第6話◆冒険者ギルド職員の午後

「だから! 明日の! 七時! いい? 聞こえた? 七時にギルドの前ね!! え? 入れ歯? どこに置いたかなんて俺が知るわけないだろ!? じゃあ、明日よろしく頼むよ!?」

 最近耳が遠くなってきた高齢の冒険者に、明日の仕事の連絡を終え、伝話を切る。

 昔は剣聖とも言われた元Aランクの冒険者らしいが、今ではすっかり近所のお爺ちゃんみたいな存在だ。

 体力も衰えてランクをDまで下げ、現在では危険度の低い仕事を中心にやってもらっている。

 かなりのご高齢で最近若干ボケも始まってそうで少し……いや、かなり不安はあるのだが、それでも年の功というのか、トラブル発生時の対応力はピカイチである。


 昼ご飯を食べ終わって眠気が強まる昼下がり、冒険者達が依頼に出払っているこの時間の、ギルドの受付ロビーは閑散としている。

 時折、早めに仕事の終わった冒険者や、素材を売りにくる冒険者が訪れるくらいだ。

 暇そうに見える時間だが、実はすごく忙しい。


 まだ人員の決まっていない翌日の依頼の人探しに追われる時間である。この時間を逃すと、まともな人材を捕まえにくくなる時間なのだ。

 よって、今日仕事に出ていない冒険者に片っ端から、伝話で連絡をしまくっている。

 夕方を過ぎてしまえば、翌日の依頼に行ってくれる冒険者が激減する。何が何でも夕方までに明日の人員の手配を終えなければならない。


 情報管理用の魔道具で、登録されている冒険者のデータを閲覧しながら、同じ魔道具で依頼管理用の画面を開き、まだ人員が決まっていない依頼を確認する。

 冒険者ギルドの依頼や冒険者の管理は、データを管理する魔道具で行われる。登録されている冒険者や依頼のデータは、全ての冒険者ギルドで共有され、権限を持った職員なら閲覧をする事ができる。

 魔道具ギルドによって開発された、ネットワーク型の魔道具で、その本体は冒険者ギルドの本部で厳重に管理されている。

 もちろん登録されている個人情報を、外へ漏らすと厳しい処分が待っている。


 冒険者のデータと、埋まっていない依頼の内容を見比べながら、適した人材をピックアップして連絡をする。それが、この時間の仕事だ。職員は一人で五十件以上の案件を抱えているので、くっそ忙しい。

 小さな町だと依頼は少ないが、人員も少なく一人の仕事量がめちゃくちゃ多くなる。王都などの人口の多い都市のギルドは、人員も多いが依頼も多いのでやはり忙しい。

 程よいと思い地方都市のギルドに希望を出して、今の支部に来たのだが、忙しいものは忙しかった。王都やど田舎の支部よりはマシだと思うが、今日も定時で帰れるか怪しいほど、仕事が積み上がっている。


 チリンチリンチリンチリンチリンチリンッ!!


 明日の人員の手配をしていると、伝話が鳴った。登録している冒険者からの連絡だ。

 表示されている名前を見ると、ヒーラーの女性冒険者だ。腕は確かなのだが、少し性格に癖がある。

「はい、ラウルス支部、担当ユーグランスだ」

 少々面倒臭いなと思いつつ、出ないわけにはいかないので、伝話を取ると甲高い女性の声が聞こえてきた。

 彼女、十五分くらい前にも一度連絡をして来たんだよなぁ。後で連絡するからちょっと待ってって言ったのに。

 ちなみに、その前にも何度も連絡が来ているというか、十五分に一回くらいのペースで彼女からの伝話が鳴っている。

「ああ、うん、もう少し待ってくれないか? 先方からの連絡待ちなんだ。連絡が来たらこっちから連絡するよ、うん、また後で」

 前回と全く同じやり取りをして伝話を切る。また、数分後に伝話が鳴りそうだな。

 すごく仕事熱心で真面目でやる気があって腕もいい人なんだけど、待つのが苦手なようで、後で連絡すると言っても何度もまだかまだかと伝話をしてくる。


「ユーグさん、役所からのハト来てますよー」

「あ、マジで? 今行く」

 ハトとは連絡用に人工的に作られた、鳥型の疑似精霊の事だ。風属性の精霊を模したもので、遠距離のやり取りを短時間で行える非常に優れた存在だ。

 連絡をよこしてきたのは、日頃から依頼の多いこの町の役所だ。


 春先のこの時期は、冬眠から目覚めた魔物が活発になる時期で、役所からの魔物討伐協力の依頼が非常に多い時期だ。

 明日もエルダーフロッグの駆除に、相当数の冒険者が駆り出される事になっている。

 そのメンバーは今日の午前中のうちに全て決めて、昼前には名簿を送ったはずだ。

 この時間から追加で人数増やせとか言われても厳しいぞ!? というか、翌日の依頼は午前中までに連絡しろあれほど……、いやまだそうと決まったわけではない。とりあえずハトが持ってきた書類を見てみよう。


 ――明日、冬眠明けのオウルベアー駆除作戦、人員三名追加の要請。


 だから、人の手配の依頼は、前日の午前中までっつってんだろおおおお!!

 その依頼も、午前中に人員決めて書類送った奴じゃないか!! 今更追加とかやめてくれ!!

 オウルベアーとかBランクだよ!! そんな依頼に行ける冒険者なんて限られてんだから、早めに言えよ!!

 なんて事を思っても、依頼はギルドの収益となる。そして、Bランクの魔物の依頼の為、その依頼料は高い。

 まぁ、何とかするか。どうせ、夕方前には戻って来る予定の依頼だし、最悪俺が行くか……、いや、今からそんな気になってはいけない。何が何でも人員を見つけて、俺はギルドの建物の中で過ごすんだ。そして定時には帰って、ゆっくりお布団で寝るんだ。








 ……で、結局埋まらなかった。

 昼過ぎに連絡来て、Bランク冒険者三人捕まえろって無理だろ!?

 そのランクの冒険者なら、この時間にはもう仕事を振り終わってるよ!!


 というわけで俺が行く事になった。

 たまたま、明日休みだったエリュオンとキルキルを無理矢理引っ張り出して。


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