第35話◆俺の一日はまだ始まったばかりだ
ん? 半日くらいで終わって、危険がなくて力仕事もなくて、屋内で座ってできて、お菓子を摘まみながらできる仕事で、報酬ができるだけいいやつ?
んなものあるか! あったら俺が行ってるわ!!
そうだな、時間が短くて報酬がいいのなら、祭り中のゴミ収集の仕事があるぞ。昼時のフードコートが混み合う時間帯だけで終わるやつだ。
あ"? 汚いし重そうだからやだ? 屋外より屋内がいい? お茶飲みながら座っているだけの仕事がいい? そんな仕事はない!! 現実を見ろ!!
Fランク、戦闘経験ほとんどなし、調合や薬草の知識もなし、初心者講習のみ受講済み。それで、町の外で魔物と戦うパーティーに入るか、素材採取の仕事がしたい?
残念だがFランクが入れるパーティーは今のとこないな。Fランク単体で受けられる採取の仕事は、薬草の講習受講済みではないとダメだな。
ん? 少しランクの高い依頼はダメかって? 何のために仕事がランク分けされていたり、ギルドで講習会が行われたりする知っているか? 命を守るためだ!
スライム程度なら勝てる? Eランク以下の冒険者の魔物による死亡事故で最も多い死因が何か教えてやろうか? スライムだよスライム!!
スライムなめんな!! 駆け出しの冒険者の死因は高いランクの魔物によるものより、その辺にいるスライムによるものの方が多いの!!
と言うわけで祭り会場の片付けの仕事ならたくさんあるぞ。
あ? 警備の仕事? 立っているだけだから楽だと思っているだろ?
酔っ払いやら破落戸やらクソガキに絡まれるし、よくわからん苦情を言われるし、普通に殴りかかってくる奴もいるから、あれはDランク以上の口達者で殴られても平気な奴のみだ。
あ、やめておく? よろしい。
うん、会場の片付けをしておいで。力仕事で給料は結構いいからな。おう、がんばってこいよ。
って、そこ! 依頼取り合ってケンカしてんじゃねーぞ! 評価にマイナス棒を付けるぞ!!
それに、ケンカをしている間に他の依頼もどんどんなくなっていくぞ! ほら、仲良く譲り合え。そうそう、仲良きことは美しきかな?
お? エリュオン、来たか? ああ、よろしく。
ワールウインドで行くならアスは預かっておくか? その気になればアスくらい乗っけられる?
……相変わらずとんでもペットね。それじゃ、後は任せた。
少年とコカシャモは今日治安部で事情聴取があってまだ返せないから、親御さんに聴取が終わったら責任持って村まで送りますと伝えておいてくれ。
相変わらず朝のピークタイムはアホのように忙しい。
祭りのせいで飛び込みの依頼も多ければ、フラッとやって来る兼業冒険者も多い。
そのため、当日の朝に人員を募集するフリー依頼と呼ばれる依頼の受け付け業務がめちゃくちゃ忙しい。
フリー依頼とは受ける人がいれば、やってもらうという受注形態の緩い依頼で、毎朝受付ロビーの掲示板に貼り出される。
普段は採取系や討伐系、お遣いや手伝い系が多い。
今日のように大規模の催し物がある日には、臨時の警備員や設営作業の手伝いなどの依頼が、人がいれば寄こしてくれ状態で大量に入って来る。
いなかったらいなかったで問題ない依頼だからいいのだが、手配できればギルドの売り上げになり、ギルドの売り上げが上がれば俺達職員のボーナスも増えるので、できるだけかんばる。できるだけ。
採取や討伐系は要求される数をこなせば依頼完了となり、他の依頼と併せて受けることができ、本命の依頼のついでに受けるものが多く人気がある依頼だ。
中には強力な魔物の討伐や危険な場所での採取もあり、気軽に受けられるが決して簡単な依頼ばかりではない。
一方お遣いや手伝い系の仕事は町の中での仕事が多く、比較的安全である。その反面ランクの低い依頼は報酬がやや低めで、他の依頼を平行してやりにくいため、やや稼ぎは少なめになりやすい。
安全な仕事が多いため、この類の仕事を受けるのは初心者や子供が中心だ。
ランクの低いものは単純で簡単な作業のものばかりだが、ランクが上がってくると専門知識や高度技術を必要する依頼もある。
専門知識や高度な技術を必要とする依頼は、安全な場所での仕事でも報酬は高く、この手の依頼を専門としている冒険者もいる。
よくあるのが薬の調合や薬草の仕分け、魔道具の制作修理点検の補助だ。
冒険者をしていれば採取の仕事で薬草はいつのまにか覚えている。ポーションは買えば高いので自作する者もいる。冒険者の活動で使う魔道具を自分で修理したり改造したりするうちに魔道具に詳しくなる者もいる。中には魔力で物に特殊な効果を付ける付与の技術を身に着けている者もいる。
冒険者は戦うだけではなく、それに伴う知識や技術を持っている者がほとんどだ。
ちなみに冒険者としてあると便利な知識は、冒険者ギルドで定期的に行われる講習会で学ぶことができる。
参加費も安く冒険者なら誰でも参加でき、講習を受けておくと受講済みの証明がもらえ、依頼を受ける時に有利になり、報酬に上乗せが発生することもある。
依頼に有利になる点を除いても、知識というものはいざという時の生死を分ける。
義務である初心者講習で最低限のことは学べるが、その先の専門的な講習もできれば受けて欲しいと俺は思っている。
おっと、寝不足のためかついボーッとしてしまった。
はー、フリー依頼は受け付けをするだけでいいから楽ではあるのだが、今日は祭りで数が多いからこの後の事務処理がめんどくさいんだよなぁ。
うむ、俺は昨夜のニワトリの件もあるので事務処理は後輩君に任せよう。
そっと後輩君の机の上にこれから処理しないといけない書類を滑り込ませる。
「ちょっと! ユーグさん何やってるんですか!? あーーー、僕の分とユーグさんの分混ざっちゃったじゃないですか!! もー!」
「はっはっは、すまない。俺は昨夜のコカシャモの件で商業ギルドを絞め……商業ギルドと話し合いして、今後の捜査協力について治安部との打ち合わせもあるんだ。たのむよ、事務処理はやっておいてくれ」
「もー、ただ単に事務処理が嫌いなだけでしょー。アントロデムスの竜揚げ定食で手を打ちますよ」
アントロデムスとはこの町の近くのダンジョンに棲息する大型の亜竜種だ。
最近見つかったエリアに棲息する魔物で、凶暴だが頭はあまり良くないので熟練冒険者達のいいカモにされている。
そのおかげでアントロデムスの肉を香ばしいタレで味付けして小麦粉を付けて油で揚げた、アントロデムスの竜揚げがラウルスで流行り始めている。
冒険者ギルドの食堂でも提供されており、すでに人気メニューの仲間入りを果たしている。
うむ、腹が減ったな。
「おう、じゃあ昼までに戻って来たらアントロデムスの竜揚げ定食だな」
戻って来たらな。
仕事の分担は業務をスムーズに運ぶ故には当然のことなのだ。これは業務の効率化である。
俺は俺のやらなければいけない仕事を、余裕のある職員に俺の手の回らない仕事を任せただけだ。
決して整理しないで積み上げてしまった書類を、分別して事務処理をするのがめんどくさかったわけではない。
ははは、後輩君よ、よろしくたのむぞ!!
それじゃー、俺は商業ギルドと治安部に行ってくるかなー?
朝のラッシュが終わった後は、今度は依頼の現場から人が足りないだとか、現場でトラブルがあったとか、対応のめんどくさい仕事が生まれてくる時間帯だからな。
その時間になる前に俺は逃げる……いや、昨日のコカシャモの件の後片付けに行こうかなー。
午前中の早い時間とか商業ギルドもくっそ忙しそうだなぁー、まぁ知ったこっちゃないけど。
『おめー、ペットの審査どうなってんだよ』って今回のコカシャモ達の審査漏れについてネチネチ文句……ではなくて事情を聞きに行くのだ。
他人の苦労は蜜の味だ。
クレームを付ける側は楽しいのだ。ふはははははははは!!
「それじゃ、ちょっと商業ギルドと治安部に――」
「ユーグさんいますかー? あ、いたいた、ユーグさん宛にハトが来てますよ。ユーグさんが担当の商店に入る予定だった冒険者が、朝からお客さんとケンカしたとか? 今、治安部が来て双方の話を聞いてるみたいですねぇ。ホント祭りの時期はこういうの多いですねぇ~」
席を立って鼻歌を歌いながらスキップでもしたい気分で、外出の準備のためロッカーに向かおうとすると、ハト係の職員が受付にやって来た。
うおおおおおお!? なんじゃそりゃ!? 朝からケンカなんかしてんじゃねええええ!!
くそー、俺もハト係になりてー。俺は適性属性が闇しかないので闇系の精霊以外にはあまり好かれないんだよなぁ。
まぁハト係はハト係で、どうでもいいような連絡や言うことを聞かないハトの相手がクソめんどくさいと聞くしな。
結局どの部署が楽というわけでもないのだ。
「ははは、ユーグさんこれから治安部行く予定だったからちょうどよかったですねえ~」
うるせぇぞ、後輩!! これから毎朝、未処理のフリー依頼の書類をお前の机に置くぞ!!
「お、おう。どのみち商業ギルドに行って治安部にも行く予定だったから、ついでにそっちも行ってみるよ」
まぁついでだついで。
制服の上に簡易的な防具を着け、その上に上着を羽織り冒険者ギルドを出て、とりあえず先にトラブルがあったという商店へ向かう。
俺の一日はまだ始まったばかりだ。
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