第5話◆冒険者ギルド職員は辛いよ

 道中一悶着あったが、後は特に大きなトラブルはなく、昼過ぎに無事目的の町カメリエに到着した。

 カメリエは俺が現在住んでいるラウルスのあるロールベーア伯爵領の領都である。

 領都なので領主の館がある。今回の目的地はその領主の館だった。

 そしてその館の前には、俺達が護衛して来た馬車より地味で小さい馬車が停まっていた。


 俺達が賊の相手をいる間に、本命の馬車は無事に到着していたようだ。積み荷も無事届いたようでこれにて、依頼完了。

 そう、俺達の馬車は積み荷を安全に運ぶ為の囮役だったのだ。

 囮をやりつつ、賊を捕まえる、それが今回の仕事だった。その為、機密性が非情に高く、襲撃される事が前提とされており、求められる能力のハードルも高く、俺が引っ張り出される事になったのだ。

 高額な物や、重要な物を運ぶ時はこういった囮役という、危険な仕事もあるのが冒険者だ。






「あ、ユーグお帰りー。今日はごめんねー、いきなりだったから連絡がギリギリなっちゃった」

 護衛の仕事を終え、エリュオンと共にラウルスの冒険者ギルドに戻って来ると、若草色のパッツン頭で背の低いエルフの青年に声をかけられた。

 今日の依頼を土壇場で休んだキルキルである。その横には彼より頭一つ背の高い、黒髪のスレンダーな巨乳美女が立っている。

「いや、いい。今回のは仕方ないな、というかキルキルの手柄だな。とりあえず、応接室で報告書を作ろう」

 冒険者ギルドには、他人に聞かれたくない話をする為の部屋が用意されており、有料だが冒険者なら誰でも使う事ができる。

 尚、俺は職員なので使い放題である。



「で、そっちはどうだった?」

 応接室に入り備え付けの紅茶を淹れて、ソファーに腰を下ろす。

「ばっちりー。賊の本拠地まではわからなかったけど、ラウスルにある隠れ家は抑えたよ。内通者とそこにいた賊は全員お縄」

「そうか、よくやった。今回は報酬に上乗せしておくよ」

「やったー! 報酬でリゼにいっぱい服買ってあげるねー」

 とキルキルが隣に座る巨乳美女の頬にキスをする。ギルドの応接室でイチャつくな、俺がイラッとくる。


「昨日の夜、今日の依頼の打ち合わせが長引いて少し帰るの遅くなってさ、急いで帰ってたら変な男達に囲まれて、僕の嫁さんを攫ったって言うからついて行ったんだよね。やー、リゼが攫われたなんて心配だし、リゼが僕の嫁に見えるって言われると嬉しくてついて行くじゃん? そしたら捕まって監禁されちゃってさー」

 サラッと意味のわからない発言が混ざっているが、とりあえずリゼが攫われてそれを盾に情報提供を迫られた事は察した。

 キルキルは未婚である。横にいる巨乳美人ことリゼは嫁ではない。というか生き物ですらない。キルキルが自分の好みとエルフの技術を詰め込んで作った、人間そっくりなゴーレムである。

 この男、ゴーレムを愛する特殊性癖者である。



 高額な品の運送時、それを狙う賊によって護衛や関係者が買収されたり、または家族を人質に取られ脅され情報の提供や協力をさせられたりする事は珍しくない。

 後ろ盾がなく、金で雇われている冒険者は、そういった輩に狙われやすい。

 こういう信用が要求される依頼では、依頼主と事前に打ち合わせが何度もある。その時にキルキルの面が割れたのだと思われる。

 キルキルの場合、目立つ髪色にエルフ独特の長い耳故に覚えやすく、そして背が低く見た目が頼りなさそうなので、今回狙われたのだろう。


「リゼを連れてすぐに逃げてもよかったんだけどね、相方がエリュオンだったし、どうせなら纏めて捕まえちゃう方がいいかなって、エリュオンに精霊を飛ばしたんだ」

「寝たら夜中に風の精霊が飛んで来て、起こされたから何かと思ったぞ」

 キルキルはエルフである為、精霊を使役する事ができる。賊に捕まっている時に隙を見て、近くにいた小さな精霊を使ってエリュオンに知らせたらしい。

 精霊から知らせを聞いたエリュオンが冒険者ギルドに報告。

 内容が内容だけに、下手な冒険者を行かせる訳にも行かず、今日昼から出勤予定だった俺が日の出前に叩き起こされる事になった。

 昼から出勤って事は夜まで仕事だから、依頼が終わって夕方にギルドに戻って来ても、まだ勤務時間内だからなあ!?


「でさ、ルート教えた後は口封じされそうになったけど、僕が無断欠勤すると怪しまれるから朝になったらギルドに連絡するって時間を稼いだんだ。で、実行組が出て行った後、残ってた奴らをリゼと片付けちゃった。リゼを人質にしてたら、僕が何もできないと思って油断しまくってたから、リゼに命令してボコボコにしちゃった。うちのリゼは強くてかっこよくて可愛いもんねー」

 うるせぇ、のろけなしで報告だけしろ、特殊性癖者。相手がゴーレムだろうが、目の前で巨乳美人とイチャつかれると、なんかイラッとくる。ボーナスを付けてやろうかと思ったが、やっぱなしにするぞ!?

「後は、ギルドに連絡して終了。賊との内通者は最近入った事務員。打ち合わせで何度か商会に行った時に、顔を見たことある奴だったよ。そっちも出勤して来たところ捕まったよ」

「なるほど、だいたいの話はわかった」

 キルキルの話を聞きながら、今回の顛末を報告書に纏めていく。


 こういう事案の発生が懸念される依頼には、トラブルに巻き込まれた際の生存率が高く、なおかつ信頼のおける冒険者が手配される。

 今回はそこから更にキルキルの機転で、囮用の馬車で賊を釣ることになったのだ。特殊性癖者ではあるが、非常に優秀な冒険者である。

 更に依頼主側が内通者や情報漏洩に備え、しっかりとダミーの用意をしていたのが功を奏した。

 正式なルートは当日まで明かされず、本命の馬車のルートは当日直前まで護衛すら知らなかった。前日の夜に教えられたのは、ダミー用のルートである。

 むしろ近しい関係者以外は本命の馬車がいる事すら教えられていない。エリュオンとキルキルは護衛の仕事に慣れている為、前日に教えられたルートはダミーであると察していただけだ。

 キルキルから連絡を受けたエリュオンが依頼主とギルドに報告し、早朝に物々しい護衛を付けて、非常に目立つダミーの馬車で出発する事になったのだ。

 俺達が護衛するダミーの馬車が出発した後、ひっそりと本命の馬車が別ルートで目的地へと向かったらしい。

 俺も詳しい話は、出発した後に道中でエリュオンに聞かされた。


 そんなキルキルの機転のおかげで、依頼は無事に終了し、襲撃した賊はほぼ捕まえた。賊の本拠地まではわからなかったようだが、捕まえた奴らから聞き出せれば、その掃討作戦が行われる事になるだろう。


 輸送を無事に終えた報酬と、賊の捕縛に協力した報奨金が領主から出ると思われるので、今回機転を利かせてくれたキルキルとエリュオンには、報酬をしっかり上乗せしておこう。

 俺? ギルド職員業務の一環だから何もないよ。出勤時間より早く出たので、時間外労働の手当が付くだけだ。

 平のギルド職員は辛いよ。


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