第34話◆そして始まる今日
「えーと、こいつをエリュオンに代わりにここに行かせて、エリュオンは昨日の少年の村まで行ってもらおうかな。うげ、エリュオンにモーニングコールをする時間じゃないか、アイツなかなか起きないからめんどくせーんだよなぁ。しかも昨夜遅かったし、三回目で起きたらラッキーかな」
「やー、ユーグさんが早くから入ってくれたから、今朝はスムーズですねぇ。エリュオンさんを起こすのはお任せしますねー」
朝の冒険者ギルド、ギルドの仮眠室に泊まったため本来の出勤時間より、本来の出勤時間より早い時間に仕事を始めた俺に早朝の職員が笑顔で話しかけてきた。
俺は通常業務をやるために早く出てきたのではない! 昨日のニワトリ騒動の後始末が残っているから早く出てきたの!!
エリュオンは配置換えがあるから俺がモーニングコールするけど! 他の仕事は本来の出勤時間までは、手が空いた時しか手伝わないぞ!!
コカシャモの件は、昨日俺が対応して現場の状況を一番よく知っているという理由でそのまま俺の担当となった。
そうなるのじゃないかと思っていたよ! チクショウめぇ!
昨日の顛末を治安部の報告すると予想通り少年の村での事実確認は冒険者ギルドに依頼が回ってきた。
これはエリュオンに押しつける。そうとうな山奥みたいなので、ワールウインドと空の旅を楽しんで来てくれ。
で、昨夜捕獲したコカシャモ達。
これは魔物販売法違反の可能性が高くコカシャモは商人には返却されず治安部で預かりになるのだが、生き物だし魔物だしでその管理もうちに押しつけられた。
確かに冒険者にはテイマーもいるから、魔物の一時預かり施設はあるけどさ。うちはペットホテルでも何でも屋でもねーぞ!!
いや、だいたい何でも屋だった。
今日中に商業ギルドと畜産ギルドが調査に来るらしい。
まぁ、このコカシャモ達は少年の村のコカシャモ達で、コカシャモの扱いに慣れた少年がすすんで面倒を見てくれるというので丸投げした。
あの少年、早起きの習慣が付いているようで俺より早く起きていたよ。
コカシャモは昨夜のうちに冒険者ギルドのペット預かり施設に移されていたので、少年はそこでコカシャモの世話をしている。
ペット担当の職員やコカシャモ以外の預かったペットとも上手くやれそうな感じだったので、そちらは安心してよさそうだ。
やっぱり君、魔物使いとして優秀だよね? うちで働かない? ペット施設担当ならいろいろな魔物に触れるよ? え? 鳥以外あまり興味ない? そうか、残念だな。
ちなみにクソ鶏ことチャーハン君は飼い主の少年が来てからすっかりいい子になって、カビの胞子除去の薬もちゃんと飲んで、少年の後ろをチョコチョコと付いて歩いている。
その風景は非常に微笑ましいが、昨日の大騒ぎを考えるとやはりとてもではないが、コカシャモの扱いに慣れない者がペットにできる水準ではない。
そして、このコカシャモを取り扱っていた商人。
こいつらはチャーハンを捕まえた後、魔物販売法違反の疑いで治安部に通報済みで現在事情聴取中だと思われる。
まだ証拠が揃っていないため拘束はされていないが、こいつは嫌疑が晴れるまで町からは出られなくなり、商業ギルドの資格にも制限が付けられる。
まぁ、証拠が出てくるのは時間の問題だなぁ。
牢屋に入れられるほどではないと思うが、膨大な罰金と商業ギルドのランクダウンをくらうといい。牢屋には入れられなくても、芋づるで他の不正が発覚すると、しばらく強制労働の刑くらいはくらうかもしれないな。ま、これは金を払えば回避できるが。
どちらにせよ目先の利益を追いすぎた結果、膨大な罰金と商人としてのランクを下げられ大損になることは間違いなし。
ざまぁみろ。ついでに俺の休みの邪魔をした罪も加算してやりたい。
商業ギルドに限らず、ギルド系のランクは信用に直結する。違反をすればペナルティとしてダウンすることもあり、それはしっかり履歴にも残る。
ランクの降格履歴があればそれだけで取り引き相手からはマイナス評価にされてしまう。信用を重視される商人にとって降格履歴は大きな痛手である。
それでも目先の利益、楽な金儲けに目が眩んで悪さをする奴は減らない。
「――そういうことで、いきなりで悪いが今日はこっちに行ってくれ。あ? 元々入る予定だったのは商店の警備だったな。ああ、そっちは指名ではなかったから、別のBランクが代わりに入ることになったから安心していいぞ。おう、じゃあ村までの地図と資料は準備してあるから、出発前にギルドによってくれ」
なかなか起きないエリュオンは六回目でようやく起きた。昨夜遅かったせいか、今朝は非常に手強かった。
気付けば通常の始業時間を過ぎており、朝の修羅場の時間帯にすでに突入している。
少し早く出勤してコカシャモの件はだいたい片付いたので、次は朝のラッシュの対応だ。
朝勤の難関、エリュオンをたたき起こす仕事は終わった。
だが、今日も祭りが開催されているので平常の三倍くらい依頼が溢れている。
ラウルス花祭りの期間は学舎は休みになるため、冒険者登録をしている学生達がここぞとばかりに小遣い稼ぎに依頼を受けてくれる。
本業の冒険者ではないため、ランクも低めで戦闘慣れをしていない者も多いのだが、町の中での安全な仕事に入ってもらうにはちょうどいい。
依頼も多いがアクティブな冒険者も多い。つまり忙しい。
低ランクの安全な依頼が多い時に仕事をしてくれる学生冒険者達は、非常にありがたい存在だ。
しかしその反面、学舎と同じように自分が休んでも他人に影響がないと考え、自分が引き受けると言った依頼に対して責任を持たない者もいる。
そのため当日の朝に依頼に行かないと言い出したり、連絡が取れなくなったりする者が時々いるので油断ができない。
体調不良や仕事ができなくなる事情があるならともかく、朝起きたら面倒くさくなった、布団から出たくないなどといった理由で、当日の朝欠勤を伝えてくる者は珍しくない。これは学生に限ったことではないが。
しかし連絡してくる者はまだ優秀な方だ。
欠勤に限らず遅刻もだが、そういう時は早めに連絡してね。ギルド職員のお兄さんからお願いだよ。
困るのは無断欠勤、無断遅刻。
不慮の事故ややむにやまれぬ事情があるのは仕方がない。むしろ連絡が付かない欠勤者が出ると、まずそちらを疑う。
何か事件や事故に巻き込まれたのではないか、自宅で動けなくなっているのではないかなど、その者の無事を真っ先に心配することになる。
ギルドカードに通信機能が付くのはDランクからなので、それ以下のランクも多い学生冒険者は音信不通になりやすい。
そうなったら、連絡の取れなくなった冒険者を探し出して安否確認をしなければならなくなる。
自宅で寝ているとかならいいが、自宅まで行って家族に「今日は冒険者の仕事に行くって出てきました」なんて言われて、実はサボって遊びに行っていましたーとかだと職員のお兄さんはブチ切れ案件である。
社会人の心得を体で教えたろか!?
おっと、いかんいかん、睡眠時間が短かったせいか心の闇が溢れてきた。
チリンチリンチリンチリン。
伝話のベルが鳴って、冒険者からの連絡が入ったことを知らせる。
何かなー? トラブルかなー? 優しいトラブルならいいなー?
「はい、冒険者ギルド、ラウルス支部、担当ユーグランス。おう、おはよう、今日も頼むよ。ん? 来てない奴がいる? ああ、学生か。わかったとりあえずそのまま現場に入ってくれ。そいつはこっちでも確認してみるが、そっちに合流したらすぐに連絡をくれ。じゃあよろしく」
チンと音をさせて伝話を切る。
うわあああああああああ……思っていた端からEランクの奴が現場に来ていない連絡だよおおおおお!!
やだーーーーー!!
チリンチリンチリンチリン。
やだ……また伝話が鳴っている。
「はい、冒険者ギルド――。え? 寝坊した!? わかった、行けることは行けるんだな!? わかった先方には少し遅れると伝えておく。急いで、だが気を付けて現場に向かってくれ」
寝坊をしても間に合わないとわかった時点で素直に連絡してくる奴はいい奴。誰でも寝坊くらいすることはある。常習犯ではない限り、大きなペナルティは付けないでおくか。
チリンチリンチリンチリン。
「はい――。は? 大通りで荷崩れを起こした馬車がいて通れなくなってる? わかった、依頼主にはそう伝えておくよ。うん、気を付けて現場に向かってくれ。到着したら一応連絡よろしく」
だーーーーー、大通りが通れないってそっち方面に住んでいる奴とそっち方面の依頼で遅刻者多発しそうだな!?
影響が出そうな依頼を確認して連絡しないとおお!!
ゴーン。
事務所内に柱時計の音が響いた。
やべぇ、そろそろ今日の当日依頼を貼り出す時間だ。
他に手の空いてそうな職員はー……みんな、鳴りまくっている伝話の対応に追われているな、仕方ない俺が行くか。
依頼掲示板付近は、冒険者が固まっていてむさ苦しいんだよなぁ。
はいはいはいはい、依頼を貼り出すから下がってねー。順番に並んでねー。
うるせぇ! 全部貼り終わるまで待ってろ! 待て! お座り! ハウス! いや、ハウスはだめだ! ステイ!!
イベントのある朝の冒険者ギルドは鬼のように忙しい。
これまだ、今日の仕事が始まったばかりなんだぜ?
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