第40話◆小鳥のささやきと夜に舞う光

「うん、そっかー、だよね、渡り鳥のほうが詳しそうだよね。うん、もしドッラ・オ・ランタンを見かけたら、僕は冒険者ギルドにいるから町に住んでいる子にしてもいいから伝言してくれると嬉しいな。ありがと、おやすみ」

 そう言って少年はポケットから出した小さな木の実を、木の上の小鳥に向かい緩いスピードで投げた。

 小鳥がそれを上手く受け取ったのを見て、少年が俺達の方を振り返る。


「この辺りでドッラ・オ・ランタンの姿は見てないみたいですが、行動範囲が広くない鳥達ばかりなので、遠くからこちらに向かって来ているのならわからないそうです。渡り鳥ならもしかすると知っているかもしれませんね。一応ドッラ・オ・ランタンを見かけたら子供の無事を伝えてくれるそうです」

 少年が申し訳なさそうに首を振るが、ドッラ・オ・ランタンがどこから来るかなんてわからなくて当たり前だ。

「ギッギッ」

 ドッラ・オ・ランタンの子供が少年を励ますように俺の腕の中から前足を伸ばす。

 虫のような姿をしているがさすがは亜竜、賢いうえに健気である。


 すっかり俺にべったりのドッラ・オ・ランタンの子供は、小鳥を探して町の外に出る俺にくっ付いていうか張り付いてきてしまい、そのまま抱きかかえて町の外で小鳥を探し歩き回っている。

 まぁ、もし親が取り返しに来たことを考えると、町から離れていたほうが安全だから、これでよかったのかもしれない。

 ドッラの機嫌も良さそうだし町にドッラ・オ・ランタンの群が突撃してくるのは避けられそうかなぁ?

 町にドッラ・オ・ランタンの群が突っ込んで来るなんて町も大変なことになるが、突っ込んできたドッラ・オ・ランタンも全滅フラグで、どちらにも良いことがない。

 そもそも悪いのはコイツを攫ってきた人間である。

 町に突っ込んで来るなら対応をしなければならないが、できれば穏便に親の元にこの子供を返したい。

「ギッギッ」

 そんな俺の心配をよそに、俺の腕の中からドッラは楽しそうに前足を空に向かって伸ばしている。

 ドッラ・オ・ランタンは夜になると活動が活発になる。先ほどまで眠っていて少し体力が回復したのだろうか、ドッラはせわしなく前足を動かしている。


「んー? ユーグ、その子、飛びたいのじゃないかな? 少し放してみたら? そのまま仲間の方へ帰っていくならそれでいいし」

「む? そうか、飛びたいのか?」

「ギギッ!」

 肯定するように前足をごそごそと動かしたので腕を緩めると、ドッラは翅を広げてフワリと飛びだった。

 黒い硬い翅の下に透明の薄い翅。その透明の翅を走る翅脈が少し緑がかった黄色にふんわりと光っている。

 真っ暗な夜の闇の中、フワフワとした黄色い光が尾を引くように筋をのこして舞う光景は、思った以上に幻想的で美しさのある光景だった。

 それと同時に本来は群れているはずのドッラ・オ・ランタンの光が、一つだけでフワフワと俺達の回りを飛んでいることに寂しさを感じた。

 早く親元に帰してやらないとな。


「あれ? うん? ホント? うん、わかった、ありがとね」

「ん? どした?」

 フワフワと夜の闇の中を飛ぶドッラをボーッと見ていると、少年君が近くの木に向かって、正確には木の上にいる小鳥と話し始めた。

 そして、話し終えると小鳥の方に木の実を放ってこちらを振り返った。

「なんか、近くの川で同じような光がフラフラと飛んでいるのを時々見るそうですよ」

「ん? 同じような光か……、川の方……。同じような光って一つだけか?」

「……みたいですねぇ」

 フラフラと飛ぶドッラを見て小鳥達が思いだしたのか、新たの情報をくれたようだ。


 ドッラ・オ・ランタンは基本的に群で暮らす生き物だ。いればたくさんの光が集まるように飛んでおり、その光景は暗闇の中非常に目立つ。

 人口の多いラウルス周辺の水質はあまり良くなく、綺麗な水を好むドッラ・オ・ランタンの目撃報告はほとんどない。

 気になったので確認を取ってみたら一つだけのようだ。

 ドッラ・オ・ランタンの可能性は低くそうだなぁ。似たような光でウィル・オー・ウィスプという夜になると現れ暗闇を飛び交う光がある。

 ウィル・オー・ウィスプの正体は精霊の光だったり、ゴーストの成れの果てだったりとその正体は様々で、夜にフラフラと飛んでいる実体のない正体不明の光のことを総じてウィル・オー・ウィスプと呼んでいる。


「川かー。地下水路の下流は水質があまり良くないが、町から上流の方ならギリギリドッラ・オ・ランタンが住めるくらいには綺麗かな? ギリギリだけど。まぁ、俺もラウルスに来てからドッラ・オ・ランタンっぽい光なんて見てないけど一応確認に行く?」

 その辺を散歩するかのようにくエリュオンは言うが、上流側といえば俺達がいた正門の詰め所と町を挟んで真逆の方向である。

 まぁあちら側は耕作地帯も多いから、人の密集する市街地側よりは水は綺麗だな。

 しかし、遠い。

 歩くと片道一時間はかかる。子供もいるしせめて騎獣を借りてきたい。

「町の向こうは少し距離があるから、一旦戻って騎獣を借りて来る。それに遅くなりそうだし、この子は一旦ギルドに戻したほうがいいだろう」

「このくらいの距離ならワールウインドでひとっ飛びだ。君も鳥の背中に乗って空を飛んで見たくないかい?」

 おい!? 夜の空を鳥に乗って飛行だなんて恐ろしすぎるだろ!? しかも騎乗用の補助具とかなんもなしだろ!? 何度か乗ったことはあるけれど、風がビュービューと当たって吹き飛ばされそうでめちゃくちゃこえーんだよ!!

 ワールウインドがやべー強いペットだし、飛ばないように魔法で補助してくれているとわかっていても恐いものは恐い。

 って、そんな恐ろしいことに子供を誘惑しない!


「鳥の背中に乗って空を飛べるんですか!? 乗りたいです!!」

 あーーーーっ! 好奇心で目がキラキラしてるーーー! そりゃー鳥好きの子供だもんなー、断るわけがないよなー!!

「ギギッ!!」

 あ、ドッラが戻って来てエリュオンの腕の中にスポッと収まったぞ!

「もちろん乗りたいよなー? ワールウインドはでっかいから乗り心地最高だぞー?」

 ドッラよ、お前もか!

 乗り心地は最高でも補助具なしで鳥の背中はこええ!!

「よっし決まりだな。ここなら町から少し離れてるから大きくなっても平気だな。頼むよワールウインド、ここにいる全員を乗せられるサイズで。もちろんアスも一緒だ」

 おいいいいいいい! 俺の意見!!


「ユーグはワールウインドの背中は苦手なんだっけ?」

「補助具なしの鳥の背中なんて普通は苦手だろ!?」

「んー? じゃあ、アスの背中に乗っていく? その辺の騎獣より速いよ?」

 そのアスって狼さ、エリュオンには従順だけれど、俺には冷たいんだよな。

 ほら、エリュオンに見えない角度で俺に向かって牙を見せている。

 わかるぞ、わざわざ俺だけのために走らせるなとか、エリュオン以外は乗せたくないとかいう意思表示だろ?

 ホント、ご主人様大好きワンコロだな!! うげ! なんか怒った!? 更に牙が剥き出しになったぞ!? 


「わかった、ワールウインドに乗っていくよ。だが、子供とドッラもいるから安全飛行で頼むぞ!」


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