第41話◆夜間飛行

「やっぱ夜にワールウインドに乗って飛ぶのは最高だな。町の光が金貨が入った宝箱のようだ」

 おい、そこは宝石箱とか言えよ!!

 金貨が入った宝箱って発想は冒険者根性が染みつきすぎているぞ!!

 確かにやや黄色いキラキラした町の光は宝石というより金だけど!!

「餌を入れたばかりのコカシャモの餌箱みたいで綺麗ですねぇ」

 いや、それは全くわからん。


「ギギギーッ!」

 ドッラもワールウインドの背中の上をカサカサと歩きながら、時々後ろ足と中足で立ち上がり前足と羽を広げて気持ち良さそうに夜風を浴びている。

 ちっこいし軽いから羽を広げすぎてコロンといかないようにしろよ?

「ゴゲェ……」

 そして飛べない鳥コカシャモのチャーハンは、真っ暗な空の旅にびびり散らかしている。

 わかる、わかるぞ、その気持ち! 実のところ俺もめちゃくちゃ恐い!!


「ワフッ!」

 そしてもう一匹、すごくご機嫌な奴。

 先ほど俺に牙を剥いていたアスは、エリュオンの横に座ってご機嫌で尻尾がユラユラと揺れており、ただの締まりのない顔をしたワンコロのようである。

 たまにこちらをチラリと見てはエリュオンに見えない角度で牙を剥いている。おのれ、この感じの悪いワンコロめ、いつかギルド職員の権限を使って仕返しをしてやる。

 こっそりとこちらに牙を見せるアスをにらみ返すとユラユラと揺れている尻尾の先端がパカッと割れてその割れた中に牙のようなものが見えた気がした。

「んあ?」

「どうした、ユーグ。何かいたのか?」

 思わず声を出した俺にエリュオンが反応した。

 その時にはすでにアスはワンコロモードに戻ってエリュオンになで回されており、割れたと思った先端も元のモフモフの尻尾に戻っていた。

 あれ? 暗い中で目がおかしくなってたのかな?

「い、いや、気のせいかな?」


 それにしてもでかい。

 ワールウインドの正体はルフという巨大な鳥の魔物であることは知っていたが、まさか大人二人に子供、大型の狼、おまけのコカシャモを乗せて飛べるほどの大きさになるとは。

 え? まだ大きくなる? 本気を出すと百メートルくらい? うん、それ町の近くではできるだけ本気を出さないでほしいかな?




 ワールウインドに乗って町の上を飛び越えて、近くを流れる川の上流方面へ。

 町の中心部を過ぎると、建物が減り畑が増えて人工的な光の数は減ってくる。その更に先へ。

 耕作地帯の上を通り過ぎ、畑もなくなり町の外へ。


 ラウルスの周囲は平原に近い地形。そこを流れる中規模な川のそばにラウルスの町がある。

 平原といっても真っ平らな土地ではなく、高くはない丘や山、深くはない森が周囲にばらばらとあり、緑の間を縫うように川や道が走っている。

 人通りの多い街道以外はあまり整備されておらず、耕作地帯側の町の外は市街地側である町の正門側に比べて魔物の数は多く、そのランクも高い。


 耕作地帯を通り過ぎ町の外の上空までくると、眼下は暗闇しか見えなくなり、闇属性の適性が高い俺ですら夜の闇しか見えない。

 エリュオンが呼んだ光の精霊がフワフワと彼の周りを舞って、ワールウインドの背中の上だけが少し明るい。

「ユーグ、何か見えるか?」

「いや、ダメだな。暗視の魔法を使えば昼間並みに見ることもできるが、ドッラ・オ・ランタンなら飛んでいると光でわかるはずだ」

 闇属性と相性の良い俺は何もしなくても暗い場所でもある程度の視界は利く、それでも見えないほど暗い場合は闇属性の魔法を使って暗闇の中を見ることができる。

 暗闇の中で視界が維持できるようになるだけで、視力が上がるわけではないので、上空から地上の生き物を探すのは難しい。

 ドッラ・オ・ランタンなら飛んでいれば光っているはずなので、ワールウインドの上からでも気付くと思うし、光っているなら暗視の魔法はいらないはずだ。


 なのだが……。

「いや、無理。乗り出して下を見下ろすなんて無理。上も下も全部真っ暗なところに乗り出したら吸い込まれそうで恐すぎる」

 不安定な鳥の背中ってだけでも恐いのに、そこから乗り出すとか無理! 回りが真っ暗だからよけいに無理!!

 子供の前ならいい恰好くらいしろ? いや、無理、命大事。落ちたら死ぬ。

 おい、ワンコロ! 今さりげなく体当たりをしたな!? コイツ、エリュオンに見えない角度でニヤリと笑いやがったぞ!?


「俺がこっち側から見るから、ユーグは反対側でがんばれよぉ」

 呆れた顔をしても俺はお前みたいに巨大鳥に乗り慣れていないのだ。

 風魔法で防御をしてくれているが、いつ強風が吹いてピューッてなるかわからないじゃないか!!

「ユーグさん、僕が見ましょうか?」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……、いや君はちっこいからちょっと風が吹いたらピューッていきそうだから、やはり大人の俺ががんばることにしよう」

「渋っていても何だかんだで仕事はちゃんとするのがユーグだしな。大丈夫、落っこちたらワールウインドか精霊に助けさせるから」

 エリュオンなら助けてくれるとわかったいるが、それでも落ちるのはいやだー!

 しっかりワールウインドの毛を掴んで下を見よう。


 しかしやはり高い場所から真っ暗な中を乗り出して見下ろすのは恐い。

 絶対に押すなよ! そこのワンコロ、体がでかいふりしてぶつかってくんなよ!!

 楽しそうに尻尾フリフリしてんじゃねーぞ!! 





「しっかし、そう簡単には見つからないかー」

 少しプルプルしながらワールウインドの背中から四つん這いになるような体勢で下を見下ろしている。

 しかし、それらしい光は今のところ見つからない。

「光があったとしてもドッラ・オ・ランタンよりウイル・オー・ウィスプの可能性のが高いしな」

 と俺の反対側から下を見下ろすエリュオン。

「だよなー、かと言ってこの暗い中、川沿いを歩くのも面倒くさいな。それなら上から光を探す方が効率が良さそうだ」

 乗る前はワールウインドに乗るのを渋ったが、いざ乗って上から光を探してみると歩くいて探すよりましな気がする。

 上空から見ているからなのもあるが、人があまり踏み入らない町の外は真っ暗すぎて、歩きながら生き物を探すのは厳しすぎる。

 っておい、エリュオン!? そんなに乗り出して大丈夫なのか!?

 振り向くとエリュオンが落ちるのではないかというくらい乗り出して、下を見下ろしている。


 むぅ、エリュオンががんばっているから俺ももう少しがんばるべきか?

 しかしアレはペットとの信頼関係があっての行動だろう。

 俺はそんなものはないからな。落っこちたらエリュオンに助けてもらわないとそのままピューって地面までいってしまう。


 下を見下ろすと相変わらずの闇。吸い込まれそうなほどの闇。

 油断をゆれば自分の場所を見失うような気分になってしまう。

 もしかすると落ちても気付かないかもしれない。いや、さすがにそれは気付くな。


 そんなことを思いながら下を見下ろしていると、黒い闇の中にチカッと小さく何かが光った。

 すぐに暗視魔法を発動させると、光が見えた場所のすぐそばに川がある。

 これは、もしかするともしかするぞ!


「おい、エリュオン! 今なんかひか……んあっ!?」


 あ、悪戯な風が――ではなく、ただ単に光に気を取られて急いで体を起こしたら、手が滑ったついでにバランスをクズして、フワフワサラワラのワールウインドの羽毛で膝までツルッといってしまった。

 念入りにお手入れしすぎーーーー!!

 高級サロオオオオオオオオオオン!!


 なんて思った時には周囲はすでに暗い闇。

 ワールウインドの背中から、思いっきり空中にダイブしてしまった。


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