち込んだのが取り引きのある業者同士だったのだ。

 業者というか複数の魔物不正取り引き業者が徒党を組んだ、魔物の不正取り引き組織だ。


 その組織に関わる一つの業者に調査が入り、他の業者も自分のとこに調査が入ることを恐れたのだろう、祭り中に売りさばく予定だった非合法の魔物を慌てて町から持ち出そうとして、ドッラの呼んだ虫によって馬車を襲撃されたという流れだ。

 ついでに翌日、ドッラ・オ・ランタンの群れが滞在している近くで捕まえたプロの密猟者どもも、この組織と取り引きのある奴らだった。

 今回は組織からの依頼ではなかったようだが、ドッラ・オ・ランタンが町の近くで降りたことに気付いて欲をかいてしまったらしい。ドッラ・オ・ランタンを捕まえて、後日改めて密売組織と取り引きするつもりだったようだ。


 その辺、叩けば叩くほど埃が出てきて、次々に販売に関わっていた商会や、密猟に関わっていた者が明らかになり、結局領主案件までいき予想を超える大捕物になった。

 奴らと取り引きのあった密猟者の中には冒険者や狩人も混ざっており、そいつらが登録しているギルドでも対応に追われることになった。

 幸いうちの支店からは密猟に関わっている者はいなかったが、他の支部の冒険者が数名拘束され相応の罰を受けることにって、更に大幅な冒険者ランクの降格をくらっていた。悪いことをすれば冒険者としての評価は下がり、悪質な場合はランクも下がるからな。

 ちなみに叩いて埃を出す作業には冒険者ギルドからはテロスを派遣しておいた。相変わらずいい仕事をしてくれたようで、捕まった業者ちゃんも密猟者ちゃんも、素直に魔物の不正取り引き組織について離してくれたそうだ。


 どっかの薄汚い商会が不正に手に入れた魔物を、祭りという人ので入りが多く審査も緩い場所を狙って売りさばきに来た程度のことかと思っていたのだが、全部ひっくり返してみれば思ったよりも大規模な魔物不正取り引き組織で、今回の件で関わっていた商会がポコポコと出てきて、押収品もすごい量だったが、その罰金もすごい額だったとかなんとか。

 そりゃ、下手したら町が壊滅しかねない魔物を一度は町に持ち込んでいたことになるからな。

 おかげで、今回の件が明るみに出るきっかけを作った俺とエリュオンは、結構な額のボーナスを貰った。


 そしてそのボーナスを貰ったからかはわからないが、宿暮らしだったエリュオンが俺の住んでいるアパートメントに引っ越して来た。

 それなりに広くてペット可だしな。

 それに伴い、朝エリュオンを起こす仕事が追加されてしまった。朝、奴を起こしに行って感じの悪い狼に威嚇されるのが、ここのところの日課になっている。

 うるせぇ! 飼い主の見ていないところで俺にケンカを売るんじゃねえ! ユウイチロウの素直な可愛さを見習え!!




 まぁそんなこんなで祭りが終わった後もバタバタしており、気付けば月が変わり立て替えた経費の領収書の提出期限がすっかり過ぎてしまっていた。

 忙しい時あるある話である。

 領収書の提出が遅れると経理担当の機嫌が悪くなるので、手土産を持ってそのついでにこっそり提出して、ささっと逃げてくる。お小言を聞いている時間など俺にはないのだ。

 はっはっは、毎月のことなのですっかり手際も良くなってしまった。


 自分の席へと戻り、その机の上に目をやり見なかったことにしたくなる。さりげなく隣の机にこの書類を置いておいたらダメかな?

「ダメですよ。それユーグさん担当の取引先ですよね」

 机の上に積み上がる書類を適当に半分にわけ、さりげなく隣の机に置こうかと視線を彷徨わせていたら、隣の机の持ち主に見つかってしまった。

「請求書! 請求書を作るだけだから!!」

「ダメですよー、僕も自分の仕事があるんですよから。ほらー、早くしないと夕方のピークタイムになっちゃいますよー。今日はトラブルの連絡が来てないから暇じゃないですか。今のうちに片付けてしまいましょ。このまま、暇なまま退勤時間になればいいなぁ」

「おいやめろ、そんなことをいうとめんどくさいハトが突然きたり、当日欠勤の連絡がきたりするんだ。俺達は暇じゃない、仕事だ仕事! あー、請求書を作るのが忙しいなぁー!」

「そ、そうですね! はー、明日の依頼の人員探しが忙しいなぁ」


 昼休憩の後、昼飯を食った満足感と満腹感、窓から差し込む午後の日差し、少しの気だるさと眠気、特にトラブルのない平和な午後。

 何となく暇な気もしてくるが、そうだ請求書を作らなければ。依頼主に送る請求書を作るのも冒険者や依頼を管理する俺の部署の仕事なのだ。

 はー、椅子に座ってする仕事は身体的に楽でいいのだが、めんどくさいし眠くなるんだよなぁ。

 これならまだ現場の方がいいなぁ……、ダンジョンで少し気分転換してきたいなぁ。勤務時間内で終わる程度の案件で。



 チリンチリンチリンチリンッ!



 む? 伝話が鳴っているな?

 おい、後輩、その伝話取れよ。

 目で合図すると嫌そうな顔をされた。この時間の伝話なんてだいたい碌でもない。

 ふ、こういうのは年功序列、伝話なんて下っ端が取ればいいのだよ。俺は請求書を作るのに忙しいのだ。

 伝話を無視して請求書を作る作業に戻ると、後輩が諦めて伝話を取ったのが見えた。

 はっはっは、すまないね、先輩は忙しいのだよ。さー、仕事仕事ー。


「あー、受付で誰か手が空いてる者はいないか?」


 請求書を作る作業を再開しようとしたところに、ギルド長がやって来た。

 うげ……、ギルド長がわざわざ受付まで来るなんて嫌な予感がする。

 あー、俺は請求書を作るのに忙しいから手は空いていないのだよなぁー、いやー、残念だーーーー!!


 チラリと周囲を見ると、受付にいる職員のほとんどが伝話をしている。この時間ってだいたい翌日の現場の人捜しをする時間だもんな。

 隣の席の後輩と目が合い、クスリと笑われた。

 あ"ぁ"? 俺は自分の仕事が忙しいからギルド長なんか知らない、見ていない、気付いていない。


「お? ユーグ、ちょうどいいところにいた」


 うげーーー! 見つかった!!


「いや、請求書を作るのが忙しいのでちょうどよくないっす」


「だが他の奴らは伝話中のようだし」


 くっそ、さっきの伝話を取ればよかった。

 おのれ後輩、今チラッとこっちを見て笑っただろ!? 後で覚えていろよ!!


「よっしユーグ、お前に決めた!」


 いや、請求書をやっているから!!


「お得意さんのとこに入ってた冒険者が昼休憩の後仕事を投げ出して帰ったとかで、お得意さんがめっちゃ怒ってるから上手く機嫌がとれてついでに現場に入れる冒険者はいないかと思ったが、ちょうどいいとこにユーグがいたな!!」


 俺、冒険者ではなくて職員っす。

 というか仕事投げ出して帰ったって何だ!? まぁ、現場がきつくて逃げる冒険者はわりといるのだよな……。


「ぐえー、それ依頼主さんをなだめるの大変そうじゃないですかー」


 そう言いつつ机の上にある作りかけの請求書と、そのための書類の山を隣の後輩の机にスライドさせる。


「っちょ!? ユーグさん!?」


「すまいな、俺は今から現場に行かなければならないようだ、今日の残りの仕事は責任を持って君に任せるよ!! じゃっ、請求書はよろしく!!」


 はー、忙しい忙しい。冒険者ギルドの職員の仕事は次から次に降ってくるのだ。


 さぁ、ちょっと現場まで行ってちゃちゃっと依頼主さんのご機嫌をとって、パッパと仕事して帰るかなー。


 今日はなんだか定時で帰れそうな気がする。


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